松本トモキ先生『プラナス・ガール』完結記念インタビュー!
『ガンガンJOKER』の創刊号から足掛け4年近く連載が続き、「男の娘」漫画としては異例のヒット作となった『プラナス・ガール』が、めでたく完結を迎えました。インタビュー当時最終回を執筆中であった作者の松本トモキ先生に、男の娘の代表的なキャラの1人となった「藍川絆」についての話を中心に、改めて連載を振り返って頂きました!
おまけ漫画の発言にて、連載前に「男の娘は最近ブームな予感する」と思っていたそうですが、先生が当初想定していた男の娘作品はありましたか?
松本トモキ先生(以下トモキ):当時、ブームの予兆として「この作品が」という訳ではなく、いろいろな作品にサブキャラとして女装キャラが出てくる程度でした。しかしながらその人気は、他のメインキャラよりも高いこともある状態が見受けられていた……と記憶しております。この『メインキャラよりも人気』という部分が、既にブームは始まっているのでは?と思った理由ですね。私自身もこのブームの始まりに強く興味を持った形です。それ以前から女装キャラが出る作品自体は読んでいましたが、取り分け『女装キャラがいるから』という理由で読んでいた訳ではありませんでした。女装キャラ自体は好きでしたが(笑)
藍川が男の子であることが確定的になるシーンを、意図的に描かれないという演出は、読者をヤキモキさせる秀逸なものでした。連載当初からそのようなコンセプトで作品を作っていくつもりだったのでしょうか?
トモキ:正直に言えば、結果的にそうなってしまった、という感じですかね。
1話の読み切りでは、藍川の実際の性別について私と担当さんとで意見が割れていました。私の意見としては『藍川は男であり、精神的に男女どちらなのかをアメで試す』という方向にするつもりでしたが、担当さんには『出来れば最後には、身体的にも女の子で』と言われました。私自身は女装キャラを描きたかったので、どうしても担当さんの案は受け入れがたく、妥協点として実際の性別は明白にしない、という形に落ち着きました。
その後連載化にあたって読み切りの設定をそのまま引き継ぎましたので、作中で性別を明言するのは避け続けていましたが、じわりじわりと『ほぼ男の子で確定』と言えるまでの情報を、担当さんにバレないよう小出しにしていったつもりです(笑)
誰かに強制されているのではなく自分から女の子の格好をし、なおかつ男に積極的にアプローチ(?)をかける小悪魔的な男の娘というのは、どちらかというと珍しいキャラ造形に思われるのですが、最初から藍川のキャラクター像は固まっていたのでしょうか?
トモキ:個人的には『誰かに強制されて女装』というのは、キャラクター性と言うより1つのネタ程度のイメージなので、女装キャラと言うならば藍川のようなキャラクターの方が自分としてはしっくりきますね。お相手が男というのは……まぁ半分は私の趣味というか(笑) 一番「お似合い」に見える組み合わせにしました。そういった感じで、藍川のキャラクター性というのはデザイン共々すぐにまとまりました。
藍川のキャラクターデザインは、ほとんど女の子のような姿ながら、男性的な要素(たとえば無い胸!)もとりこまなければいけなかったと思うのですが、キャラデザを作る際に意識したことはありますか?
トモキ:デザインの際に『元気の良さそうな』というイメージを持たせました。これは、『女装しているために女の子らしく振る舞っている』というより、自然体でいてなお可愛い、といった藍川のらしさを出すためです。
しかしながら、『実は男です』という設定は、外見や内面とのギャップがあればあるほどインパクトがあるとは思います。なので素直に考えれば、『女性らしい長い髪』や『女性らしいお淑やかな性格』といったデザインないし設定を多く内包させる方が、容易にキャラクター性の強い女装キャラになる気がしますが、藍川の場合はその辺りをあえて無視しました。藍川は女性になりたくて女装しているという訳ではなく、自分らしく生きていくうちに女装という格好になっていた、といった感じです。意図的な女性らしさを出さないことと、性格をとことんポジティブにしたことで、藍川らしいと言えるキャラクターになったと思います。
それと藍川を描く時に気を付けていることですが、質問にも出ています通り、「胸の無さ」には結構こだわってます(笑) 胸の無さというのは、藍川のデザインにおいて外見に出ている唯一の『女装っぽさ』ですので、かなり気を付けて描いていました。
槙は、ラブコメの主人公としては相当なハイスペックの持ち主ですが、キャラ設定をこのようにしたのはなぜですか?
