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「短編」 ぷあー、青の島


 ぷあー、風呂上がりのビールはうまい、もう少し生きてみようかな
 ビールのコマーシャルみたいな、思春期の若い男女に受けるフレーズをいってみました

         *

1

 創作の第一条件は自由である

 愚風さんの飼っている犬はとても人なつっこく、最近小説を書き始めていて、教えを受けているMが訪れたときは、すぐさまMに気づいてそばに寄ってくるのだった
 じゃれあって、ふと見つめあった目はまるで人の心がわかっているようだ

 そこで
Mは愚風さんに聞いてみた
「もし犬が文字を読めたら、文学のセンスがわかりますか」
「わからない」

「いくら動物だといえ、人と同じ感情があるはずです、文字が読めるのにどうしてわからないと言えるのですか」
「それは因果応報によって、犬になっているからだ」


 また近所に住んでいて付き合いがあり、愚風さんの小説ファンでもあった人がたびたび家の前を通り過ぎるときに、犬を見かけることがあった
 そこで、かわいがって餌でも与えようとしてもプイと横を向き、どこかへ行った
 あるとき、そんな犬を横目で見て愚風さんに尋ねたことがあった

「犬に文字が読めたら、文学の意味がわかりますか」
「わかる」

「犬が文字も読めたとしても、しょせん人が作った言葉なのに、どうしてわかるんですか」
「それはわかってて、因果応報によって犬になっているだけだ」


2

 作家の妻はいまも昔も大変、売れてからも大変で、売れるまでがもっと大変

 ぼくのおばあちゃんのダンナさんは放送作家で売れてて人気があっても、おばあちゃんにはとても不満足だった
 下積み時代の同期の友達が作家になり、直木賞を取って華々しく活躍していたからだ、とても差をつけられている感じだった

 この間も、街角でその奥さんたちとバッタリ

「あら、青の島さん、お元気、うちの宅、おかげさまで『青春の者』がベストセラーになっちゃって映画化されましたのよ、気休めに何気なく書いたものが読者に受けたそうで、何がいいのかわかりませんわ、ところでダンナさま、お元気でまだ放送作家をやってらっしゃるとか、マイペースでうらやましい」

 まあ、ボチボチ

「あーら、野坂の奥様」
「あーら、五木の奥様、お久しぶり、うちの人、小説が50万部しか売れなかったけど、仕方なくて軽井沢で休暇を楽しんで来ましたのよ、あら青の島さん、最近ダンナさん、どうなさってるの」

「それが野坂の奥様、元気に放送作家でコント作家、日本第2位でがんばっていらっしゃるそうよ」
「まあ、すばらしいわ」


 あっどうも、
嫌味ったら、ありゃしない
家に帰っても、おばあちゃんはなんだか不機嫌そう
 となりでのんびり酒を飲んでるダンナさんも、変なとばっちり受けるしまつ

「あなたも小説書いて、直木賞ぐらい取りなさいよ」
「ぐらい!」

「がんばって小説書いて見なさいよ」
「青の島だあ!」

「バカなこと言って、いつまでも意地悪ばあさん、やってる場合じゃありませんよ」
「弱ったな」

「弱ったじゃありませんよ、まったく」

 それから数ヶ月後、おばあちゃんにけしかけられ一生懸命がんばって小説を書きあげた、その小説『塞翁が牛』は直木賞を取り、大ベストセラーにもなった
 当然映画化もテレビ化もとり出されて、おばあちゃんはどうしようかな、とホホに指を添えてうれしそうでしたと、ぼくのお母さんは言っていました

 だから街で、また二人の奥さんに出会ったときはとてもご機嫌そうだった

「あーら五木の奥様、あーら野坂の奥様、ごきげんいかが、うちの主人、今度小説を書きましたのよ、それがどういうわけがベストセラーにもなっちゃいまして、どうしようもないわ、お仕事大変なのに身体こわすから控えていてね、と言いましたのに、大丈夫だよなんて、ひまを見つけて片手間にさりげなく書いたものが直木賞をもらっちゃって、ほんとわかりませんことよ、あらら、ひとりで勝手におしゃべりしっちゃって、では急ぎますのでごめんあそばせ」

「どちらへ」

「ええ、ちょっとパリまでお散歩に」
「パッ、パリ」


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