オリヴィエ・ブランシャールの『21世紀の財政政策 (Fiscal Policy Under Low Interest Rates) 』の第7章「要約と未解決の課題 (Summary and open issues)」の和訳です。
ブランシャールは、ピーターソン国際経済研究所のシニアフェローで、MIT で経済学の名誉教授も務めています。また、2008年から2015年まで IMF のチーフエコノミストを務めました。
ブランシャールの理論を一言でいうと、民間需要が強ければ「純粋財政 (pure public finance)」アプローチを採用して政府債務の削減を目指し、民間需要が弱ければ「機能的財政 (functional finance)」アプローチを採用してマクロ安定化を目指せということです。
過去30年間、先進国は、慢性的な民間需要の低迷に陥っている。つまり、言い換えれば、強い貯蓄が弱い投資を追いかけている状態であった。さらに、安全資産への需要のシフトもあった。
これらの要因が相まって、中立金利 (潜在産出量を維持するために必要な安全金利) は低下し続けた。このような需要の低迷とそれによる中立金利の低迷は、「長期的停滞 (secular stagnation)」と呼ばれている。
中立金利の低下とともに、中立金利は2つの閾値を超えた。まず成長率より小さくなり、次に実効下限制約に度々ぶつかるようになった。このことは、財政政策に2つの大きな影響を及ぼしている。
中立金利が低下するにつれて、特に成長率より低くなると、債務の財政コストは低下した。ここで重要なことは、債務の厚生コストも低下したことである。
中立金利が実効下限金利の最低率に近づくかそれよりも低くなるにつれて、金融政策はその戦略の余地を失い、マクロ安定化のために財政政策を活用する便益が大きくなる。
確証はないが、弱い民間需要と安全資産への高い需要は、今後もしばらく続くだろう。
財政政策に対する2つのアプローチを考えてみよう。1つめは「純粋財政 (pure public finance)」アプローチで、金融政策によって潜在産出量を維持できると仮定し、債務が大きすぎると思われる場合には債務の削減に焦点を当てるというものである。2つめは「機能的財政 (functional finance)」アプローチで、金融政策が使用できないと仮定し、代わりにマクロ安定化に焦点を当てるというものである。
ここで正しい財政政策は、民間需要の強さによって相対的な重みづけを変えながら、この2つを融合したものである。民間需要が強ければ、財政政策はほとんど純粋な財政的原則に従うことができる。一方で、民間需要が弱ければ、機能的財政原則とマクロ安定化に重きを置くべきだろう。
正しい政策についてのこの考え方の簡単な示唆は、財政政策を活用することで中立金利が少なくとも合理的な利幅で実効下限制約を上回るようにし、金融政策が産出量を維持する十分な余地を確保する。
今のところ、先進国には、債務の持続可能性に対する深刻なリスクはない。しかし、こうしたリスクが生じる可能性はある。一方、民間需要が非常に強くなり、中立金利が大幅に上昇すれば、債務返済は増加するが、強い民間需要と金融政策の余地の拡大により、産出量に悪影響を与えることなく財政再建も可能である。一方、民間需要がさらに弱まれば、潜在産出量を維持するために、政府は大きな赤字を出し、低金利にもかかわらず債務比率は上昇し続けるかもしれない。そうなると、深刻な世俗的停滞に対処する別の方法を考えなければならない。