トモキ:理由はいくつかあります。一部、最終話の演出に関わるので全部は言えませんが……槙のポジションは単に主人公として読者目線であるだけに留まらず、カップリングとしてのキャラクターにしたかったのがあります。
槙と藍川がセットで「プラナス」なんです。『槙が隣にいることで藍川がより魅力的に見える』や『相手が槙だからこそ藍川が幸せに見える』といったように、極論すれば、藍川の可愛さは槙あって成り立つものとも言えるのではないかと。ですのである程度藍川にとって釣り合うくらいのスペックは必要でした。
読み切り1話目ではもう少しマイルドなスペックだったと思いますが、2話目以降は改めて再設定といいますか、作中でハイスペックであると情報を入れました。単行本の表紙で、初めは藍川1人だったのが次第に藍川と槙の2人になっているのは、2人で「プラナス」という印象を強くするためだったりもします。
2巻から「百合っ子」「近親恋愛」など、「アブノーマルな恋愛もの」としての要素が強まっていきますが、彼ら彼女らの設定は連載を始めるにあたって考えていたキャラクター達なのでしょうか?
トモキ:近親恋愛ポジションの笹木野姉弟の設定は既に読み切り2話の段階で決めてありました。当然読み切りだったので、アシスタントさんとの会話で「実は隠し設定で~」と出したくらいでした。まさか連載になるとは思いもしなかったので、その後を描くことになるとは想定外でした(苦笑)
百合キャラポジションの紫苑と佳奈だけでなく、その他の全キャラクターは連載が決まった準備段階の間に全て決めました。連載が進むに合わせて少しずつ登場させていこうと。ただ、3人娘と呼んでいた、のん・あさみ・恵の内、のんだけは連載準備段階の設定になかった百合キャラになっていき、自分でも驚いてます。何故なんでしょうね(笑)
ネームを切る際に気をつけていることを教えてください。
トモキ:起承転結といえばマンガ家っぽく聞こえるのですけど、私の場合は『始まり』『終わり』『見せ場』『描きたいもの』の4つを配置し、それを繋げるようにネームにしている感じです。
表現者として作品に込めたいものが『描きたいもの』、商業作品だからこそ必要な、作品の売りとなる『見せ場』、そしてそれを展開するストーリーの『始まり』と『終わり』、という感じで分けて考えています。時にはバラバラに思いついたこれらの要素を、組み合わせて1つの話にしたりします。ちなみに『描きたいもの』=『見せ場』となるネームが完成すると、良いネームに感じますね。かなりいい加減な作りに聞こえますけど(笑)、基本的にこの4つがしっかり配置出来れば、あとは自然に流れが生まれます。
巻末にて、「毎回下書きに一番時間がかかる」とおっしゃっていましたが、納得いくまで描き直しを続けてしまうのでしょうか?
トモキ:正にその通りです。想定する完成原稿の線の太さまで、下描きの時点でないとペン入れが思うようにいかないので、描いては消しての繰り返しになってしまいます。技術不足故の結果なので、何とかしなければと切に思っています……
カケアミで描かれた瞳の描き方が特徴的です。どのようにしてこの描き方になったのでしょう?
トモキ:プラナスを描く以前に短期連載した作品の原稿では、それはもうトーンと写真トレースを多用した、どちらかというと写実的な描き方でした。そして、その原稿でのキャラの瞳はトーンでした。しかしその原稿が完成した後、誰かは憶えていないのですが「見にくい」と言われまして、ならば次に原稿を描く時は、トーンを極力使わず、コマ割等もとことんシンプルにしてやろう、と考えていました。
そして実際読みきりとしてプラナス1話が載ることになりましたので、読み切りならば丁度良いと思い、実験的にいろいろ考えていた描き方を試しました。ここで斜線を多用した描き方をしたのが始まりです。しかし想像以上に時間が掛かる描き方でして、連載が始まってからは描き方を変える訳にもいかず、とても苦労しました……
一番好きな色は白、二番目は黒と公言されています。そうすると理想的な画面構成は、できるだけトーンを使わないようなものなのでしょうか?
