ブラオケ的名曲名盤紹介コラム〜映画音楽編〜#5「ニュー・シネマ・パラダイス」
はじめに
映画が大衆にとって重要な娯楽であった 1950 年代のシチリア島を舞台とした、感傷と郷愁、映画への愛情が描かれた名作中の名作(1988 年の映画)。
中年を迎えた映画監督サルヴァトーレ(=トト)が、映画に魅せられた少年時代の出来事と、青年時代の恋愛を回想する物語である。本映画の素晴らしい点は、物語の素晴らしさも去ることながら、物語そのものが完全に音楽と融合している点にある。
音楽はエンニオ・モリコーネにより作曲され、どの楽曲も非常に素晴らしい楽曲である。今回は、エンニオ・モリコーネによって作曲されたニュー・シネマ・パラダイスの楽曲について紹介したい。
サウンドトラック
国内で出回っているニュー・シネマ・パラダイスのサウンドトラックには、ざっくり 3 種類のサウンドトラックが存在する。1 つ目は、1990 年に発売されたオリジナル・サウンドトラック(左)、2 つ目は、2005 年に発売されたオリジナル・サウンドトラック【完全盤】
(真ん中)、3 つ目は、2021 年に発売された公開 30 周年記念リマスター完全盤[輸入盤国内仕様](右)である。なお、公開 30 周年記念リマスター完全盤は、世界で 500 枚の限定販売であり、第一世代のマスターテープを使用したフルデジタルリマスターとなっている。
一方、海外盤としては、US 盤(左)と Italy 盤(右)の 2 種類が日本でも容易に購入出来る盤であり、特に、US 盤は「Cinema Paradiso」の String Version がボーナストラックとして収録されているため、ニュー・シネマ・パラダイスのファンであれば要チェックである。
それぞれの盤に収録されている楽曲は以下の通り。国内初盤と US 盤は、String Version があるか否かの違いのみであるが、国内完全盤と ITA 盤と公開 30 周年記念盤は、従来盤に比べて 7 曲追加されており、また、「Cinema In Fiamme(火事)」と「Dopo Il Crollo(廃墟の中で)」が Extended Version として収録されている点が異なる。国内完全盤と ITA 盤は同じものなので、もしニュー・シネマ・パラダイスの楽曲を全て聴きたいのであれば、US 盤と国内完全盤を購入すれば、全ての Version を聴くことが出来るということだ。
ここで、幾つかの楽曲をピックアップして一言添えたい。
楽曲について
⚫ ニュー・シネマ・パラダイス
言うまでもなく、本映画の主題である。ただ、本映画の物語を知った上で聴くか否かで、感じ方が大きく異なる。サルヴァトーレが少年時代であった第二次世界大戦直後、舞台となるジャンカルド村(仮想の村)には唯一の映画館「パラダイス劇場」があり、村人の娯楽であった。ただ、このパラダイス劇場は、カトリック教会を映画館として開放しているため、キスシーンなどのラブシーンはカットされる。村人からのブーイングが絶えないが、小さなコミュニティだからこその絆の強さが垣間見れる場面でもある。やがて、少年トトは青年となり、ローマへと旅立つことになるのだが、30 年後に戻ってきたときには、少年の頃のような雰囲気が全く残っていない。車社会の到来や、キスシーンの解禁といった社会変化のみならず、少年時代のときに可愛がってくれた大人たちとの微妙な距離感や、村人同士の距離感などが以前の小さなコミュニティ時代のようには機能せず、人同士が密接に結びついていた時代が終わったことを暗示しているようでもある。
一度捨ててしまった故郷は二度と戻ってこないことを突き付けられるシーンであり、人生経験が多い人ほど、この郷愁感は深く心に刺さるであろう。この「ニュー・シネマ・パラダイス」という楽曲は、パラダイス劇場が登場するシーンで流れる楽曲であり、小さな村の唯一の娯楽を表現する一面と、廃墟となったパラダイス劇場を取り壊すシーン、即ち、感傷・郷愁を感じさせる一面が混在する。
