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平方イコルスン先生インタビュー 【成程】

白泉社『楽園 Le Paradis』にて突如デビュー、初単行本となる『成程』を発売。他の漫画家とは誰とも似ていない独特の絵柄とキレのあるようでどこかズレている台詞回しを巧みに使った、オンリーワンな4Pのショート作品を次々と生み出している。そんな「謎すぎる漫画家」、平方イコルスン先生にマンガラボが初のインタビュー取材を敢行!ついに先生の隠されたヴェールの一端が明かされる(のか)!?

漫画以前は小説家を目指していた?

作品からは、先生ご自身がいったいどういった経緯をたどって今に至るのかがまったくわかりません……ですので、順を追ってデビューまでの流れをお聞きしたいです。

平方イコルスン先生(以下イコルスン):漫画を描く前までは小説を書いていました。小学生のとき、書いた作文をすごい褒めてもらったのがおそらくきっかけかと思います。絵については、自分の小説を同人誌として出すときに表紙などを描きだしたのが人に見せる絵を描くよう意識しだしたきっかけかもしれません。

小説はどういったものがお好きだったんでしょうか?

イコルスン:日本の近代文学、とくに自然主義の人達からはかなり影響を受けました。
自然主義の人達ってよく馬鹿にされるというか、歴史に名が残っている作家達に比べると拙いという評価が多いんです。僕は田山花袋がすごく好きなんですが、自分が言うのもあれなんですけれど、決して「上手くない」。同じ表現を何回も使い回したりしますし。とにかく下手だけど書かずにはいられないというスタンスです。今だと『蒲団』とか『田舎教師』以外ほとんど読まれていないと思いますが、あの人は全集にまとめたら20数冊になるぐらい、ものすごい数の小説を書いているんです。通っていた大学に揃えてあったので自分はすべて読み通したのですが、贔屓目でみても7割くらいの作品は面白くない(笑) ただ、それだけ読んでいると田山がどれだけ自然を愛しているのか、どういうことを彼は書きたかったのかが伝わってくるんです。

田山花袋に相当傾倒していたんですね。

イコルスン:自分は『田舎教師』を読んだのがきっかけで、小説を書くのにはまっていった感じです。はじめて読んだのは高校生のときだったんですけど読んでいる最中は正直面白くなく、しんどくてしょうがなかったです。それが、最後まで読み終わった途端にそれまで「これ必要だったんか?」と思っていった風景描写が、自分の中にどっと押し寄せてきたんです。
ある批評家の方が、「とにかく田山は下手だ。他の作家だったらこの半分の量で人を感動させられるだろう。ただ朴訥とした様子で、人からしたらどうにもならないような風景の積み重なりを、この長さと分量でできたからこそ他の作品にはない感慨が残る。」と評していまして、自分もこんな小説はないなと感じていました。

フリーペーパー/pixiv時代。そしてデビューへ。

同人活動を始めたきっかけは?

イコルスン:小説家になりたい気持ちはあったんですが、プロになるにはどうすればいいのか全然わからなかったんです。何度か新人賞に投稿しても全然ダメだったせいで手応えがまったく掴めなくて、これではちょっとモチベーションを保てないなと思っていました。それで同人活動を始めたんです。

同人活動ではどういったものを発行されていたのでしょうか。

イコルスン:自分の小説をまとめた本を出そうと思ったんですが、それだけで勝負しても絶対に埋もれると思ったのでフリーペーパーを作ろうと決めました。
自分が同人活動を始めた頃は、ちょうど個人のフリーペーパーが面白い時期だったんです。東京でいうとタコシェさんや模索舎さんとかでたくさん取り扱っていましたね。東京に旅行みたいな感じで出てきたときに、その辺りのフリーペーパーを読んで衝撃を受けたんです。
自分の小説も、読む人がいるとするならおそらくそういったフリーペーパーを読む人と客層がある程度被るだろうと思って、同人誌とあわせてフリーペーパーも数百部刷り、関西と東京のイベントに参加するというのをしばらく続けていました。

フリーペーパーのどういったところに感銘を受けたのでしょうか?

イコルスン:さきほどの自然主義の話とも被るんですけど、多くの人に向けて整えられたものは自分の場合そんなに好きになったことがなくて。フリーペーパーの、いってしまえば「他人からしたらどうでもいいもの」を、タダでもいいから発信せざるを得なかったその人の切実さに惹かれたんです。当たり外れはその分すごく大きいですけど、当たったときの喜びは大きかったですね。

ちなみにそのフリーペーパーの内容はどういったものを?

イコルスン:もう本当に適当ですよ。そのとき思ったことをつらつらと書いたり……あとそこで描いたのが1番最初の漫画です。漫画を描きたいという気持ちは以前からあったんですが、ずっと封印していたんです。タダなんやから一つぐらい俺のやりたいことをやらせてもらうぞ、と載せていたのが漫画でした。

2010年の夏頃からpixivにイラストや漫画を挙げていますが、はじめられたきっかけは?