トモキ:確かに線とベタだけの画面は憧れますね。ただ、それは私の好みというだけで、やはり作品にあった描き方が一番だと思います。その作品が一番映える描き方というのを、作品ごとに描き分けられるようになりたいと考えています。
時折使われる、黒ベタで囲われた見開きシーンは、まるで映画のスクリーンに映し出されたような画面でとても効果的だと感じるのですが、お気に入りの演出なのでしょうか。
トモキ:鋭いですね!仰る通り、映画のワンシーンを彷彿とさせる効果として使用しています。個人的に見せ場には好んで使用しています。時間が静止した一瞬、みたいな。演出において映画から影響を受ける事が多い気がするので、そういった部分も出ているのかもしれませんね。今後も積極的に使っていきたいです。
藍川がコスチュームチェンジをした後などに、3段ブチ抜きで全身像を描くという演出が多いように感じます。
トモキ:毎回のようにありますよね(笑) もう一種の義務感すら感じていた演出です。
元々好きな表現でもありますが、女装キャラだけにやはりその姿というか、トータルのデザインは重要だと思いまして、登場時は特にしっかりと全身まで描くようにしていました。扉ページに一枚絵を使うことがあまりないので、大ゴマの代わりに、というのもあります。
今まで描いてきたなかで、一番のお気に入りである話数を、理由とともに教えてください。
トモキ:やはり読み切り1話でしょうか。読み切りだけに、プラナスとして描きたかった事はほとんど1話目に詰め込んでありますので。ただ、修正も多かったので、お気に入りと同時に納得いかない部分もあるという複雑な1話でもあります(苦笑) あと4話、7話も納得できる出来になりました。
最終回の着地点は、いつ頃から見えていましたか?紆余曲折した考えや、悩んだことがあれば教えてください。
トモキ:最終回は連載が決まってすぐに考えました。第1巻が出る直前に「5巻くらいでまとまれば~」と考えていたので、少々オーバーランしてしまったとも言えます。とはいえ演出は変化しているにせよ、プラナスは『藍川と槙のずっと変わらない関係が延々と描かれ、ネガティブをとことん排除した日常もの』というコンセプトで連載を始めましたので、最終回までにフラグ等は取り分け必要ありませんでした。
ただ、読者の方はある程度お分かりかと思うのですが、ラストは桜が舞う中で、というのは外せないので『作中で1年経ったら』か『作中で卒業したら』かは少々迷いました。プラナスという作品にとって、特別な意味を持つ桜の時期が何度もあってはどうかと思いまして、最終的に『作中で1年経ったら』ということになりました。
少し悩んだことといえば、思った以上にプラナスを恋愛マンガに近い楽しみ方をされている方が多かったことでしょうか。ラブコメなのである程度は予測しておりましたが、想定以上に恋愛展開を望まれる声がありました。変化しないからこその安心感と安定感を維持していくコンセプトは、やはりプラナスらしさですので、極端な変化はしないで正解だったと思いたいのですが、一時は強い恋愛要素も入れるパターンを考えたりもしました。方向転換は毒にも薬にもなりそうで、難しいところですね。
4年間にわたる連載を、改めて振り返ってみて思うこと、学んだこと、あるいはもっとこうすれば良かったと思うことなどあれば、それぞれ教えてください。
トモキ:まずは何よりも、もっと早く描けるようになりたい、ですね。それはもう切実に。遅筆のせいで、やむなく削らざるを得ない演出がいくつもありましたので、これは相当悔いが残っています。時間が足りなく、描きたいものを消去法で選ばなくてはならない……この選択はとても悔しいものでした。
商業作品として初めての連載だっただけに、学んだことは数え切れない程あります。とはいえ、プラナスは大筋のやりたいことは全てやりきることが出来ましたので、私自身は非常に満足しております。キャラクターにも思い入れがあり、私にとっても良い作品と出会えたという感じです。
最後に、ファンの方にメッセージを!
トモキ:プラナスの読み切りを描いた時には、まさか連載になるとは予想もしていませんでした。というのも、プラナス以前に描いた読み切り用の没ネームでは、一応連載を意識し第一話目の感覚で話を作っていたのですが、プラナスはある意味初めて1話で完結させるつもりで描いた作品だっただけに、プラナスとして1番やりたいことは1話目に詰め込んだ状態でした。
しかし多くの方に応援して頂き、連載という新たな形をとった「プラナス」は、こうして無事完結を迎えることができ、本当に感謝しております。何より、藍川達がファンの方々に愛されていた事は、作者として最も嬉しく思います。
私自身は、プラナスのように沢山の方に応援して頂けるような作品を、今後も提供できるよう努力していきます。読み切りと合わせて約5年間、本当にありがとうございました!