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ジェイムズ・ボンド映画アクション進化論2『007/ロシアより愛をこめて』

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第2作『007/ロシアより愛をこめて』(1963年)

『ロシアより愛をこめて』は様々な角度からの分析に値する名作だが、アクション視点で考えた場合の一番の特徴は、クライマックスのオリエント急行車内のレッド・グラントとの対決に向けて、いくつもの「伏線」が周到に張られていることだろう。

 一本目の「伏線」はグラント自身によって引かれる。シリーズ初の“プレタイトル”で彼は1分52秒でボンド(に見立てた男)をあっさり倒すのだが、その際彼の必殺武器がワイヤーを仕込んだ腕時計だとわかる。ボンドがそれにどう対抗するのかが、この話の肝であることが冒頭で示されるわけだ。

 そのあともグラントはひたすら暗躍する。情報部員たちを殺してイスタンブールで東西対立をあおる一方、ボンドへの罠を着々と仕掛け、時にはボンドの命を陰ながら助けたりもする。そして、ボンドの仲間ナッシュと入れ替わって近づき、一度はボンドに疑われるものの、完全に信用されるところまで接近するのだ。

 有名なオリエント急行のコンパートメント内での対決は約10分間。それは単なる格闘シーンではなく、ミステリー映画のような「最後の謎解き」があり、同時に二人の必死のブラフ合戦(駆け引き)が行われる。ボンドが金貨を取り出して買収を持ちかけ、それがグラントにアタッシュケースを開けさせる巧妙な“罠”になっているところなど実にうまい。そして、ようやくプレタイトルのリベンジマッチが行われる。

 さらにここでもう一本の「伏線」が効いてくる。冒頭でQからアタッシュケースの装備を説明されるシーンだ。ボンド映画に出てくる秘密兵器とその説明シーンは、単なる話のにぎやかしではなく、観客にそれがいつどのように使われるのか「刷り込ませる」意味を持っている。もちろん観客はすべてを憶えているわけではないが、いざその兵器が使われると「ああ、あれか」と納得するわけだ。これは一種の「語りの発明」といってよく、次回作のアストン・マーチンDB5で完成する。

 最終的にグラントは、ボンドの秘密兵器ではなく彼自身の必殺武器(ワイヤーを仕込んだ腕時計)で殺される。これによってボンドが一枚上手だったと表現できるし、秘密兵器さえあれば誰でも勝てるわけではないと示したのだ。「自業自得」感を強調することで、殺人シーンの不快感を軽減する役目も果たしているのだろう。前作のドクター・ノオの“義手”に比べると、遥かにうまく活用されていることがわかる。

 オリエント急行を脱出してからもアクションはこれでもかとつづき、1作目で誕生した「“危機一髪”を回避してからパンチのある一言」が多用される。敵のボートを炎上させて「火のないところに煙は立たぬ」、ローザ・クレッブを撃退して「ケリがついた」など、最大の危機を乗り越えたあとのボンドはひたすらカーテンコールに応じているようでもある。

 のちのシリーズではクライマックスシーンとして多用される大規模な「集団戦闘」が、話の中盤、ロマ人キャンプへのクリレンク一味の襲撃シーンとして出てくるのも面白い。注目すべきは「集団戦闘」におけるボンドの立ち位置で、戦闘の中心にいるより、遊撃手として機能し、ポイントポイントで実にスマートに味方を助ける。このスタイルは「集団戦闘」がクライマックスとして使われるようになってからも基本的に変わらない。

 一方で、グラントが暗躍してボンドを助けるシーンもここに登場する。計画のためとはいえ、おれの獲物だとばかりに、ボンドを“援護”するグラントが実に心憎い。


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