イコルスン:ある日掃除をしていたら、高校のときに買ったものすごく安いペンタブレットが10年越しぐらいで出てきたんです。これで何か描きたいなと思ったときに、ウェブで公開されている2次創作漫画を読むのは昔から大好きで「読む専」としてpixivは利用していたので、フリーペーパーよりも趣味の領域として描き始めたんです。(イコルスン先生のpixivアカウント

そんな中初投稿であげられた『けいおん!』の2次創作は、いきなり1万ビューを超えています。(こちらがその作品)その数にも驚きますが、先生の作風からはアニメも観ていらっしゃったんだという驚きも……

イコルスン:閲覧数についてはまさかああなるとはとずっと思っていましたし、今も思っています。
あの時期、アニメは結構観ていたんです。端からだとアニメ好きの方達がすごく楽しんでいるようにみえて、なんかズルいな、その楽しさを俺にもよこせって感じで。
とにかく『けいおん!』を観たときは、「よく人を見ているな」と感じることが多くてかなり驚きましたね。たとえば『けいおん!劇場版』で自分が1番驚いたのが飛行機に乗っているシーンで、平沢唯が中野梓にたしなめられている最中に椅子の肘掛を上げるところ。ストーリー的にははっきりいって無駄なワンシーンなんですけど、唯なら絶対にそういう行動するわって思わせられるんです。普通ならあれを描こう、ここをこう動かしてっていう指示を出そうとは思わないでしょう。しかも映画ですよ?あれにはぞっとしましたね。してやられた!と思いました。

その部分に注目するイコルスン先生の観察力もすごいです!

イコルスン:ほかにもアニメで例を出すなら、ジブリの『もののけ姫』の中で悪党のジコ坊が、最後の方にアシタカとサンと一緒に岩の上でデイタラポッチに囲まれるシーンが自分は好きです。アシタカとジコ坊が話をしているときにサンが食ってかかる。普通の人だったら絶対、「うるさい小娘」みたいに怒るはずなんですが、ジコ坊はサンに向かって一瞬笑うんです。そのワンカットでジコ坊が、それまでどれだけ姑息な生き方をしていたかが一発でわかる。あの一瞬のカットを入れようと思う人間は、そうそういないと思います。あれを見た瞬間自分は打ちひしがれました。絶対これは超えられへん!と。

次第に、先生がどのような部分にこだわって作品を作っているかが分かってきたような気がします。

イコルスン:自分はなるべくその人達の「当たり前」を描きたいんです。お話として無駄なところがあることで、逆に説得力がでてくれないかなと。まだその域には達していませんが、受け手として1番好きだなと思うのは、ある出来事を「観察」している感じが出ている作品です。そのあたりも自然主義から学んだというか、そういう描写から現れてくる感動というのがすごく好きなので、それを再現したい、再現できなくても似たところまで表現したいという欲求は多分かなり強いと思います。

それではこの節の最後に、デビューのきっかけを教えてください。

イコルスン:2次創作をpixivでやっていたおかげで、ライターのたまごまごさんが作っていらっしゃる合同誌に誘われたんです。「俺なんかが描いていいのか」と、その時点で自分はかなり冷や汗かいていました。その合同誌を「楽園」の編集長が読まれていたんです。いきなり電話がかかってきて、「ひとつやってみない?」ということで描かせて頂けるようになりました。

声がかかるまで、自分が漫画家になれると考えていましたか?

イコルスン:まったく思ってなかったですね。それまで小説なら書きたいものが自分の中にあったんですけど、お話をもらうまでは漫画で描きたいものはこれといって自分の中にはなかったし、自分が何を描くべきかというのを考えたこともなかったんです。それに「俺なんかが漫画を描いて良い訳がない」とも思っていましたからね。なので、声を掛けて頂いた方達には言い尽くせないほどの恩を感じています。

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先生の作品を読んで、まずクセになるのはその秀逸な「台詞回し」にあると思います。

イコルスン:言葉使いについては、名前を出すのもあれですけど雁須磨子先生からかなり影響を受けていると思います。先生の漫画の言葉使いはとにかく「リアル」に感じます。

妙に小難しい二字熟語などを多用したりするのも、独特のおかしさがあります。

イコルスン:適当な会話をしているときに、一人がすごく難しい単語を使ってその言葉が内輪だけですごく流行るときとかってあるじゃないですか。「お前そのタイミングで『顕著』って使うか!」みたいな。

とにかく、リアルで起こってもおかしくないと思わせる言葉使いが素晴らしいです。実際の会話を参考にしたりはしますか?

