クリエイティブディレクター 佐々木海 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.10-
デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーマガジン「com-plex」。
今回ご紹介するのは、クリエイティブディレクターとして活躍する佐々木海さんです。佐々木さんは水野学さん率いるgood design company入社後、NISHIKIYA KITCHEN(株式会社にしき食品)やCHEESE GARDEN(株式会社庫や)、パナソニック株式会社などのブランディングに携わってきました。今回は、佐々木さんにクリエイティブディレクターという職業やブランディングで大切なことについて、お話を伺いました。
自分に合っている仕事
ーー佐々木さんの仕事について聞かせてください。
クリエイティブディレクター*として、主にプロジェクトを推進し管理していく役割を担っています。依頼を受けてから納品までのすべての工程、たとえばブランディングの構築やクライアントとの打ち合わせ、デザイン制作などをスムーズに進めるための調整を行っています。
ーークリエイティブディレクターに求められることは何ですか?
クライアントの想いを汲み取ること、クライアントの課題を適切に読み解くことが求められています。そこにはさまざまな課題や制約、そして納期があります。スケジュールを守りながら、より良い解決策は何か検討を重ねます。そして、クライアントからの依頼に対して、本当にクライアントのためになる最適な案をご提案させていただきます。
ーー仕事を進行していく上で大切にしているポイントを教えてください。
クライアントとのコミュニケーションはもちろんですが、社内でのコミュニケーションも欠かさないようにしています。水野が考えるイメージを汲み取りながら、デザイナーとも対話を重ね、チーム全体で最適な形を目指していくのが私の役割です。工程を細かく区切り、都度、水野とも話し合いながら進めていきます。良質なアウトプットは、精度の高さが肝なので、仕上げの作業に時間を費やせるよう、社内のスケジュール管理は徹底しています。そして、どうしてこの形に至ったか、途中の検討過程も踏まえてクライアントに提案することを大切にしています。
一方で、クライアントからの希望も、整理してから社内のデザイナーに共有しなければなりません。ヒアリングを徹底し、クライアントが本当に抱えている課題は何なのかをしっかり読み解いて、時には別の方法を提案するなど情報整理をしてから、デザインに着手するようにしています。進行管理において、日々のコミュニケーションは、本当に大事です。
ーークリエイティブディレクターの仕事に難しさを感じることはありますか?
もちろん悩んだり思うようには進まなかったり、課題も山積みなんですが、都度会話を重ねて乗り越えてきたので、それを難しさとは意識していないです。また、ディレクション業務が自分に合っているということも、理由の一つだと思います。自分でデザインするよりも、進行管理やクライアントの意見を汲み取ってまとめるなど、そうしたディレクターとしての立場のほうが性に合っていると思いました。会社も私の適性を考えて、今の役職に置いてくれていると思います。
見たり、考えたり、作ったり
ーー印象に残っている案件を教えてください。
NISHIKIYA KITCHEN(株式会社にしき食品)という、レトルト食品メーカーの案件でしょうか。にしき食品さんから既存のプライベートブランドをリブランディングしたいとのご相談を受けて始まり、現在も続いています。『世界の料理を「カンタン」に。』というコンセプトづくりからブランド名の変更、パッケージデザインや販促、映像制作など、幅広く携わっています。
プロジェクト自体は2020年10月頃から始動して、翌2021年3月にリニューアルオープンというスケジュールだったのですが、レトルト食品のパッケージを新たに100種類以上制作したり、ショッパーなどのツールを新しくしたり、オープニングのビジュアルを考えたり、本当にバタバタでした(笑)。その期間で一気に仕上げたことで、リニューアルオープン当日、NISHIKIYA KITCHENのすべてのビジュアルが一新され、ブランドの印象がまるで変わったのは、とても思い出深いです。
ーー佐々木さんの具体的な役割はどのようなものでしたか?
