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東京ビエンナーレ/企業プロジェクト会議「企業×アートプロジェクト」会場レポート (後半)

企業×アートプロジェクトで東京に起こせるイノベーションとは?
前半は、企業がアートプロジェクトと関わる理由や意義、課題を実例を交えながら担当者にお話しいただきました。後半では、アートプロジェクト が社会の中で、特に「東京」という巨大都市の中でどのような役割を持ち、どのような影響を与えることができるのか。「企業×アートプロジェクトで東京に起こせるイノベーションとは?」をテーマに、グループディスカッションを行い、代表者の方に発表していただきました。

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アーティスト以外からも発想が生まれる


コロナ禍で我々が社会の中で持つ様々な制約が浮き彫りになりました。(それまで一般的であった)価値相対主義的な考え方が無くなり、その先に向かおうとする(アート思考を持った)人がアーティスト以外からも多く生まれるのではないかと考えています。
アーティストと一般人の思考の領域を図にしたときに、重なりあう部分が大きくなっていくことでイノベーションを起こすことができるのではないでしょうか。企業としてもそのようなところを意識しながら参画できたらと思います。(YKK株式会社 西村氏)

東京が均質化していく中で、まだ気づかれていない潜在的な価値を引き出す


まだまだ価値のある場所は東京にたくさんあります。例えば、一般的には価値の低いと言われてしまう「住みたい街ランキング」の最下位から順にアートで光を当てていくことで、東京の価値の底上げになるのではないかという意見もありました。
ただ、(企業人であれば)だれしもが一度は通る道だと思いますが、社内で「アート」となると「それは儲かるのか、儲からないのか、事業的にビジネスになるのか」という話になります。企業としてどのように乗り越えていくのか、個人としても課題に感じているところであり、今回の会議ではまだ答えは出ませんでしたが、経済合理性だけでない方法で周りを説得していけるような方法が、今後ディスカッションをしながら見つかると良いなと感じました。(三井不動産株式会社・木下氏)

「見なれぬ景色」を「見なれた景色」にしていく


今回会場となった3331 Art Chiyodaが11年前に立ち上がったときは中学校跡地がアートセンターとして機能するとはだれも想像できませんでしたが、いまではその「見なれぬ景色」が「見なれた景色」となりました。このような流れをどうやって作っていくかということがポイントであるのではないでしょうか。(東京ビエンナーレプロデューサー・中西)


「ダイバーシティ」「インクルージョン」「コミュニケーション」


「ダイバーシティ」や「インクルージョン」をキーワードに、東京で働く世代、特にこれからビジネスの中心を担っていく30〜40代、さらに下の世代が「コミュケーション」をとりながら働きたくなる環境をいかに作っていくか。東京での生き辛さをあぶり出しながら、他者と共有していく場所をいかにもつかというところが話にあがりました。街や場所自体に魅力があるということを創り出す時に、どうやって可視化したり共有したりできるかというところに課題を感じる。
また、(芸術祭に関わることで)どんな効果があるのか、利点があるのか、といった経営判断があった時に、まだまだ時間をかけて変えていかなければならない。一般の人に向けてアートにどのような価値があるのか、まだまだ理解がされにくい分野なので、その辺りのコミュニケーションも必要性なのではないかと思います。(東京ビエンナーレクリエイティブディレクター・佐藤)

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アートが加わることで無機質な街に色が付き、有機的に動きはじめる


企業の立場から「芸術祭との見なれぬ協業」についてや「芸術祭によって自身の仕事が可視化されていくことに魅力を感じた」とのコメントがありました。また、アートプロジェクトを一過性のCSVやCSRとして落とし込むのではなく、継続していくための社内での体制作りが課題だとの意見も出ました。
「企業」という立場よりも「個人」としては、例えば、芸術祭で東京の価値が上がることへの期待、こどもが芸術に触れること、味気ないと思っていた街が、実は様々な暮らしが残っているということに気づき、暮らしが楽しくなったという意見が出ました。無機質に感じていた街にアートが加わることで色が付き、有機的に動いていくイメージが出来たというのは、アートプロジェクトに関わる企業もそうですが、個人としても体感できる変化があったのではないかと思います。

個人的には、三菱地所の井上さんの話にあったように「100年先を見ていく」ことが重要と感じました。例えば「地域のお祭り」は長いスパンで設計されています。この芸術祭も「祭」という言葉がついています。
長いスパンで関わりたいと思うモチベーションを個人の方に持っていただくには、企業の人である前に一人の東京の人間として、公私共になにか関わりしろ作っていこうということがあると思います。企業、そして個人が街の持つ長い時間軸に付き合いながら地域に貢献していくために、芸術祭はその下地を作る新しい経験の装置として貢献できることがあるのではないかと思いました。(東京ビエンナーレプログラムディレクター・宮本)

「広さ」と「深さ」を持つ


世界的にも「東京」のような大都市で芸術祭を行うこと自体が珍しく、高層ビルが立ち並ぶ街の横には下町が広がるような都市の構造的にも奥深い場所で実施したことが一つ大きなチャレンジだったと事務局から聞きました。そのような場所でイノベーションを起こしていくには、「広さ」と「深さ」を持つことが大切なのだと思います。
「広さ」というのは「わかりやすさ」「伝わりやすさ」というところ、しかしそこに「深さ」がなければ興味がどんどん湧いてきません。この2つが揃い、さらに「情報」がしっかりしていくことでイノベーションが起こるのではないかと思います。(株式会社東京ドーム・松浦氏)