イコルスン:自分もそう思うんですけど、人から聞いた話や誰かとした馬鹿な会話って、そのときは「今のこんど漫画で使うわ!」と思うんですけど大体使えないですね。面白くても何故かそこから話が広がらない。

先ほどペンタブが見つかったので漫画を描き始めたと仰っていましたが、現在の作画環境はどうなっているのでしょうか?

イコルスン:今は完全にペンタブレットです。ソフトはsaiです。それ以外使ったことがないので。フォトショップも一応持ってはいるんですが、使おうとしても途方に暮れるしかありません。
最初の頃は、自分のやりかたが悪かったのかもしれないのですが使っているパソコン側が対応してくれなくて、すっと引いても線が真っ直ぐにならなかったんです。pixivに投稿していた頃、それに『成程』の最初の方も実は同じ状態で描いていたのでめちゃくちゃシンドかったです。コマ線を引くだけで何十回も描き直していました。さすがに時間がかかりすぎるので、そのあとすぐに買い換えました。

トーンをまったく使わないことと非常に描き込まれた画面からは、デジタル作画の無機質さをまったく感じさせないのですが……

イコルスン:フリーペーパーで描いていた漫画はアナログだったんですけど、サイズが小さいしそんなに意識も高く無かったので、トーンも当然使いませんでした。そのやり方のままpixivに投稿していたので、トーンを使おうとも思わなかったんです。なので、今トーンを使えと言われてもやり方がわからない。 描き込みを多くせずにはいられないというのは、こんなこというのもあれですけど自分の画力に自信がないので見栄を切る意味もおそらくあります。

先生の作品の中の特徴的なことの一つとして、手書きで描かれた台詞が挙げられます。どういった経緯であのような形になったのでしょう?

イコルスン:それまで写植やフォントも使ったことがなかったので、載るにあたってどうするか決めることになったとき、編集長の決断で手書きにしてくれと頼まれました。自分としてはいびつな字だと思っているので、とにかく読めるようにという必死さしかないですね。本当は演出まで持っていきたいのですが。

もう一つ、異様に細かいコマ割も特徴として挙げたいのですが。

イコルスン:正直ページ数との問題ですね。4ページで描き切るにはとにかく細かく割るしかない。自分は大きなコマもほとんど描いたことがないですしね。

4Pのショートショートというのは最初から決まっていたのでしょうか?

イコルスン:合同誌に描いていたのが4ページだったので、同じ4ページでとりあえずやってみようという話だったと思います。

それでは次に、ネームの切り方を教えてください。

イコルスン:最初は全部文章で、ほとんど台詞しか書き出しません。それをネーム兼ラフにして、どういう画作りにするかを決めていくのが作業行程の中で1番楽しいです。

話のアイディアはどんな感じで思いつかれるのでしょうか。

イコルスン:冒頭の状況が思いついて、そこから引き伸ばしていくことが多いような気がします。最初の場面を掴んだらあとはそうなったらこうなる、みたいな感じで残りはズルズルズルッと頭から出てくるので、悩んでいるときはどれを引っこ抜くのかで悩んでいることが多いです。

作中に登場するキャラクターはほとんどが女の子ですが、一般的な「萌え」とはかけ離れています。特に、「肘汚い女子」などは『成程』を紹介するときには必ず触れなければいけないキャラかと(笑)

イコルスン:肘が汚い女の子はずっと描きたかったんです。本当は小説で描こうと思っていました。なかなか出す機会がなかったので、漫画を描かないかとなったときに「これはチャンスやな」と思って描かせて頂きました。

ちなみに、実体験だったのでしょうか?

イコルスン:否定はしないです。あんまり言いすぎると私生活に影響を及ぼすので……

それでは最後に、漫画家を目指す学生の方へのメッセージと、今後の目標を教えて頂きたいのですが。

イコルスン:正直、自分の場合初めから漫画家を目指して漫画家になった訳ではないので、漫画家を目指している学生の人に言えることはほとんどありません。どっちかというと引け目しか感じていないですね。自分の場合は極端に運が良かった例だと思うので。
それを踏まえたうえで、ものを作る上で1番大事なのは「目」だと思います。ものを見る目、何を見ようとするかはすごく大きい。それだけですね。自分は小説などからたくさん「見る目」を与えられてきた側なんで、ゆくゆくは人に与えられるような人間になれればな、と思います。

綺麗に二つをまとめて頂きありがとうございます!もう一つだけ、蛇足的な質問を。独特なペンネームの由来はなんですか?

イコルスン:小説やっているときは、本名をもじった「平方二寸」ってペンネームだったんです。それを友達に見せたら「二」が記号の「=」にみえたらしく、「いいペンネームやな。平方=寸(イコールスン)か」と。文章以外でやるときにはこれを使おうと思っていたら、なぜかこっちの方が先に世に出てしまいましたね。

最後に一つの謎が解けました(笑) 本日は本当にありがとうございました!