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地理人 今和泉隆行 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.11-

デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーマガジン「com-plex」。

今回ご紹介するのは、「地理人(ちりじん)」として地理・地図系の仕事に携わる今和泉隆行さんです。今和泉さんは趣味で、幼少期から実在しない都市(空想地図)を描き続けてきました。その趣味が現在では、地図デザインやテレビ番組・ゲームの地理監修・地図制作を行うほか、地図に関する書籍も多く出版するなど、地理のスペシャリストとしての活動に活きています。また空想地図作家としては、先の読めない展開で話題となったTVドラマ「VIVANT」の舞台地図も手掛けています。

今回は、今和泉さんに趣味を仕事にするための戦略や印象に残っている仕事、デザインを学ぶことで得た気づきについて、お話を伺いました。



予期せぬ仕事

地理人 今和泉隆行さん

――今和泉さんの仕事について聞かせてください。

主に地図・地理系の仕事を行っています。地図・地理に関する記事や本の執筆、企業等へのワークショップ、美術館への展示、地図デザインの制作がメインになります。実際のどこかの地域の地図をデザインをすることもありますが、架空の地域の空想地図を制作する仕事もあり、ほとんどがテレビドラマの小道具としての依頼でした。その他にも絵本の舞台地図や宝探しキットの舞台提供、ゲームの舞台地図などの制作も手掛けています。

――ご自身がこれまでに受けてきた仕事の分析を行っていると聞きました。

分析というほどでもないんですが、自営業になってからは、どのような仕事を受注して、それがどれくらい継続して、そしてどのような仕事につながってきたのかの傾向を把握したくなったので、作図して紐解こうとしています。私は自分で営業しない上に、明確な需要のなさそうなレアな仕事が多く、また仕事のほとんどは単発なので先が読めません。そのため、新しい仕事はどこから生まれているのか、どんな仕事が続き、どんな仕事が終わるのかを少しでも読めればと思いました。

これまでの仕事の変遷を表にして記録している。

――分析を元に、今後の仕事の展開を予測されているのでしょうか?

なるべく予想できればとは思いますが、決まった業界や職能の枠の外側で仕事をしようとしているので、具体的な仕事の展開は読めません。例えば、多くの人が求める、突き抜けた技術を持っていれば「○○が上手くなる方法」という本を出版しても売れるでしょうし、インストラクターの仕事も増えそうです。しかし、「地図が読めるようになる方法」って、それだけでは何の役に立つか怪しい上に、セミナー講師やインストラクターとして仕事が増えるイメージは湧きません。

需要のある仕事は競合が多いか、とても苦しいかでしょう。どこかの業界の仕事も、履歴書上の職歴が薄い私が入る余地はないと思います。それは、地理・地図業界であってもそうでしょう。一方で、想像もしていなかったような仕事が舞い込んでくることは、業界や職能と関係なく仕事をするおもしろさであり、それは楽しみにしていますね。

――想像もしていなかった仕事とは、具体的にはどのようなものですか?

空想地図の美術館への展示依頼には驚きましたね。美術館の職員の方が、私が出演した深夜番組を見て興味を持ってくれたようで、展示が決まりました。私の作品、例えば空想地図などはウェブサイトで無料公開しているため、作品を販売することで成り立つギャラリーの個展には向きません。しかし、公立の美術館からお話をいただいたのはありがたいことでしたね。作品を売る必要がないですし。また、一度美術館へ展示すると、「この人は美術館で展示するほど作家活動をしている人」だと認識していただけるので、その後も美術館での展示が続くようになりました。

――実際に自分の作品が美術館へ展示されたときはどのように感じましたか?

一般的に美術館への展示は、芸術大学、美術大学を卒業したり、何かしらの賞を受賞したり、個展を開いたりして、注目を集めた先にある結果だと思っていますし、それを目標にしている方も多いはずです。それもそれで競合が多そうなので飛び込もうとは思ってなかったんですが、ひょんなことから招き入れられ、これまで作っていたものがある種、公的な作品になったことは予想もつかず興味深く感じましたね。

アート作品として認められるきっかけとなった美術展での展示風景


違う種をまく

2013年に出版した初の著書『みんなの空想地図』(白水社)

――今和泉さんの著書『みんなの空想地図』(白水社)には、自身の空想地図を作った経緯やその読み方が書かれており、とてもニッチな内容に感じました。これは趣味を仕事にできた一事例でしょうか?

もともと趣味を仕事にしようとは思ってませんでしたが、それが一番先に来てしまいました。趣味は仕事にならないと思っていたので。本であればもう少し役に立ちそうな本を出してから、役に立ちそうな仕事が固まった後でこういう本が出せればな、くらいに考えていました。

――そもそも本は出したかったんでしょうか?

