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岩渕真奈選手が火を灯した #arigato2020 の拡がりから考える、これからの五輪のあるべき姿

東京五輪が閉幕し、もう3日がたとうとしています。
今回の東京五輪では、コロナ禍での開催と言うこともあり、本当に様々な問題が噴出し、過去にも類をみないネガティブなニュースが毎日の様に報じられた五輪でした。

ただ、そんな閉会式の日に、SNS上で日本代表選手達から、ちょっとしたポジティブなつながりが生まれていたのを皆さんはご存じでしょうか?

それは #arigato2020 というハッシュタグがつけられたSNSへの感謝投稿。
選手達から、ボランティアスタッフや、海外の選手達、そして応援してくれた人たちへの感謝の投稿が次々に投稿されているのです。


岩渕選手が発案者となってはじまった感謝投稿

筆者も初めてこのハッシュタグを見つけたときに驚いて、てっきりスタッフや関係者が主導してハッシュタグを設定し、選手達に写真を渡しているのかと思い込んでいたのですが。

実は、この投稿の発案者となったのは、サッカー女子日本代表の10番、岩渕真奈選手だったそうです。

実際にツイッターの投稿のタイムスタンプを見ると、最初にサッカー日本代表と、JFAなでしこサッカーのアカウントが17時に最初の投稿を行っており、それまでは #arigato2020 は誰も使っていないハッシュタグでした。

そして、この投稿を起点として、日本代表選手達がツイッターやインスタグラムなどに、次々に感謝の思いを投稿していったのです。

観客に感謝が伝えられなかった東京五輪

今回の東京五輪は無観客での開催となった結果、選手達はサポートしてくれた人たちや応援してくれた人たちへの思いを伝えられる機会が、メディアのインタビューを通してしかありませんでした。

当然、テレビ放送には放送時間の尺がありますし、メディアの記事に本当に伝えたい想いが全て掲載されるとは限りません。

そんな中で、選手達が自分達で選んだ手段というのが、自分達のSNSに共通のハッシュタグで感謝の思いを綴るという選択肢だったわけです。

岩渕真奈選手は、1993年生まれの28歳。
デジタルネイティブ世代ど真ん中ですから、ある意味自然な発想だったのかもしれません。

選手達の感謝の投稿は、短い投稿もあれば画像で長文の文字を綴っているものもありますし、複数の写真を使っているもの、動画を使っているものなど、選手毎に多種多様。

更に変わり種としては、1500mの代表選手だった卜部選手が、バブル方式のためにメディアが取材が難しかった選手村の様子を詳細のレポート記事としてあげてくれていたりもします。

選手一人一人が、自分達のできるやり方で、自分なりの感謝を関係者やファンに対して表現してくれていると言えるでしょう。

誹謗中傷のリスクを越えてSNSを使う意義

今回の東京五輪においては、選手に対するSNSを通じた悪質な誹謗中傷がまだまだ多数存在していることが明らかになりました。

ただ、そうしたリスクがあるにもかかわらず、選手達がSNSを通じた発信を続けてくれているのは、こうやって他の選手ともつながり、私たちファンや視聴者とコミュニケーションを取ることができ、直接感謝を伝えられる手段であるというメリットを感じているからなんだろうな、というのを改めて感じさせられる一幕と言えます。

ここで特に注目したいのは、選手達の一つ一つの投稿の反響の大きさです。

岩渕真奈選手のインスタグラムの投稿が16000以上のいいねがついていますし、他の選手の投稿も1万を超えるいいねがついているものが多数存在します。

マラソンの大迫選手のツイートに至っては3万を超えている状況です。

サッカー日本代表やオリンピックの公式アカウントなど、公式の投稿も反応が大きいものもあるのですが、実は選手の投稿がそれを上回っているケースが少なくないのです。

今年1月に、Jリーグの広報の吉田さんとディスカッションをさせて頂いたことがあるのですが、その際に、「いまや組織の公式アカウントよりも、選手のSNSアカウントの方がはるかに力がある。もうこの流れは変わらない。私たちがすべきなのは、いかに選手をサポートするか。」とお話しされていたことが思い起こされました。

「アスリートファースト」という言葉は、今回の東京五輪の準備期間でもよく耳にする言葉でしたが、実は現状が「アスリートファースト」でないからこそ、使われている言葉なのではないかと揶揄されることもあるようです。

ただ、少なくともSNSの世界においては、もはや実質的にアスリートの影響力の方が組織を上回りはじめており、名実共に「アスリートが主役」の時代になってきていると言えるのです。

