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「短編」 ちぎれ雲


” 時は金なり、とはフランクリンの言葉。
即物的で金儲けに忙しいアメリカ人に支持され、薄利多売の芸能スポーツ文化に興味がある経済人にも受けいれられて、時間の大切さも知りながら、時間に追われる日々は果たして自然な生き方かな、と疑問に感じつつも、いつもながら世の中ってこんなもんさと現状肯定の大人の作法。

でも、虐げられた人間社会の解放をめざすものがあるように、内面的世界でも、人間の解放をめざすような一面もあるクリエイティブな文学芸術の分野では、悠長なことも言っていられない。

むかし
天にいる神様がわれわれを見守ってくれるように、地球のまわりを太陽が回っていたと思ったら、コペルニクスやニュートンのおかげで、地球の方が回っていることがわかり、宇宙が限りなく広がって、天には神様もいない誰もいない、単に漂っている地球のように孤独な自我があらわれ、デカルトやシェイクスピアが登場した。

それからつい最近まで
時間のまわりを光が回っていると思ったら、アインシュタインのおかげで、時間の方が「光、約30万km/秒 のまわりを回っていた」ことがわかり、なんのこっちゃと、いままでの美しい自我とか起承転結の意味もなく、遠近法、#さん♭さんはどうするのと言われても、大いなる豊かな自然の新しい思考が生まれ、
ハイデッガーならびに、プルーストやピカソ、シェーンベルグさんたちもあらわれて来ましたとさ。

りんごはまっすぐ落ちていない。
四次元空間ばかりでなく、五次元、六次元以上もあるらしい 。“

        ☘️

1. 人気ベストセラー作家S.のため息

 世界の料理コンクールで一番になった男が、テレビ番組で吠えていた
なんでも料理をめざして、ついにコンクールで日本一になり、当時はもてはやされ店を持ち、お客さんも多かったそうだ
でもしばらくすると、いつしかお客さんが来なくなった
そこで男はたぶん日本一ではダメだと思い、世界をめざし、じっさい苦労の末に、「味にうるさい専門家の居並ぶ前で」、コンクールの世界一になったノダ

男はどうしてここまでなったかを、誇り高く自慢げに話していた
テレビの前で熱く語っていた
パリのレストランで修業を始めた頃、寝食忘れて没頭して、トイレの便器さえ綺麗に磨き上げ、そこで料理できるほどの心がまえで料理にのぞんだことを語っていた
ついに苦労の果てに、晴れてコンクールで世界一の称号を手に入れた男はスポンサーもつき、やっと東京の一等地でセレブ相手の高級なレストランを開業した
「いま」一週間たちましたけど、おかげさまで店も繁盛していると語った

S.はふと昨日の夕方のテレビニュースで、下町でとても評判のパン屋を紹介していたことを思い出していた
とくにカレーパンが人気で、いつも行列ができて繁盛し、下町のおばちゃんおじちゃんや子どもたちに人気があった
若い店主は、ボクはパンが大好きなんですよ、もっと美味しいパンをつくって、みんなから喜んでもらえることがイチバンうれしいですね
赤いほっぺたの丸い顔をさらに丸くして、ワハハと笑っていた


2.
 S.はテレビを消して、椅子に深ぶかとお尻を埋めていたら、同じころ作家デビューした友人の顔が浮かんできた

オレはエリート大学を出て芥川賞も取った、なのにあいつは高校卒で有名人でもなく、とりわけ有名な文学賞を取ったわけでもなく、ましてやオレの方がハンサムなのに(と思っている)、でもなぜか、あいつの本が売れて、オレから見てもすばらしい内容だった
なぜだろう

オレは何か思いちがいをしていたのかな
たしかに賞を取ったころは順調にいっていた
わき目もふらず邁進して一生懸命やったおかげだった
うまく思い通りに事は運んでいた
メディア向けにパフォーマンスもやったし
本も生活に困らない程度に、
いや人並み以上に売れている
なのにこの虚しさはなんだろう
ベストセラーを連発しても、これといって満足する代表作が思い浮かんでこないことが悩ませていたのか
じぶんでもわからなかった

ふと顔を上げて、なにげなく
窓の中から空を見上げていたら、離ればなれになっているいくらかのちぎれ雲が空一面に広がっていた

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