当社のミッションと行動規範

以前にミッションと行動規範の策定と運用は組織が自律的に動くためには重要であるといった旨のエントリを書いた。
https://note.com/tokyo_harbor/n/n08b5f24e774a

筆者自身が設立したコンサルティングファームにおいてもミッションと行動規範は大事にしたいと考えており、また何人かの採用を始めた頃からそれらを言語化する必要に迫られたため、しばらく前にこれらを策定するに至った。そこで本稿では筆者のファームのミッションと行動規範とその背景にある思想を述べていきたい。

まずは当社のミッションと行動規範を下図に掲載し、各項の根底にある考えをそれぞれ補足して説明していく。

画像1

【経営上の助言を通じて、クライアント企業の価値創造に貢献する】

当社は二つのミッションを掲げており、そのうちの一つはクライアントに関するものである。このステートメントの背景にはいくつかの思想がある。まずは当社のサービスはあくまでも「経営上の助言」であると規定している点である。当社は現在のところは主にプライベートエクイティに対してビジネスDDの支援を中心に行っているが、ミッションにおいてはビジネスDDまで狭めることはせずに、より広く「経営上の助言」としている。現実的には当面はビジネスDDが主たるサービスラインとなると考えられ、また過度に広げる意思はないものの、将来的にはビジネスDDの周辺の戦略策定の領域の支援も手掛ける可能性はあり、またそれに戦略的に取り組む予定ではあり、実際に既にいくつかのクライアントからは戦略関連の問い合わせもあるために、このような表現としている。

また違う見方をすれば当社はあくまでもアドバイザリーを超えた支援はしないことの意思表明もしている。近年はいわゆる戦略コンサルティングファームであっても、伝統的なアドバイザリーを超えた支援を行なっている。例えばデジタル領域においてプロダクトのプロトタイプを作成したり、Webサイトを作成しテストマーケティングを行ったり、CRO (Chief Restructuring Officer)を送り込んだ支援をしたり、あるいはクライアントの業務の一部を事実上代行するような支援も行なっている。しかし当社はそれらをする意思はなく、あくまでも伝統的な経営アドバイザリーに留まることをこのステートメントは示している。これは一つの経営上のデザインチョイスであると言える。

「価値創造」という単語を使用している点にも意思がある。ビジネスシーンにおいては様々な文脈で「価値」という表現が用いられるが、経営あるいはコーポレートファイナンスの観点からの「価値」とはエコノミックプロフィットあるいは残余利益で表現でき、またそれらを累積したものは企業価値ないしは株主価値で示すことができる。つまり決して価値とは曖昧なものではなく定量的に把握することが可能なものである。この背景には多くの日本の企業にとってはより良い経営をすることでより大きな価値を創造でき、その余地は大いにあるという問題意識があるためである。もちろん当社の支援によってクライアント企業の価値創造にどれだけ貢献したかを把握することは現実的には不可能であるが、究極的にはこれらに貢献することをファームとして目指す、ということを文字にしておくことは必要で思っている。この短いステートメントの背景にはこのような考えがある。

【最高のプロフェッショナル人材を惹きつけ、その能力を最大限引き出すことに寄与する】
当社のミッションの二つ目はプロフェッショナルに関するものである。大事なこととして、一つ目のクライアントに関するものと二つ目のプロフェッショナルに関するものは同等に重要であるということである。決して「クライアントイントレストファースト」という錦の御旗の基にプロフェッショナルを犠牲にしてはならないという考えが背景にはある。

プロフェッショナルファームの資産は築いた名声やノウハウなどもあるが、究極的にはそのファームに在籍するプロフェッショナルに集約される。従ってクライアントに対する貢献を実現するためには、結局のところは最高のプロフェッショナル人材が必要であり、彼ら・彼女らがプロフェッショナルとして成長することが必須である。そのためにクライアントと並んでプロフェッショナルが同等に大事であることをミッションで述べている。なおこのステートメントで「採用し」「引き出す」と述べるのではなく「惹きつけ」「引き出すことに寄与する」というやや間接的な表現をしているが、その背景にはプロフェッショナルというものは自らを律する必要があり、ファームがプロフェッショナルを成長させることができると考えるのは高慢であり、あくまでも自ら成長することの手助け、あるいは環境整備しかできない、という考えがある。

