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データから読み取るストーリー。データ活用に、必要な視点とは。

いよいよ都知事杯オープンデータ・ハッカソン募集イベントも最終回を迎えました。今回のテーマは「オープンデータの活用提案に関する注目トピック」。データ分析から具体的な提案に至るまでのプロセスの紹介や、企業のデータを活用した実証実験、最新の研究事例を共有していただきました。

クロストークでは、オープンデータ伝道師(※1)として知られる武蔵大学社会学部メディア社会学科教授の庄司昌彦さんも加わり、視聴者からの質問に答える形で、データ活用の可能性や課題について幅広い議論が展開されました。データの奥深さと可能性を実感できるお話、ぜひご覧ください。

※1:デジタル庁が任命した、オープンデータに造詣が深い有識者のこと( オープンデータ伝道師 )

学生主体のチームでの取り組み方

まずは、昨年度の都知事杯オープンデータ・ハッカソンに参加した中野瑛友さんに登壇いただきました。中野さんは、武蔵大学 社会学部 メディア社会学科の庄司ゼミに所属する4年生。昨年度のハッカソンでは、庄司先生にアドバイスを受けながら、ゼミの仲間を中心にしたチーム4人で「アイデア提案部門」に参加しました。

中野さん

中野さんたちが最初に手を付けたのは課題の発見です。ワークシートを使って話し合うと、チームメンバーが共通して「東京は観光都市ではあるが、それゆえに生じている問題もある」という点に着目していることがわかりました。そこで、「文化の違い、情報の偏りや不足による、地域住民との摩擦」を主要な課題として設定したと言います。

この課題を解決するため、中野さんチームは「多文化共生の情報共有サービス」を考えました。ピクトグラムを使って、観光客に対する訪問先のルールやエチケットの視覚的な伝達や、街中にQRコードを配置し、観光客がスキャンすると隠れた地域の魅力に関する情報が得られるトレジャーハント的な体験要素も提案にまとめました。

課題の発見・データの利用・提案にまとめる作業。この一連のプロセスのなかで、中野さんたちが特に重視したのは、チーム全員でのアイデア共有、既存研究の調査、そしてコミュニケーションでした。それぞれの発想を大切にしながらも、先行事例から学ぶことや、適切な役割分担をして個人作業と全体作業のバランスを取ることなどにも注力したと言います。

学業との両立による限られた時間のなかで、学生の視点を活かしつつ、いかに効率的に提案をまとめるのか、その方法がよくわかるプレゼンテーションでした。

データ活用による地域の「にぎわい」創出

続いて登壇いただいたのは、株式会社みずほ銀行 デジタルマーケティング部 参事役の橋口隆史さんです。橋口さんは、2023年度 東京データプラットフォームのケーススタディ事業の一環として実施した、「メタ観光マップ」を活用したにぎわい・回遊性の創出プロジェクトについて紹介してくださいました。(以下、橋口さんのお言葉を借りて記載しています)。

橋口さん

プロジェクトを進めるにあたって背景となったのは、臨海副都心エリアが抱える「回遊性の少なさ」という課題です。このエリアには多くのイベント会場があり、人々を引き寄せることはできますが、イベント終了後にすぐ帰ってしまうという傾向がありました。地域や行政の方々からは、もっと自分たちの地域を知ってほしい、より広く魅力を発信したい、そんな思いがあったようです。

そこで、みずほ銀行では民間企業や団体と協力し、「オープンデータ × 金融データ × 人流データ」を活用して「メタ観光マップ」を作成し、データを分析して得られたターゲットに対し効果的なプロモーションを実施する実証を行うこととしました。

作成した「メタ観光マップ」には、地域の人しか知らない隠れた魅力的な場所が320件も掲載されたと言います。従来の観光スポットに加えて、現代の多様化する人々の価値観をとらえた多くの「にぎわい創出ポイント」を可視化することができました。

さらに、国勢調査や自治体の観光情報などのオープンデータ、年収統計などの統計化された金融データ、人流データなどを活用し、地域住民や訪問者を8つのペルソナに分類し、それぞれの特性や行動パターンを分析しました。(データは個人情報が判別できない形に加工し、分析に利用しています。)

そのうえで、プロジェクトでは、人流データをリアルタイムで分析しながら、ターゲットを絞った情報発信を行いました。具体的には、各スポットにいる人や過去に訪れたことがある人に対して、プッシュ通知で適切な情報を届け、きめ細かなアプローチを実施しました。

