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短編コント  松竹隆明さん、お買い物


 なるほど失業してみて、
初めてわかった石川啄木の気持ち
仕事してサラリーもらえる人が皆、えらく見える日よ
失業して本格的に文芸評論をやっていても、
その日暮らしの日銭を稼ぐしかない、しがない生活の松竹まつたけ隆明

 そんな石川啄木の明日の考察
ココア飲んで感傷にしたっている場合じゃなかった
明日の考察なんてえらそうに気どって言わなくたって、
むずかしい本を読まなくても、
いまの周囲とか社会状況見ればおのずと身体が動いちゃう
大学に行きたいなら、
勉強とか授業料の工面をどうするとか
いまとりあえずお金がなければ、バイトするとか

 高村光太郎の道程なんて詩があったけど、
ぼくの前に道はない、
ぼくの前に道を作ろうとか、つまづいたら痛いだろう、
だったかな
目をつぶって歩いたら危ないよ、
まわりの周囲をよく見るだけでも自分の生き方がおのずと見えて、
世の中や社会がわかるってもの
童貞を卒業しよう

「私の未来は処女であり、すべてが許されている」、とサルトルも『存在と無』の中で言っている

 父親がどんな仕事か知っているだけでも初めは充分で、
じっさい天皇の名前さえ、知らない人がいる
明治天皇の名前はなんだっけ、
あれっいまの天皇の本名はなんて言うんだっけ、
それに天皇の姓は田中だったけ、藤原かな
笑っているけど、日本とか政治をえらそうに語る前に基本をおさえてね

 それに
一度挫折したらすぐメソメソしやがって、
自分ひとりの世界に閉じこもって社会や政治をバカにして、
カッコよく世の中を超越していこうとする
ほんと、
それに何かといえば、欧米か
日本人なら、かかってこいやあ、だろ

げんき元気げんきなこどもは股間がさわでぃーかっぷ


隆明りゅうめいさん、なにをブツブツ言っているんですか」

 ひょっこり目の前に現れたのは丘沢おかざわルーキー新一
新進気鋭の評論家で、
以前から松竹が目をかけていた青年だった

「おう、新ちゃん、久しぶり」
「お久しぶりです、何かお買い物ですか」

「そうなんだよ、奥さんに頼まれてちょっとそこの市場までね、買い物かごぶらさげ、お買い物ってわけさ」
「フフフ、よく似合ってますね」

「そうかね、いま失業しているから、家内には頭があがらないんだよ、ところでキミの新著『東京アースダイバー』、なかなか売れいき好調じゃない。
 以前から “ 桜の下には死体が埋まっている ”とか、“ アスファルトを剥げ、そこは砂漠だ ”、なんて時代によってスローガンは違うけど、今度は東京の地下には何が埋まっているのかな、ベストセラーを売る金脈かもね」

「そんなこと言っちゃイヤイヤ」
 新一くん、なぜかワイシャツの胸あたりを両手でつまんで、イヤイヤしている

「だからキミ、そのギャグやめたまえと言うんだよ、昔の人はわかって多少おもしろいけど、若い人が見たら何が面白いのかまったくわからないよ」
 と言っても新一くん、ワイシャツの胸あたりをつまんで、イヤイヤやっている

「そんなことやってたらテレビで、家出した奥さんに向かって、帰って来てくれ、子供がさびしがっているんだよ、なんて呼びかける破目になっちゃう。
 ところで、それはそうと何かあったの、ボクに用事みたいだけど」

「ええ、隆明さんの娘さん、ミカンちゃんが小説家になりたいそうで、この前書いたモノ見たんですけど、なかなか微笑ましくていい文章でした」

「マンガばっかり読んでないで、勉強していいOLにでもなってほしんだけどね」
「きっと隆明さんの血筋を受け継いでいるんですよ」

「まったく小説家っていうか、売文業やってる奴はろくなのいないからな、オレを含めてね、まわりの連中を見ればわかるだろう」
「えー、ボクも含めてですか、そんなバナナなんて」


 こんなオチでいいでしょうか
それから、
「なに、あのヤロウが生意気にもそんなことを言っていたのか」

 声を荒らげコブシも上げて
最近の文芸思潮を語りあいながら、買い物かごぶらさげて、二人は連れだって市場へと歩いていきました



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