変ロ長調で奏でられる本楽曲は、様々なアーティストによって演奏され、それぞれの演奏者によってアゴーギグの使い方が大きく異なる点が非常に興味深い。途中に入る 4 分の 2 拍子の扱いや、旋律も去ることながら、その裏で流れる 16 分音符との絡みをどう味付けするかによって、時の流れ方が大きく変わる。これは、物語を知っているか否かで聞こえ方が本当に大きく変わる部分であり、映画を見たことが無い人は、是非一度映画を見た上で聴いて頂きたい。また、サウンドトラックの味と、様々なアーティストによる演奏を聴き比べするのも面白いだろう。参考までに、エンニオ・モリコーネが 2007 年にヴェネチアで指揮したオーケストラ演奏の You Tube のリンクを貼っておきたい。2 分 20 秒くらいまでの部分が「ニュー・シネマ・パラダイス」である。
⚫ 愛のテーマ
もしかすると、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」で最も有名な曲かも知れない。クラリネットによるソロが大変美しく必聴である。本楽曲は、青年トトが恋に落ちるシーンや、大人になったトトがアルフレードの形見(切り取られたラブシーンの数々)を見るシーンで流れる。
即ち、ここで言う「愛」というのは、単純なエレナとの恋愛に限った話ではなく、アルフレードのトトに対する愛も含まれていると解釈せざるを得ない。ト短調によるクラリネットの静かなソロから始まり、やがてストリングスが加わって徐々にテンポアップしながら感傷的な盛り上がりを示す。この感傷的な盛り上がりは、トトがアルフレードの形見であるラブシーンを見ながら過去を振り返るシーンで使われ、アルフレードとの想い出を振り返ると同時に、二度と戻ってこない過去に対する郷愁感も合わさった非常に泣ける楽曲である。ただ、最後は rit を伴ってピカルディ終止で終わる点も非常に興味深い。感傷と郷愁といったネガティブ要素で終わりきるのではなく、より純正な響きに近い長三度和音で終わるという点で、「愛」を美しく締めたいという意図が垣間見れる。参考までに、エンニオ・モリコーネが 2007 年にヴェネチアで指揮したオーケストラ演奏の You Tube のリンクを貼っておきたい。上記「ニュー・シネマ・パラダイス」と同じリンクだが、2 分 25 秒くらいからの部分が「愛のテーマ」である。なお、この You Tube の音源は下記 DVD で見ることが出来る。
⚫ 初恋
本楽曲は、トトとエレナの恋愛シーンだけでなく、アルフレードとトトが一緒に自転車に乗るシーンやエンドロールなど、様々なシーンで使われる楽曲のため、日本語訳の「初恋」というのは若干の違和感がある。原語(イタリア語)では「Prima Gioventu」、英訳では「FirstYouth」であり、共に「若かりし頃」というニュアンスの意味であることと、「過去と現在」や、「成長」、「二人だけの映写会」、「トトとアルフレード」で変奏として同様のフレーズが使われていることから、「恋」だけに特化した楽曲ではなく、「初恋」も含めた「若かりし頃」の楽曲と解釈する方が良いだろう。前半は、4 分の 3 拍子からなる変ロ長調の軽快で楽し気な雰囲気の楽曲であり、2 拍目に加わる弦楽器のアクセントが、より一層雰囲気を引き立たせる。後半は、4 分の 4 拍子からなる変ロ長調の感慨深い雰囲気の楽曲であり、サクソフォンによる主題が印象的である。特に後半は、トトエレナの家の下で待ち続けるシーンや、アルフレードが王女と兵士の物語について語るシーン、役所のミスで軍役に就くトトを励ますシーン、アルフレードの死を母がトトに伝えるシーン、帰郷後の実家の部屋を訪れるシーン、トトが故郷を離れて戻るシーンなど、様々なシーンで流れる楽曲であり、それぞれのシーンに応じて多少のオーケストレーションの違いはあるものの、物語を知った上で聴くと、感じ方が大きく異なる点が非常に興味深い。
以上、今回は不朽の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」の楽曲について紹介させて頂いた。本楽曲は、映画の物語を知った上で聴くか否かで大きく感じ方が異なる。また、物語の奥深さも、様々な人生経験を積んだか否かで捉え方が変わるであろう。物語と音楽が密接に結びついた作品であり、何歳のときに映画を見るかで、音楽の聞こえ方も変わってくると思われる。もし現時点で何も感じなかったとしても、数十年後に改めて映画を見ながら楽曲を意識的に聴いてみるなど、様々な側面から吟味して頂きたい。
文:マエストロ