その結果、掲載スポット数が多いエリアでは回遊率が大きく増加し、地域住民への情報発信が効果的だとわかったと言います。訪問者の行動範囲も拡大し、人々の分散も見られたとのこと。エリアごとの特性も明らかになり、今後のまちづくりや観光施策に活用できる知見が得られました。

橋口さんのお話から見えてきたのは、異なる種類のデータを掛け合わせることで、新たな洞察が得られ、より効果的な地域活性化策を立案できるということです。データ活用が地域の「にぎわい」創出に大きな可能性を秘めていることを明確に示す、興味深い事例紹介となりました。

労働経済学の視点からのデータ活用

最後に登壇いただいたのは、早稲田大学教育・総合科学学術院教授の黒田祥子さんです。黒田さんからは、銀行の取引データを活用したギグワーカー(※2)の実態調査研究について発表いただきました。

黒田さん

新型コロナウイルス感染症の流行以降、ギグワーカーを街で見かける機会が増えましたが、日本だけでなく世界的にも既存統計ではその実態を捉えることが難しいのだそうです。そこで黒田さんは、早稲田大学データ科学センターと学術協定を結んでいる、みずほ銀行の個人普通口座取引データを用いて、ギグワーカーの実態把握を目指しました。

時系列分析からは、2020年4月の第1回緊急事態宣言を境に、フードデリバリー系のギグワーカーが急増したことが明らかになりました。さらに、若年層が中心であるものの、コロナ禍以降は30歳以上の参入も増加し、女性の参入も増加傾向にあることがわかったそうです。

ギグワーカーの口座残高分析では、コロナ前にギグワークを開始した人に比べ、コロナ後(2020年4月以降)に開始した方のほうが流動性資産が若干多いことも判明しました。この結果から、黒田さんは、コロナ前に比べると、多少手元資金に余裕がある層が参入しているのではないかと推測しています。

さらに、この分析から、ギグワークからの収入がなかったと仮定すると、これらの人々の口座残高はコロナ禍でもっと目減りしていたこともわかりました。このことから、プラットフォームサービスでの就労機会が、人々の経済的安定に一定程度寄与したことが判明しました。

また、最近の動向として、コロナの収束とともにフードデリバリー系のギグワーカーが減少し、ノンデリバリー系が増加傾向にあることも明らかになったそうです。興味深いことに、アンケート調査からは、ギグワークを始めた理由として興味関心からという回答も見られたとのこと。このように、金融データを通じて分析することで、従来の統計では捉えきれなかった労働市場の動きを浮かび上がらせることがわかりました。

最後に、黒田さんは、「データには、当初の目的とは異なる利活用の可能性がたくさんある」と締めくくり、プレゼンテーションでさまざまな切り口の分析を示されたことで、データ活用が学術研究だけでなく、政策立案においても新たな視点をもたらすことが示されました。

※1)研究では、ギグワーカーを「プラットフォームサービス会社に登録し、オンライン上で仕事を請け負う単発の労働」と定義。

クロストーク:データの利活用に必要なこと

発表後のクロストークでは、武蔵大学 社会学部メディア社会学科 教授の庄司昌彦さんも加わり、より幅広い視点からデータ活用について議論が行われました。

庄司さん

まず、オープンデータ伝道師・地域情報化アドバイザーでもある庄司さんにオープンデータの現状についてお伺いしました。「AIブームの中で、オープンデータの重要性が急速に高まっています」と言い、自由に使えるデータが多いほどAIの性能が向上するため、オープンデータへの需要が伸びていると説明されました。

庄司さんは、各地域で取得したデータをどのように活用するのか、そんな質問を受けることもあると言います。「まずは、見える化から始めること。そこからクイズのように、仮説を立てて検証していくと進めやすい」とアドバイスしているそうです。

隣同士に座る庄司さんと中野さんはゼミの指導教授と学生という間柄。中野さんには、庄司さんのゼミを選んだ理由について質問が及びました。

「先生はハッカソンやイベントへの参加を促してくれるので、大学の中だけでなく、たくさんの刺激を受けて学ぶことが大きいんです」とのこと。昨年度の都知事杯オープンデータ・ハッカソンへの参加も庄司さんの紹介がきっかけだったそうです。