【最高品質の成果をクライアントに提供する】
行動規範の一つ目は品質に関わるものである。「最高品質」というものは「言うは易く行うのは難し」の典型であり、当社としても果たして過去の全てのプロジェクトの成果が最高品質であったかと訊かれたときに自信を持って全てイエスであると答えることは残念ながらできない。ただあくまでも目指すべきものは世界最高の品質であり、それが達成できているのかをファームとしてもプロフェッショナルとしても自問し続けるという姿勢は極めて大事であると考えている。実際にいくつかのプロジェクトでは「これは世界で一番いい品質を届けられた」とプロフェッショナル一同が自信を持って言えるプロジェクトもあったと思っているし、実際にそれによってクライアント企業の意思決定に影響を与えたり、あるいはそれがリピート依頼という形で傍証されたりすることもある。大事なのはこれを文字に落とし、常日頃から自問自答し続けながらそれを実践するという姿勢であると思っている。

【プロフェッショナルとして相互に敬意を払う】
行動規範の二つ目はプロフェッショナルに関するものである。「プロフェッショナルとして」という言葉に背景には、当社のメンバーの関係性はあくまでも仕事上の関係であり、仲良し集団ではない、という考えがある。そのため当社のプロフェッショナルがどのような宗教・信条を持っていても、LGBTであっても、プライベートで特殊な趣味を持っていても、あるいはどんなに私生活がだらしなかったとしても、プロフェッショナルとして信頼できる限りにおいてはファームとしては関知することではない。あくまでもメンバー間の関係性は一義的にはプロフェッショナルな関係なのである。もちろんプロフェッショナル同士で良好な関係を築いた結果として、プライベートでも仲良くなればそれはそれで喜ばしいことであるし、実際、幸いなことに当社のメンバー間は割と仲が良いと思っている。ただ、それはあくまでも副次的な結果に過ぎないと思っている。

「相互に」という言葉の背景にはプロフェッショナルファームにおいては指揮命令系統は存在せず、あるのは役割の違いだけであり、あくまでも対等な組織である、という考えがある。もちろん現在のところは筆者はプロフェッショナルファームの代表として他のプロフェッショナルを雇用している立場にありパートナーは筆者だけではあるが、それでも少なくとも筆者自身は他のプロフェッショナルの上司であるという意識はなく、あくまでも対等な関係にあると思っている。どちらかというと優秀な彼ら・彼女らに他者ではなく当社に「来て頂く」ために努力をするという弱い立場にあるとすら思っている。彼ら・彼女らに対して筆者は何かを「命令」することはできなくあくまでも何かを「依頼」することしかできず、その依頼が相手にとって引き受けるに値しないと思われたら、筆者としては本質的にはそれ以上はできることはなく、それはそれとして受け入れなければならないのである。あくまでも対等な関係ということが背景にはある。

「敬意を払う」という言葉の背景にも上述の通り指揮命令系とはないという考えがある。あくまでも各プロフェッショナルが共通のミッションの基に協業しながらも最終的には自律的に働くことが求められ、そのためには互いに気持ち良く働ける努力をするべきであるということを述べている。

【プロフェッショナルに正当な見返りを与える】
当社の給与水準は大手の戦略ファームよりもかなり高く、またその割に労働時間は長くない(比較的短いと言ってもいいかもしれない)。現実的にはこのような待遇にしないと、当社のような新興のファームは優秀な人材を採用できないということもあるが、根本的には当社のミッションを実現するためにはそのような環境を提供する必要があり、またそれが「フェア」であると思っていることがある。当社はいくつかの戦略的なデザインチョイスを行なった結果、極めて効率的な組織となっているために、その成果はクライアントにも、パートナー(経営陣)にも、プロフェッショナルにも還元するべきだと思っている。当社のプロフェッショナルの給与水準は他社と比べてかなり高いため、恐らく今よりも低い待遇でもかなり優秀な人材を採用することはできると個人的には思っているが、それは他社比較の発想となる。しかし本来あるべきは、あくまでもそのプロフェッショナルが生み出した価値に対してそれに見合うかどうかという価値比較の発想が必要であると思っている。