本人の専門性を裏付ける職歴や学歴、受賞歴、あるいは説得力の有るエピソードや数字があれば、本がなくても仕事が舞い込むような強みになるはずです。私にはそういうものが全くなかった上に、自分から営業や企画ができません。きわめて受け身な性格です。そのような構えのまま仕事をいただけたのは、自分の本を出版できたことの効果が大きかったと思います。

――書籍の出版後、新しい仕事につながりましたか?

2013年の1冊目の本、『みんなの空想地図』を出版する前は自営業の収入は不十分で、基本的には派遣社員の収入がメインでしたが、それ以降仕事が増えてきて自営業がメインになります。しかし、本の出版がきっかけかと思いきや、空想地図の仕事が増えたわけではなく、このときメインになったのはデザインの仕事です。そして徐々にまちづくりや地図、地理に関する仕事が増えていきます。

おそらく本を出したことで、私が個人で仕事をし始めたことが周囲の友人、知人に伝わり、彼らが頼みたかった仕事のうち、私ができるのがデザインだったということだと思います。ただこのときの仕事に特異性はなく、そうすると次に出てくる優秀な若手に負けていく流れも見えます。特異性を出していける分野に寄せていく必要がありました。

そして人間関係が広がってくると、より私の専門に近い地図、地理の仕事も増えてきたのだと思います。次はそれに近い内容で、2019年に2冊目の『「地図感覚」から都市を読み解く』(晶文社)という本を出しましたが、この頃は逆に「空想地図作家」寄りの仕事が増えていた頃でした。

新しい仕事を呼び込むために、毎回少しずつ異なるテーマの書籍を出版してきた。

――「空想地図作家」寄りの仕事とは、何でしょうか?

さきほど紹介した美術館での展示(2017年〜)もそうですが、本を複数冊出したことで著述の仕事が増えました。執筆依頼も「エッセイ」「コラム」が出てきて、最初はよく分からなかったのですが、どうやら見られ方は「作家」っぽくなっているようです。

ここまで言ったような流れは読めませんでした。2冊目の本(地図感覚)はまちづくりに関連する内容でもあるなと思いましたが、本を出版したからといって、それに関連した仕事が増える、ということもありませんでした。

どんな波が来るかは計画もできなければ予想もできない。さらに、何かの仕事の波が来れば、終わることもある。そうなると、次の新しい波を呼ぶ起爆剤として、少しずつ異なるテーマで異なるターゲットに向けて出版する意味は大きいと思うようになりました。毎回少しずつ違う種をまくほうが、新しい波は出てきやすいというわけです。


新しい分野での技術向上

2022年から務めている探求学習の授業風景
(画像引用元: Manami Okuda Wada 「Agency Education in Japan #2: Imaginary Map Workshop」)

――今和泉さんが印象に残っている仕事はありますか?

最近だと、講師として高校1年生向けの探究学習の授業を引き受けたことですね。探求学習とは、自分で問いを立てて、その答えを自分で出していくタイプの学習です。2022年度から務めていますが、 私に依頼が来てびっくりしました。これまで大人向けのゲスト講師などは引き受けてきましたが、高校生に向けて、しかも学期を通した連続の授業なんてやったことありませんでしたから。

――どのような授業構成だったのでしょうか?

全10回の授業で、初回がガイダンス的な内容ですが、その後はそれぞれ3回ずつ、空想地図制作、架空の店舗ロゴを入れたレシート制作、架空の企業のパッケージ制作と進めます。

今まで1回限りの空想地図のワークショップはやってきましたが、参加者は自分で申し込んで来るイベントだったので、能動性も満足度も高かったと思いますが、高校の授業は選択必修、つまり受動的な選択で、第一希望でない人もいます。地図やデザインへの興味がない人は多いのです。そういう人に向けてどのような授業を展開していけばいいのかを考えるのはおもしろかったですね。

――高校での授業で培ったものはありますか?

参加者が能動的で満足してしまうと、私のスキルはアップデートされません。でも、こういう機会があると工夫が必要になります。高校生は正直ですから、講義が退屈だったら眠たくもなります。そのかわりグループワークの満足度は高い。そこで、講義する内容をグループワークに変換する等、工夫することが多く刺激的でした。自分が想定してなかった技能がアップデートされることが、私は好きなんでしょうね。

参加者が楽しめるよう講義内容を工夫。活気のある授業となった。


風の動きを読んで、帆を張る

――今和泉さんが仕事で心がけていることを教えてください。

特にないんですが、なるべく誰もやったことのないような新しい仕事が来るように、幅広く仕事を受けたいとは思っています。得意でない仕事が来ても、一度はそのレールに乗り、できるところまではやる。ずっと同じレールの上を進む必要はなく、いろんなレールに乗ることで希少価値が上がり、新しい波が来る確率が上がる。地図・地理関連の仕事をしていながら、一見関係なさそうな業界やフィールドで仕事をしていると、まだ要件の固まっていない仕事でも「何か頼めるかもしれない」と思ってもらえるはずです。

