エヴァ庵野秀明監督の葛藤の告白から改めて考える、ネットの誹謗中傷の怖さ
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が3月8日に公開されてから、3週連続で1位をつづけて獲得し、公開21日で興行収入60億円超えするなど、大きな話題になっています。
1995年から1996年にかけてアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が放映されてから、25年をかけてのシリーズ完結ということで注目度も高く、映画公開後も、様々な関連ニュースが話題になってきました。
その中でも、エヴァンゲリオンファンの間で最も話題になったのが、先週22日にNHKで放送されたドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀(以下「プロフェッショナル」の「庵野秀明スペシャル」でしょう。
「エヴァ」関連のツイート数は、当然3月8日の公開日にピークをつけていますが。
「庵野監督」関連のツイート数は、3月22日の「プロフェッショナル」放送回にピークをつけているのが非常に印象的。
4年間という「プロフェッショナル」の歴史のなかでも最長の密着取材を通じ、これまで長期取材が許されてこなかった庵野監督の制作現場を映し出した貴重な番組でした。
ネット中傷に傷ついた過去
特に個人的に「プロフェッショナル」を視聴していてショックだったのが、庵野監督が1996年のテレビアニメ放映後に、ネット上の書き込みを見たことをきっかけにアニメ制作への熱意を失い、自殺を考えたというくだりです。
自分としては世の中とかアニメを好きな人のために頑張ってたつもりなんですけど、庵野秀明をどうやって殺すかを話し合うようなスレッドがあって。どうやったら一番うまく僕を殺せるかっていうのがずっと書いてある。こうやって殺したらいい、こうやって殺したらいいって。それを見た時にもうどうでもよくなって。アニメを作るとか、そういうのはもういいやって。
庵野監督は、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」を公開した後の12年12月に「鬱状態」になったことを告白されていたことがあります。
この当時の経緯については、庵野監督の妻であり漫画家の安野モヨコさんの「おおきなカブ」でも描かれており、なんとなく知ってはいたのですが。
今回「プロフェッショナル」において、庵野監督本人の口から明確に具体的に死ぬ方法まで考えた、という話が淡々と語られるのは、本当にショッキングな場面でした。
幸い、庵野監督は2度の危機を乗り越え、25年の時を経て、エヴァンゲリオンの完結にまで辿り着くことができたわけですが。
万一のケースが起こってしまった場合、私たちがこの「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を見られなかった可能性もあったことになります。
改めてネットの誹謗中傷が、いかに人を深く傷つけ、追い込むか、ということを痛感させられるシーンでした。
今でも繰り返される誹謗中傷
1996年頃のネットの「スレッド」というと、匿名掲示板の2ちゃんねる(今の5ちゃんねる)を想像する方も多いかもしれませんが、2ちゃんねるはサービス開設が1999年です。
おそらくは、それ以前のBBSとよばれていたような電子掲示板の1つが舞台だったのでしょう。
庵野監督が、ネット黎明期のころから、視聴者の作品に対する反応をネット上で積極的に検索していたからこそ、こうした反応も目にしてしまったことが想像できる逸話です。
そして、改めてショックなのは、それから25年もの時が経っているのに、現在も同じような誹謗中傷が、ネット上で繰り返されてしまっているという現実です。
ネットの誹謗中傷と聞いて多くの方の記憶に新しいのは、昨年の木村花さんの悲劇ではないかと思います。
22日には、木村花さんの母親が花さんの死後もツイッターで中傷していた男性を訴えた裁判が始まりましたが、被告の男性側は出廷もせず、謝罪の意思も見せていないようです。
上記の記事にもあるように、ネットの誹謗中傷問題の根が深いのは、誹謗中傷をされた側の傷の深さに対して、誹謗中傷をしている側の罪の意識が浅いケースが多い点です。
多くの人はテレビを見ながら芸能人に対して悪態をつくような感覚で、ネット上に誹謗中傷の投稿をしており、相手がそれを見て傷つくことがあるということを想像できていないケースが多いようです。
ただ、今回の「プロフェッショナル」での庵野監督の告白でも分かるように、書き込んだ当人達にとっては、その瞬間のストレスのはけ口としての発言であっても、ネット上に書き込んだ言葉は残り、相手を傷つけ続ける結果となります。
シン・エヴァの成功で残される宿題
特にゾッとするのは、2017年に庵野監督が「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」後に自殺も考えたという告白のニュースの記事に対してすら、心ない言葉をかけているスレッドが匿名のネット掲示板に散見される点。
普段はあまり自分のことを語らない庵野監督が、あえて「プロフェッショナル」に対して自らの過去の自殺の葛藤について語ったのも、おそらくはそういった現在の変わらないネットの誹謗中傷への警鐘をならしたいという意図があったのではないかと感じてしまいます。
ネットの誹謗中傷については、法規制も検討されているようですが、表現の自由とのバランスを考えると、この問題の解消が一朝一夕には難しいのは明らかです。
ただ、だからといって誹謗中傷を見て見ぬ振りをして放置していると、エヴァンゲリオンのような素晴らしいシリーズ作品や、木村花さんのような若い才能の芽を摘んでしまう怖さがあることも明らかになりました。
今、この瞬間も、誰かの心ない投稿が、新しい才能の持ち主を追い込んでしまっているかもしれないと考えると、私たち1人1人も逃げずにこの問題と向き合う必要があると改めて感じます。
「エヴァンゲリオン」シリーズは、主人公碇シンジを中心とした登場人物の葛藤や苦悩をとおして、私たちに多くの示唆や感動をもたらしてくれました。
エヴァンゲリオンは「シン・エヴァンゲリオン劇場版」で25年の時を経て、無事完結を迎えました。
興行収入が、シリーズ最高収入になるのは間違いありませんし、庵野監督にとっての葛藤に満ちたエヴァとの旅路はここで一段落を迎えることになります。
ただ、シン・エヴァが大ヒットを記録しようとしているからこそ、「ネット上の誹謗中傷により、エヴァは途中で終わってしまっていたかもしれない」という監督の告白と問題提起を、私たちは未来に向けた宿題として重く受け取らないといけないのかもしれません。
この記事は、2021年3月28日Yahooニュース個人寄稿記事の全文転載です。
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