一つひとつのデザインというよりは、やはり進行管理を担当しました。いくつもの制作物が同時進行しており、日々入稿がある状態だったので、クライアントとのやり取りやデザイナーへの共有など、全体の調整を行っていました。水野が私に判断を委ねてくれる部分も多かったので、幅広い視野を持ってやろうと心がけていました。
ーー判断を委ねられるということは、会社からの信頼があってこそだと思います。佐々木さん自身、その信頼はどのように培われたと思いますか?
難しい質問ですね(笑)。大きな転換期のようなものはなかったと思います。普段からやっていることをコツコツ積み重ねてきた結果ではないでしょうか。時間を重ねる中で経験したこと、たとえばいろいろな店舗を見てまわったり、競合他社の商品を分析したり。そういった経験からどんどんと知識をつけていき、それを別の案件にも活かしていく。見たり、考えたり、作ったりと、数を重ねていくうちに少しずつ培われたのかなと思います。
ーー担当した案件が世に出る瞬間はどのように感じますか?
もちろん完成して嬉しいという気持ちもあります。でもやっぱり、一緒にプロジェクトに取り組むクライアントの皆様に喜んでいただけることが一番嬉しいですね。特にブランディングなどの長期案件だと、メディアへの掲載や売上の増加など、クライアントが商品の反響を経過報告として知らせてくださいます。ブランディングが実を結び、結果が目に見える形で出て、クライアントさんが大喜びしてくださる。その瞬間が、何より嬉しいです。
ーーブランディングにおいて、デザインはどういった位置付けでしょうか?
私たちはブランディングの一環として、デザインを手掛けています。作って終わりというわけではありません。長期で関わっている商品の中には、デザインを変える場合もあれば、デザインはそのままで、商品名だけを変える場合もあります。つまり、より良い結果を出すための手段として、デザインは選択肢のひとつでしかないということです。
企業が目指すビジョンをステートメントという形でまとめたり、打ち合わせの際に経営者の悩みを聞いたり、選択肢はたくさんあります。デザインだけにこだわらず、企業のために何をすべきかを常に考えることに意味があると思いますし、その過程があってこそ、結果もついてくると感じます。
ーーブランディングを行う上で大切にしているポイントを教えてください。
アウトプットの前段階であるインプットも大切にしています。インターネットだけではなく、きちんとソースが記載された書籍を何冊も購入し調べること。それらを読み合わせて、ファクトチェックしていく。そこまでして問題なさそうであれば、その知識をもってロゴ制作や企画書のまとめに入ります。大学の論文を書くような感覚に近いかもしれないですね。
あとは、先ほども触れましたが、制作の依頼が来たら、すぐにデザイナーへバトンタッチするのではなく、時間がかかってもクライアントとの打ち合わせを重ねて、目的をはっきりさせるようにしています。そこの情報整理が曖昧だと、何を伝えたいのかわからないデザインになってしまいます。そうならないためにも、デザイン制作に入る前に、まずは情報整理をこまめに行うよう心掛けています。
ーーキャリアを積み、後輩も多くなってきたと思います。後輩デザイナーへの指導の際、心がけていることはありますか?
入社したばかりの若手デザイナーは、どうしてもデザインを作って終わりという気持ちでいると思います。そうではなく、ブランディングで大切なことや、打ち合わせ、目的の整理の重要性などをきちんと伝えるようにしています。デザインどうこうではなく、世の中の課題をどのように解決するのか、それを考えることの大切さを知ってほしいですね。
ーー佐々木さんがクリエイティブ業界を志したきっかけを聞かせてください。
幼少期からお世話になっていた方が画家だったことがきっかけかもしれません。ずっとそばで絵を描いている姿を見てきたので。とはいえ、当時は自分で絵を描くことは少なく、クリエイティブ業界へ進みたいとは思っていませんでした。
それから高校卒業後に地元の宮城から沖縄の大学へ進学しました。大学では法律を学んでいたのですが、いつからか漠然と自分がやりたいことを考えるようになったんです。いま学んでいることが本当にやりたいことなのかなって。
ーーその頃からクリエイティブ業界に興味を持ち始めたのでしょうか?
