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「短編」 天はみずから助けないかもね (侏儒ものがたり)

1.

 天はみずから助くる者を助く

 なるほどいい事いうな、むかしの人は、
と格言集の中からひとつひとつひろい読みしていた、菊珍さん
後輩の説法のためにも日頃から言葉を溜めていた

 でもこの言葉は当たっているようでそうでもない
同じ努力をしても個人差あるし、
男と女の受けとめるかたのも少し違うような
じっさい女性にはシンデレラみたいに突然王子が現われても、
男には青春の野望とかで、
「赤と黒」のジュリアン・ソレルやハードボイルドタッチの「野獣死すべし」の主人公みたいにのし上がっていくしかない

 じゃっかん女性には天頼みが強いといったら怒られそうで、
あんなに占いに集まるのが男の菊珍にはわからなかった

 どうも60パーセント当たっただけでよく当たる、よく当たるといっているらしく、
ソンナモン誰だって当たるわ
目ざとい占い師なら、
面と向かって話したらそこはかとなく相手が知れて、
心配症とかおおらかでしょうの気持ちは両面を誰でもあわせ持って、
事柄も菊珍は、
何月何日にどこで何が具体的に予言して当たらなければ信用しない男の代表だった
100パーセント当たらなければ信用しないぞ

 もしかしてこれは物ごとを否定的に捉えがちな男の習性かもしれないと菊珍は感じて、
リアルと言えば言えるかな

 ほんと
同じ言葉でも男では
「最近、調子乗ってんじゃないのかな、カッコいいからって少しばかり女性にチヤホヤされて」
「そうじゃないすよ」

 でも女性の場合はいくらか変わっていて
「最近、調子乗ってんじゃないの、少しばかり可愛いいと思って」

 こう言われた女性は、えっうふふふ、
都合のいいところだけ取って逆に、この人まんざら悪い人ではないわ、
と悪い気はしないという、
ポジティブな恵まれた徳性を、お持ちの女性が多いらしい
それにほめられたら否定しないという面も合わせ持っていた

 うそ、信じられない、と改めて男女の違いにしみじみする菊珍だった
でもそんなことないさ、同じ人間だもの、同じさ
最近のフェミニズム問題にも気にもして、文化人としての言葉にもちゃんと心がけていた


2.

 そんな様子を部屋の奥から黙って見ていた夏目和尚

“ うーん、相変わらずだな、本は読まないことにこしたことはないけど、一部分だけ取って判断しちゃだめで、昨今の政治や芸能記事でもありがち問題、何ごとも周囲の文面とか環境も必要みたいなのに ”

 ひとりブツブツ言って本を読んでいた菊珍のそばに行って、久しぶりに声をかけて、少しばかり談議などしていた

「でも和尚、占っていい方に出たら悪い気はしないですよね」

 さっきの100パーセント当たらないと信用しないぞから、急に弱気になった菊珍だった
じつは最近新しいお経を読んでいるのに少しも進歩せず、読む言葉もつっかえてばかり、これから勉強しても自信がなかったので多少弱気になっていた

 じゃわかった、と和尚
「サイフから500円玉をだしてワタシが占ってみよう、表が出たら吉で、裏だったらそのお経の勉強は運がないと諦めるんだな」

 そう言って、親指でコインをピーンとはねて片方の手の甲に出た答え、
運がいいことに表だった

 ほう、これは縁起がいい

 喜んだ菊珍、ラッキー、いいことがある証拠だ、がんばれば成し遂げられるかもしれない
それから気をよくした菊珍は暇があれば、
難関なお経に取り組み、ついにはよどみなく読めて暗誦するほどにもなった、読みも深くなった

 そんな菊珍の修行ぶりを見て、和尚は思いだし、
含み笑いしながらサイフからあの500円玉を取りだして、
もう一度親指でピーンとはねて占ってみた

 今度も運がよかった、表だった
なにげなくそのコインを裏返したら、なぜかこれも表だった
人がそのコインをよく見てみれば、2枚合わせているのがわかっただろう

 天から運をもらうより、なんと菊珍は自分から運をたぐり寄せていたのだった

 おもえば、
じっさい思想家や芸術家にも、偶然に天から霊感はおりてこない
求めないところには霊感はおりてこなかった







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