――さまざまな仕事の積み重ねによって、仕事の幅が広がっているのですね。

そうでしょうね。私の場合は偶発的に来た小さい単発の仕事ばかりですが、そんな仕事は1種類だけでは食べていけません。しかし、それを10種類くらい集めることで1人分は食べていける、というのが現状です。営業はしないし、その10個の仕事も続くとは限らないため、次の10個が生まれることを願いつつです。新種の仕事を受けたいのは私自身の成長のためでもありますが、飽きっぽい私が日々を飽きずに過ごすためでもあります。

――自ら営業をしなくとも、その働き方が仕事を得るための戦略なのかもしれないですね。

私の働き方を例えると、ヨットに近いかなと思っています。たとえば海の上にいるとして、進みたい方向があるとします。ところが燃料もエンジンもない。力のある人は自分で漕いで進んでいるが、自分にはその力がない。どうしたもんか。そうだ、帆を張って風の力で進もう、というわけです。どんな仕事をどう進め、どう公開、共有していくかが、風を強めたり弱めたりするはずです。進みたい方向に進めそうな風を味方につけたい、と思っています。


デザインを学んで得た気づき

趣味で描き続けている架空都市「中村(なごむる)市」の地図

――TDPへ入学した理由を教えてください。

さきほど1冊目の本を出した後、デザインの仕事が増えた話をしましたが、入ったのはその頃で、改めてデザインの知識を身につけたいと感じたからです。大学時代の専攻は地理学や経済学で、就職したのはIT企業だったので、デザインを学んだ経験はありませんでした。ただ、趣味で空想地図を作っていたため、Adobeのソフトは使うことができました。大学時代から友人に頼まれてフライヤーや名刺の制作をしたり、アルバイトや派遣社員でもチラシや誌面製作のオペレーターをしていました。

そのため指示通りのものか、自分のパターンかであれば作れましたが、どうやったら技術が向上するのか、これから何をしていけばいいのか、迷子になってしまいました。そこでデザインの基礎を学ぶために、TDPへ入学することにしました。

――TDPを選んだ理由は何だったのでしょうか?

当時、仕事も増え始めていたため、デザインを学ぶ時間にも限りがありました。そこで週1、2回程度で通える学校を探し、またデザインの基礎を学べるTDPを選びました。

――TDPではどのような学びや気づきがありましたか?

デザインには型があります。優れたデザインにも型はあり、その要素を抽出して新しいデザインを作る。これがデザインを制作する上で大切なことだと学びました。同時に、良い型を自ら見つけて抽出し、次々と新たな型を作れる人が本物のデザイナーであり、私は彼らのようにはなれないとも感じました。それがわかったことが一番の収穫ではないでしょうか。

――自分を客観視したことによる気づきですね。

そうですね。客観視を頼りに生きています(笑)。デザイン業界の一線で戦っていく人もいれば、デザインを活用して自分の仕事に活かす人もいる。デザインを学んだ上で、デザインを本業としない層は意外と厚くて人が多い。私自身もデザインが本業かと聞かれたら「はい」と言いません。ただ、どの仕事でもデザインは付き物で、たとえば徐々にプレゼン資料のデザインが改善されたりもしますが、そう考えると今の仕事に大いに役立っていると実感しています。


学びのつまみ食い

――今後の展望を聞かせてください。

どうでしょうね。なるべく私が考えもしなかった分野の仕事をやっていきたいですが、作家として見られることも多いので、そうであれば仕事とは関係ない、作家としての実績も増やしていったほうが、ひいては仕事が増えるのかもしれません。仕事のために仕事と関係ないことをする、という逆転現象を始めようとしています。

――最後にTDPへの入学を検討している方にコメントをお願いします。

TDPの卒業生はさまざまな現場で活躍しているみたいですね。この学校の特徴は、プレックスプログラムやデザインラボなど、入学すればさまざまな学びを「つまみ食い」できる点にあると思います。

そこではクラスメイト以外との交流も可能です。その空間で新たなコミュニティを形成したり、自分たちだけで何かを制作したりしている。最大の価値はそこにあるのではないでしょうか。

――今和泉さん、本日はありがとうございました。


今回のインタビューでは、趣味を仕事にするための戦略や印象に残っている仕事、デザインを学ぶことで得た気づきについて、今和泉さんに伺いました。

進む先を見据えながら地図に関する多様な仕事に取り組み、戦略的に仕事の幅を広げていく今和泉さん。「地理人」として、自分にあった仕事のあり方を客観的に分析する姿に、今和泉さんの柔軟な思考を感じることができました。今後の今和泉さんの活躍に期待したいですね。

次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。

◇今和泉隆行さんWebサイト
 https://imgmap.chirijin.com/

◇今和泉隆行さんSNS
 Instagram:@chi_ri_jin
 X:@chi_ri_jin


[取材・文]岡部悟志(TDP修了生)
[写真]前田智広