ちょうどその頃、世の中にクリエイティブ系の書籍がたくさん出版され、ブランディングやコミュニケーションデザインなど、かなりの数を読み漁りましたね。そのときに水野の書籍も出ていたんです。それ以前は、ポスターなどのビジュアル表現だけがデザインだと思っていました。しかし、デザインには企業の課題を解決する力があり、なんならブランディング一つで町や村に活気を取り戻すこともできる。そうしたデザインの影響力を知り、世の中のためになることを自分もやってみたいと感じるようになりました。そして、たまたまテレビのドキュメンタリー番組で水野のgood design companyの仕事を見たこともあり、この会社に入ることを目標にしました。
ーー目標を設定してから、具体的にどのようなことを行いましたか?
美術大学や専門学校から資料を取り寄せましたね。ただ大学となると4年はかかってしまうので、個人的にはもう少し早く現場に入れるような1、2年で卒業できる専門学校を探しました。さらにグラフィックだけではなくWebのスキルも同時に習得したくて。それらの条件に合うのがTDPでした。
プレックスプログラム(トップクリエイター陣によるワークショップ形式の特別授業)がとても魅力に感じたことも決め手になりましたね。様々なクリエイターの考えに触れることができるし、集まる学生もいろんなバックグラウンドを持つ方が多いと聞き、刺激になりそうだと思いました。あと、送られてきた学校パンフレットが一番丁寧な作りだったことも選んだ理由の一つかもしれないです。
ーー当時、周りの学生はどのような人たちでしたか?
多くが社会人の方でしたね。様々な業界で様々なバックグラウンドを持つ人が集まっていました。それぞれ境遇は違いますが、自分とは異なる環境にいた人たちと関わっていくことで新しい知識や経験を積むことができました。そこで得たものは今の自分のデザインにも活きていると感じています。
ーーTDP在学時、印象に残っているエピソードはありますか?
授業が終わったあと、先生方がよく飲みに連れていってくれたのを覚えています。それくらい先生と生徒の距離が近いので、よく話をしていましたね。また夜に学校で作業をしていると、先生が作品を見に来てくれて、その場でフィードバックをもらったこともありました。実際のデザイン現場の話をしていただいたこともあり、とても恵まれた環境だったと思います。
ーーTDP修了後はそのまま就活を始めたのですか?
授業カリキュラムは1年間で修了したのですが、その後もTDP主催のラボラトリー(フューチャーデザインラボ)への参加やポートフォリオ制作などで、もう1年は学校に通っていましたね。それから就活を始め、good design companyに内定をもらいました。
先を見据える力
ーー今後の展望を聞かせてください。
まずは目の前の仕事を継続していくことに尽力したいです。ブランディングは、一度デザインを変えたとしても、時代の変化と共に、また微修正が必要になってきます。年月が経つと、新たな課題が生まれることもある。good design companyの仕事は数年単位の長期案件ばかりなので、足元を見つつ、5年後、10年後、30年後のことを想像しながら、仕事に携わっていきたいですね。あとは水野から学ぶこともたくさんあるので、そこを学びながら自分の中でも考えを持つこと、先を見据える力を養っていきたいです。
ーー最後にTDPへの入学を検討している方にコメントをお願いします。
学校は技術の習得だけでなく、先生やクラスメイトなど様々な人と出会い、交流する場でもあります。他者との交流をうまく活かした分だけ、しっかりと自分に返ってくるはずです。みなさんも人との出会いや交流を大切にしてみてください。
ーー佐々木さん、本日はありがとうございました。
今回のインタビューでは、クリエイティブディレクターという職業やブランディングで大切なことについて、佐々木さんに伺いました。
クリエイティブディレクターとして、さまざまな案件を担当する佐々木さん。「デザインは選択肢のひとつ」という言葉には、佐々木さんのブランディングに対する想いを感じられました。今後の佐々木さんの活躍に期待したいですね。
次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。
◇good design company
http://gooddesigncompany.com/
◇佐々木海さんSNS
X:@Kai__Sasaki
[取材・文]岡部悟志(TDP修了生)、土屋真子
[写真]前田智広