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「短編」 歩く死体の恐怖 きゃーあ

「これはボクの先輩から、聞いた話なんですよ」
 あるテレビ番組の中で、お笑いタレントがそんなふうに話を切り出した。

 ある雪山で、撮影クルーが遭難してしまったんです。突然の猛吹雪に見舞われ、その中の二人は他の撮影隊からはぐれ、雪の中でもがいていたのです。どうにかこうにか、避難所の小さな小屋までたどり着くことができました。
 しかしどこか体を痛めていたのだろうか、疲労と空腹もあってか、一人があえなく亡くなってしまった。もうひとりの男は泣く泣く、死体をどうにかしなければならなかった。

 男は思ったそうです。いま外は猛吹雪、死体を外に埋葬していいのかもわからない。そこでいったん、吹雪が止むまで、この小屋で一泊しようと考えた。他のメンバーとも連絡が取れた男は、とりあえず死体を、ていねいに部屋の隅の方に置いておいた。それから、いろいろ明日の段取りを考えよう、と思った。
 でも男も疲れていたのか、横になるとつい眠りこんでしまった。気がつくと、朝になり陽もあがって、部屋の中にもコモレビがあふれていた。

 ふっと、横を見た。死体が眠るように横たわっていた。あれ、おかしいな、たしかにキチンと部屋の隅っこに置いていたはずなのに、オレの思いちがいだったのかな。まあ、いいや。とにかく、今日でここはお別れだ。
 そう思って、男は気にも止めなかった。けれども、男は体も止まってしまった。連絡が取れたものの、外は油断できない悪天候。用心して、また一泊、ここに滞在するはめになった。

 しようがないな、と思いながら、その夜も小屋で過ごすことになった。今度は、ちゃんと死体を隅の方へ置いてっと、声を出し、確認もして、明日は山から降りられる期待をこめて、男は安心して眠りについたのだった。
 朝になった。小屋の中に陽射しが入ってくる。おう、今日はいい天気のようだ。無事に山を降りられるかもしれない。男は期待に胸がはずんだ。

 男は、おもわずハッとした、横に死体がいたのだ。気持ちよさそうに男のそばで眠りこんでいた。
 そんなはずはない、オレはちゃんと確認して、声も出して、ここに置きました、たしかにね。そう思っていた。これはは変だぞ。ぜったいに何か変。男は山を降りることよりも、いつしかこの歩いてくる死体の方に興味が移っていった。

 男はもう一泊、安全のためとかなんとかいって、連絡係から、おい大丈夫か、そんなことしていいのかという声を振り切って、小屋に泊まることになった。だって、気になって眠れないんだもん。男は自問しながら、ゆっくり準備して気持ちよく眠りに入った。
 今度こそ、オレのそばに忍びこんでくる、歩く死体の謎を突き止めてやる。幸い、オレたちは撮影のために、ここに来ている。それを確かめるビデオ機材も満載で、オッケーさ。そうやって、男は明日の朝を楽しみに眠りについた。

 
(ところでこの話を聞きながら、ふと思った。たしか疲労こんぱいで、空腹でもあった。そういっていたはずなんだけど、別にそんな感じもしない、元気な男の描写だ。
 まあ、いいか。そんな小むずかしい実証はいいっこなし。テレビの前も、この文章を読んでいる人も、そんなこと考えている人はまずいないだろう。まじめにボクの文章も、読んでくれているわけがない。ただひとり美しい女性が、わたくし、読んでますわ、という声を期待しながら話を進めていこう)

 
 えっと、話はどこまでだったっけ。そうそう、男は明日の朝を期待して眠りについたのだった。
 朝になった。
 さっと、横を振り向いた。いた! やっぱり、いた。死体はそばにいた。もうそろそろコウチャクもし、腐乱しててもいいのではないかという不安をよそに、いじらしいまでにオレのそばに寄り添う死体に愛着を持つのだった。
 男は、すばやくビデオ機材に向かった。複雑な気持ちを胸に、ビデオを巻き戻した。男は期待をもって画面を見て、あっ、と叫んだ。

 死体が歩いている。でも、死体はひとりでやって来なかった。二人でやって来た。オレと死体が、肩を組んでやって来たのだ。オレが死体をかついで、オレのそばに死体をちゃんと並べて、仲よく眠っていた。
 じつは、オレは眠っているあいだにひとり起きだして歩きまわり、ちゃんと行動しているにもかかわらず、目が覚めるとその事が思い出せないという、夢遊病者だったのだ。




























 

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