長編『君の住む町で』 Ⅲ-7 赤い花が一輪、室の外の庭に
( ふと知り合った少年さとしと女子プロレスラーの姉と私は、郊外のプロレス会場で事件に巻きこまれて大混乱。たばこ廃絶を願う、禁酒法ならぬ禁煙法間近のこの町で、挑戦するかのように、たばこの煙みたいな煙幕がリング上に放りこまれ戸惑うばかり )
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赤い花が一輪、室の外の庭に咲いていた。他の花とちがって赤く鮮やかに咲いて、何の花だろう、まるで昔読んだ小説のなかの赤い花みたい。たしかうろ覚えで刑務所かなにかの場所だった、男が送りこまれた室の外にぽつんとそんな赤い花、じぶん自身の世界と外の世界を対象化して、同じ小説でも『最後の一葉』とはちがって、イデオロギー的な深い趣きのそんなロシアの小説だった。
それから私はただぼおっと室のなかに目を向けてみた、さきほどのみんなのいた廊下からいうがままにここの室内に連れてこられて、いったいいつまでここに閉じこめておくつもりなんだ、いい加減温厚な私もいらだってきた。
少しは進展しているのか、前と違って近くで特殊部隊の指揮官と市長の会話がおぼろげに聞こえてきた、市長もいつのまにかこちらの室内にいて、なにか意味があるのだろうか大丈夫ですよと指揮官。まあな、こんなものだなと市長は答えている、なにがこんなものだな、だ。
いい加減にしてもらいたい、たかがたばこを持っていただけでこんな特別室にまで連れてこられて放りっぱなし。ここは学校の教室ぐらいの大きさで会議室に使っていたものか人が五十人ばかり、他の室にもだれかいるんだろうか、大げさな対応アバウトな処置。
いくら応急処置とはいえ、室のなかは特殊部隊の男がふたりが私たちを見張り、その横に指揮官と市長が余裕ありげな会話。そんなにリラックスしているなら早く私たちを解放してくれ、「そんなのいやだね、でもなにもなかったら家に帰してあげる」といいたげな顔して、そんな目で指揮官は市長と会話しながら、閉じこめられた私たちをちらほら。
どんな偉い人でも刑務所に入れられたら、ひとりの惨めで情けない人間だ。
昔、古代中国の権力ある男が政権闘争で刑務所に入れられた、刑務所のなかで刑務官からいろいろ指図されどおしで、こき使われ怒鳴られた。
いままで権力の中枢にいたときはこんな奴は役人とはいえないほどのこわっぱだったのにここに来てみるとまるで一国の権力者以上だ、こんなに力をもっていたとは知らなかった、こんなにも権力も持っているとはわからなかった、後日、晴れて刑務所から出られたとき、いろんな感慨が生まれたそうだ。
見えない権力、見える権力、身近にある権力、遠くにある権力、権力ってそもそもいったい何者だろう、ここは刑務所じゃないからいい、もっとも刑務所に入ったことがないからよくわからない。
聞くところによると裸にされ検査され、お尻の穴まで検査されるそうだ、なにか余分なものを持っていないか危険なものをもっていないか、危険なものといったって剃刀をいれるわけない、お尻の穴のなかに入れたら痛いよ、どんな風に入れるのよ、教えてもらいたい。あるいは刑務所のなかであっても、便利なお金を入れておくとか、いったいどれぐらいお尻の穴に入れたらいいんでしょう、浣腸しちゃうから、そんな場合ではなかった。
深刻です、女性もそうされるとか、後で無罪になったアイドル女性があたしも穴を検査されましたとテレビで告白していた、いったいどういう告白だ、しかしそうかと私は感慨深げだった。
もし捕まって刑務所に入れられ、お尻の穴を検査されたらいやだ、おかまなら気持ちがいいという問題ではない、おかまでもいやだという人がいる、またそんなこといえば人権問題に取りあげられ、私が知識人だったらすぐにやり玉にあげられるだろう。玉ちがいですなら、またまた顰蹙を買うだろう、たまたま言っただけですよなら、もう相手にされない、解雇されてしまう。
こんなふうにいまいる事故事件の対応は進展不明、どこまで行っているのだろう、犯人はもう捕まっているのか、見ている範囲ではそんな感じでもないし、たしかテレビ局もやって来たらしい、外ではあきらかに知られている様子。
内にいるからわからない、検査されるとき館内にいる人はみんな携帯を取りあげられ、本当に情報がないと無力だ、無力にするのが目的か、空間にいる場所ではなにもわからない、わかってもどういうものなのか。銀行強盗の人質ほどでもない私たちをどんな風に、いい加減にしないと怒るぞ、でも厳しい管理対応をあまりしていないのでいうほどでもない状態。
指揮官が私たちをこんな状態で閉じこめ、ていねいな平気さで私たちに協力してください、皆さんの協力が必要なんですと厚顔ともいえない態度をしていた。だからどうなんだ早くしてくれ、でもそれはお断りしますって顔、それで少しばかり大人の私は声をかけるのを控えていたのだった。私はふたりが心配になったので、近くにいる警護の男に聞いた。
「そんなのわかんない」
「わからないとはなんだ、私たちは単なる被害者なんだ。一方的にこんなところに引っぱりこまれて、なんにもなかったらどうやって責任を取るんだ」
すると向こうから騒ぎを聞きつけた指揮官がやってきた、静かで物腰の柔らかい声。
「しばらくお待ちください。もう少ししたらどうにか改善されますから、結果がわかりましたら安心してここから出ていけます、それまで辛抱なさってください」
「なんで辛抱するんだ、なんのためにここにいるんだ、少しぐらいわけを教えてもらいたい、納得したら我慢してやる。意味もなくこんなことして、後で警察に訴えてやる。雰囲気的にだめみたいなので、テレビ局や新聞社に持ちこんでやる」
もっともテレビ局も新聞社も調子いいからあまりあてにならない、最終的にはテレビ新聞はいつもいつのときも強い方の味方で、会社や組織あるものは結局潰されないように妥協するんだと、意味もなくおもわず心のなかでつぶやいた。まあどうしようもないか、情けない、私はあきらめきって意気消沈していた。