真にアスリートが主役の五輪に

こう考えると、SNS時代においてこれからの五輪が目指すべき世界というのは、今回の東京五輪になって、より明確になったと言えると思います。
それは、「真にアスリートが主役の五輪」です。

今回の東京五輪では、大坂なおみ選手や、シモーネ・バイルズ選手の勇気ある発言により、選手のメンタルについての議論が大きく注目されることになりました。

今や、アスリートの影響力が組織を超え始めている関係で、IOCも選手が個人スポンサーの商品をSNSで宣伝できるようにルールを変更しているほど。

専門家からは「20年前にはボルト選手ではなく五輪にブランド力があったが、今やボルト選手の投稿によって逆に五輪のブランド価値が引き上げられ得るようになった」という指摘もされるようになっているのです。

一方で、IOCが、米国のテレビ局であるNBCユニバーサルと巨額のスポンサー契約をしている関係で、現在のオリンピックは放映権を持っているテレビ局の意向に極端に左右されがちだという批判がされています。

今大会でも、アメリカで人気のある種目が不自然な時間帯に開催されているという指摘がされていましたし、直前で女子サッカーの決勝戦の開催時間が変更されるというドタバタ劇もおこってしまいました。

また、動画は放送局に権利が所属するという視点から、アスリートであっても五輪の動画をSNSに投稿するのはNGという見解が今回も示されており、選手の間でもどこまでの動画がNGなのか混乱があったようです。

2014年に締結されたNBCユニバーサルとの契約は、2032年大会まで総額120億ドル(約1兆3200億円)という長期間にわたるものだそうですので、残念ながら少なくとも2032年まではこうした状況が大きく変わることは難しいのかもしれません。

ただ、長い目で見ると、IOCと五輪が向かわなければならない方向は明確でしょう。
これだけ、SNSによってアスリートの影響力が増している以上、「真にアスリートが主役の五輪」を目指していかなければ、アスリートのSNSから一斉に反発されるのは明白だからです。

IOCがこれだけ批判されるのもSNS時代ならでは

残念ながらIOCのバッハ会長は、大会開催前から批判を集めるような発言を繰り返し、東京五輪の閉会式後も選手や大会関係者が観光することを禁止していたプレーブックのルールを無視するかのように、銀座を堂々と散策して批判を集めていたようです。

振り返ってみると、今回の東京五輪の騒動はそのほとんどが、アスリートとは直接関係ない関係者の失言や不適切な行為、政治家の説明不足やリーダーシップの不足に端を発しています。

ある意味、主役であるはずのアスリートとは関係ない部分が、これだけ注目されること自体が、オリンピックが本来の理念から乖離してしまっていることを示しているのかもしれません。

ただ、こうしたIOCや運営への批判が可能になったのも、SNSが影響力を持つようになり、アスリートが自らの言葉でおかしいことをおかしいと発言できるようになったからでもあります。

今回の東京五輪でも、メンタルヘルスの問題以外にも、女性選手の服装に関する規定に対する問題提起など、様々な議論がSNS上で展開されていました。

また、引退したアスリートの視点も重要になってきています。
なんといっても、閉会式をツイッターで実況中継し続け、フェイクニュースとも戦っていたSNSネイティブな元フェンシング日本代表の太田雄貴さんが、IOC委員になられたのは非常に大きいと思います。

また、例えば400mハードルの代表選手であった爲末さんは、アスリートとしての知名度を起点に、SNS上でも様々な問題提起や発信を続けておられ、今回もオリンピック選手への適切なアドバイスを記事にされて大きな話題となっていました。

こうしたオリンピックを経験したアスリート出身の方々による発信も増えていくことにより、現役の選手の方々や、未来の選手を目指す子ども達、そして私たちファンや視聴者のオリンピックに対する知識も増していきます。

SNSを正しく使える選手が増えれば、それだけ組織やメディアとフラットに接することができるようになっていくでしょうし、私たちファンや視聴者とまた違うスポーツの楽しみ方を見せてくれるかもしれません。

今はまだ、一人一人の選手達のSNS上の投稿は小さく、それほど大きな影響を生むものではないかもしれません。
また、今回は無観客での開催だったからこそ、選手達もSNSに必要以上に頼らざるを得なかったのかもしれません。

ただ、今回の東京五輪で岩渕真奈選手が灯してくれた、代表選手達の間での感謝投稿のバトンリレーの火は、これからの「真にアスリートのためのオリンピック」に必ずつながっているはず。

そんな風に、将来2021年の東京五輪を振り返れる日を、楽しみにしたいと思います。

この記事は2021年8月11日Yahooニュース個人寄稿記事の全文転載です


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