コミュニケーションツールにイノベーションを


「企業の⽬線」で考えると、例えば東京で起こったことをどうやってローカルに伝えていくのかを考えることが大切ではないかと思いました。それが今の活動がさらに広がっていくきっかけになっていくのではないかと思いました。
世の中には様々なコミュニ ケーションツールがあります。より多くの⽅に知っていただくためにコミュニケーションツールにイノベーションを起こしていくことも⼤切だと感じました。(株式会社⽇本マクドナルド・蟹⾕⽒)

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企業の「得意分野」と「アート」とが連携する


全体を通して印象的だったのは、各企業に得意な分野や地域があるということで、そこに対する企業としての責任を感じているのだなと改めて思いました。例えば、大丸松坂屋百貨店としては上野周辺に、三菱地所は大丸有エリアに、ジェイアール東日本開発は路線周辺の地域に、それぞれ愛着を持ち、責任感を感じていらっしゃいます。それぞれの「得意分野」と「アート」とが連携することでさらにレイヤーを上げていくこと。それが「動機」となり「情熱」を生み出していると感じました。
おそらく企業にとってのアートの役割が最近変わりつつあることを実感されている方は多いのではないでしょうか。ひと昔前は文化支援の対象だったアートが(現在では)イノベーションとして、ある面では企業活動の本質的な部分にアートの役割が見つめられているように思います。そこに対してアートは何を答えることができるのか、というのが逆に当芸術祭が課せられている課題であり、今後のアートの本質的なところでもあります。それを具体的に行動する場所が「東京ビエンナーレ」なのだなと改めて思いました。(東京ビエンナーレプロデューサー・中西)

アートに関わることで人の「意識」が変化する


「都市の空間」には道、敷地、建物があり、用途と制約があり、パブリックとプライベート、その間のコモンがありながら、入りやすさ・入りにくさがあります。そこで「アートプロジェクト」という形にすると、普段は入れない場所に堂々と入ることもできます。「空間」を解放するためには、「空間」を所有する人がその空間を開いていくために意思を決定していくプロセスがあります。「意識」は本当に不思議なもので、東京ドームの林加奈子さんの隙間にはまる作品では、東京ドームシティ内で隙間のリサーチを始めた途端に企業の担当者がアーティストと同じ目線で街を見るようになり、隙間を見るとはまることが出来るかを考えてしまうようになるほど。アートに関わることで人の「意識」は変わっていきます。

東京ビエンナーレのチャレンジの一つは、この東京という都市空間の境界領域を、アートプロジェクトによってうまくずらしたり開放しながら、関係する人の意思や意識の変化を生まれやすくし、創造性を高めていくことです。それは個人の中に浮かぶちょっとしたアイディアであり、本日のテーブルディスカッションで共有する意識でもあります。
個人の意識がもう少し広がって、「東京ビエンナーレ」というフレームが意識を共有できるような空間になると、大きな創造のプロセスが生まれます。100年後まで繋がれる時間軸の中で、私たちはいまその境界条件を議論しながら、新しいフレームを作れるのではないかと。東京ビエンナーレはある意味では「運動」としての大きな社会実験だと思います。(東京ビエンナーレディレクター・中村)


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<後記>

社会にイノベーションを起こすためには


都会でアートプロジェクトを行うと、気がつくことがあります。
東京は、その場所や施設に機能が明確に決まっていて、それ以外のことをすることがすごく難しい。
所有権、法律、所轄、レギュレーションなどで、私たちのいる場所は管理されています。

東京ビエンナーレは、その殆どが公共エリアであったり、普段の使い方とは異なる場所でアートプロジェクトを行います。
そこで最初に起こることは、やったことがない、規定がない、安全管理はどうなるのか、といった問題です。つまり、やれない理由は無数のようにありますが、やれる理由はほとんど見当たりません。

それを突破するのがアートの力です。もう少し正確にいうと、実現させようとする当事者や協力者の気持ちをつくりあげる力です。
ある意味、アートプロジェクトは祭りと似ているかもしれません。祭や昔からの慣習などは、様々な管理から逃れることができる数少ないイベントです。そこにヒントがあります。祭りのように、皆がそれを大切なものとして協力し合う状況をつくるアートプロジェクト。
私は、それがイノベーションを起こす苗床だと考えています。

イノベーションとは研究室の中では起こりません。リアルな社会の中で起こります。
「技術革新」と訳するのではなく、イノベーションとは社会の仕組みを更新することを示します。
これからのアートは、公園に守られて置かれる彫刻のような存在でなく、「公園」という存在を更新するプロジェクトになっていくのです。

私は、商業活動を活性化する企業と、科学技術を牽引する国の機関にいた経験からも、このことを強く感じています。
アーティストの突拍子もないことに聴こえるアイデアや行動には、まだ誰も見ぬ未来へのビジョンが潜んでいます。それをキャッチできるかできないか、主にそれは美術批評が行なってきましたが、加えて企業もそれを見抜く時代になる必要があります。その力を持っている企業が未来をつくっていくのです。

私たちが企業とのプロジェクト協働を重視するのは、社会にイノベーションを起こすためには、社会を実際に動かしている地域と企業との協働が不可欠だからです。そして地域や企業も、守るべきものは守りながらも、未来社会が必要としている、今までにないものを築いていかなければいけません。

アーティストと企業、地域が協働することで生まれる新しい地平は、まだ確実な輪郭は見えていませんが、そこにそれがあることの確信を持って、この東京ビエンナーレの企業プロジェクト会議があります。
まだ私たちはオン・ザ・ロードですが、是非、一緒に歩いていきましょう。

後記:中西忍(東京ビエンナーレプロデューサー)
レポート作成:東京ビエンナーレ事務局


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