庄司さんは教え子たちについて、「いろいろなものに興味ある学生が集まっていて、柔軟な発想でオープンデータを使った活用事例を考えてくれています」とにこやかに語りました。

橋口さんは、プレゼンテーションの内容を受けた、銀行の役割と個人情報保護についてのご質問に対し「銀行は多様なデータを保有していますが、それを活用する際には個人情報保護が最重要課題です」と強調し、今回のプロジェクトでも、データは統計化され個人が特定できない形で分析されたと、とのことでお話されていました。

さらに、「銀行の役割は単なるデータ提供にとどまりません。地域や企業、行政との橋渡し役として、データを活用した新たな価値創造に貢献できると考えています」と述べ、金融機関の新しい社会的役割についての言及もありました。

では、産学連携で企業のデータはどのように活用されているのでしょうか。「企業が保有するデータは、きちんと匿名加工したものを使えば、様々な分析ができます」と黒田さん。

「例えば、メンタルヘルスの問題が少ない部署と多い部署の違いを分析することで、職場環境改善のヒントが得られます」とお話し、従業員の満足度調査やエンゲージメント調査のデータを活用したメンタルヘルスの問題や生産性向上の要因を探る研究も紹介されました。

また、「日本にはまだ利活用されていないデータがたくさんあります。適切に分析し、そこから得られた知見を実際の施策に結びつけることが重要です」と付け加えました。

集めたデータの活用をより促進するにはどのように進めればよいのでしょうか。それには、研究機関との連携から得られた知見を、他の自治体や企業に示していくことも大事、と庄司さんはお話します。

「実は、各地でデータを使ったさまざまな実験を行い、効果も挙げているんですよ」と熊本県での公共交通無料化実験や四日市市での人流センサーを活用したまちづくりの事例も紹介していただきました。こういった事例を紹介することで、データ活用のアイデアを広げることが大切だと言います。

さらに、庄司さんからこんなお話も。「タクシーに乗るときに、私達は『近場ですみません』と言うことありますよね」

「でも、データ分析により、短距離でも頻繁に客を乗せる方が収入が多いことがわかったんです」と驚きの分析結果も紹介してくれました。「データを見ていくと隠れたストーリーが見つかります」と庄司さん。データとデータを組み合わせ、意外な事実を発見すること、それこそがデータ分析の醍醐味というお話が印象的でした。

最後に、みなさんからのメッセージです。

中野さん「まずはアイデア提案部門からチャレンジしてみるのもひとつの方法です。ぜひ僕のような学生の方たちにも参加してほしいです。一緒にデータ活用を盛り上げていきましょう!」

庄司さん「多くの学生に参加してほしいですね。文系の方でも、アイデア提案部門で、社会問題という切り口から入れば進めやすいと思います。もちろん工夫次第でビジュアライズ部門も可能でしょう。私も今年参加するので、本当はライバルが少ないほうがいいですが(笑)、賑やかな場となることを期待しています。」

橋口さん「職場や学校から一歩でて、データという一つのキーワードでつながっていく経験はすごく楽しいことだと思います。夏の楽しいイベントとして、ぜひみなさん参加しましょう。」

黒田さん「考えが出てくるまでは苦しいですが、アイデアを思いつくと嬉しいですし、それを仲間とブラッシュアップするのはとても楽しい時間です。学生の方も、社会人の方も、ぜひご参加いただければと思います。」

日々、人々が何かの活動をする度に溜まっていくデータ。それらを組み合わせ、掛け合わせ、分析することで、今まで見えなかった新しい事実が浮かび上がってくるのですね。動画では、この記事では紹介しきれなかった興味深いお話がたくさん紹介されています。ぜひ下記アーカイブ動画からご覧ください。

※イベント中のその他の質問や、過去に寄せられた質問への回答は、<こちら>に掲載しております。

エントリーについて

都知事杯オープンデータ・ハッカソン2024へのエントリー締め切りは7月26日。今年は、都庁各局や区市町村が抱える現場の課題も提示され、より具体的なサービスや提案へと結びつけやすくなっています。この夏はハッカソンで、データからストーリーを見つけ、アイデアを形にしていきましょう。みなさまのエントリーをお待ちしています!
※2024年度のエントリーは締切りました。たくさんのエントリーありがとうございました!