またここまでは報酬面について述べたが、あくまでも「見返り」なのでその他の待遇に関しても同様である。能力のある人材についてはより大きな役割を与えるべきであるし、また労働時間などに関しても正当な待遇にする必要があると思っている。実際に初期メンバーの一人は入社した職位よりも著しくパフォーマンスが高かったために半年で次の職位に昇進することとなったが、これは当初の想定よりも1~2年前倒しとなっている。(もちろんそれによって給与水準も上がる。)会社の短期的な利益「だけ」を考えたら、入社後半年で昇進しなかったとしても恐らくこのアソシエイトは何ら不満ではなかったと思われ、結果として給与上昇分だけ利益は引き上げられたと見ることもできるが、あくまでも当社はプロフェッショナルの出している価値に対して見合う対価を出すということことの方が短期的な利益よりも大事であるために、このような判断をしている。

なお逆にパフォーマンスが低下したとしても、それはあくまでもファームが最適な環境を与えられていないと考えるべきであり、待遇を落としたり契約を打ち切ったりするつもりはない。(そもそも日本においては解雇規制があるために法令を遵守すれば当社において解雇することは事実上できない。)ただこれはたらればの話であり、個人的にはそのような事態に陥るいことは当面ないという自信はある。

【経営に関する独自の見解を持つ】
この行動規範はやや現実的な文脈から策定している。当社はあくまでも「経営上の助言」をすることがミッションであるために常に経営に関する独自の見解を持つことが求められる。ただ現実的には日々の業務に取り組んでいるとやはりそれに忙殺されてどうしても研究開発活動が後手に回ってしまい、結果的にプロジェクトのデリバリー以外の方法でファームとして見解を更新することができない。

一方で大手の戦略コンサルティングファームでは(ファームによって差はあるものの)研究開発活動は行なっており、それによって新たな知見やコンサルティングの手法を構築している。いうまでもなく当社は大手ファームと全サービスラインで競合するつもりはないものの、それでもやはり組織的に知見を更新していく必要はあると考えている。中小ファームだから研究開発はできないと考えるのではなく、むしろ中小ファームだからこそ研究開発に取り組まなくてはならないという発想でいるべきである。また個々人のプロフェッショナルも同様である。「経営上の助言」が当社のサービスラインである以上、各プロフェッショナルもその知見を持って日々の業務に臨むべきだと考えている。

【ステークホルダーに対して誇れる行動をする/ ルールではなく価値観に基づいて行動する】
冒頭に述べた通り、行動規範は組織が自律的に動くために必要なものであると考えている。ここでのキーワードは「自律的」である。当社においても細かい規定は設定せずにあくまでもプロフェッショナル個々人が自律的に行動する性善説に基づいた組織を目指している。そのためあくまでもミッションや行動規範に基づいて行動することを求め、それ以上は各自の判断に委ねている。また何かに迷ったら、プロフェッショナルとしてステークホルダーに誇れる行動なのか、を一つの基準としたいと思っている。やや卑近な例としては節税が挙げられる。現在のところ当社のパートナーは筆者だけであるために、生命保険や役員社宅などを違法ではない範囲で組み合わせることで一定の節税効果はあると考えられるが、それは実施していないし、それをするつもりもない。節税は違法ではなかったとしても、それをクライアントの前で堂々と語れるかと訊かれたら、少なくとも筆者はノーであるためにそのようなことは行なっていない。(現実的にはそのようなことに貴重な時間を費やすよりは、新規提案や研究開発などに時間を使った方がはるかに利益に寄与すると思われる。)

*****

以上が現段階での当社のミッションと行動規範となっている。これらはあくまでも現段階のものであり、ファームの発展とともにいくらか進化するとも思っているが、しばらくは上記の思想に基づいて活動していこうと考えている。なお本稿で取り上げるのはあくまでもミッションと行動規範そのものであり、それらをどのように運用するかはまた別のテーマとなる。このミッション、行動規範を絵に描いた餅ではなく、どのように日々の行動と結びつけるかは深遠なテーマである。例えば行動規範と評価基準をどのように結びつけるかは、行動規範を実践する上で極めて重要なテーマである。あるいは知見構築のための研究開発活動をどのようにして実践するかも決して簡単なことではない。またミッションと行動規範を創業メンバー以外のプロフェッショナルに腹落ちし実践してもらうためには工夫が必要である。これらに関しては筆者自身もまだ試行錯誤している段階であるため、当面はその作り込みが必要であると考えている。

少し長めのエントリとなったが何かの参考になれば幸いである。

(もし気に入ったら投げ銭をお願いします。)

ここから先は

0字

¥ 500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?