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宣伝しない映画「君たちはどう生きるか」は、映画業界の常識を覆すことができるか

いよいよ、スタジオジブリの宮﨑駿監督最新作である映画「君たちはどう生きるか」が公開され、様々な形で話題になっています。

今回の「君たちはどう生きるか」は、事前の宣伝素材がポスター1種類のみで、宣伝らしい宣伝がまったくされないという点で、業界関係者に大きく注目されていました。

公開の前日までは、宮﨑駿監督の映画としてはありえないほどにメディアで取り上げられていない状態でしたが、さすがに公開日である14日には映画の上映がはじまった午前中から「君たちはどう生きるか」がツイッターのトレンド入り。

様々な形でメディアでもレビューや記事化がされるようになってきています。

今回の映画「君たちはどう生きるか」で、とにかく驚くのは、映画の公開後も徹底した情報統制がされている点です。

この記事を執筆している時点でも、映画の予告動画やキャラクター画像は一切公開されず、メディアが報道に使える画像素材は、事前に公開されたポスターのみに近い状態のまま。

そのため、ネットメディアの記事のヘッダー画像はほぼ同じ画像で、テレビの報道においても、映画の映像が一切ながれずに報道がされるという、これまでの常識を完全に覆した状態が続いています。

ここで注目されるのは、はたして映画「君たちはどう生きるか」の、宣伝しないという選択は、吉と出るのか凶と出るのかという点でしょう。

なぜ宣伝をまったくしないのか

今回の映画「君たちはどう生きるか」において、事前に宣伝をしないという選択をした背景には、映画「THE FIRST SLAM DUNK」が事前にあらすじなどを公開せずに批判をあびたものの、最終的に144億円超えの大ヒットとなったことが影響しているといわれています。

ただ、そんな映画「THE FIRST SLAM DUNK」も、映画の公開の1ヶ月前にはYouTubeで予告編を公開していますし、公式アカウントや井上監督のアカウントで、様々な事前情報が投稿され、カウントダウン企画などでも事前の盛り上げが図られていました。

それに対して、映画「君たちはどう生きるか」は、従来型の映画の宣伝手法を活用しないだけでなく、ネット経由での予告編動画や公式アカウントの投稿も、ほぼ実施せず、ポスターをベースにしたキャラクター画像を投稿するだけ、という徹底した情報統制を貫いています。

口さがない批評家からは、今回の作品が宮﨑駿監督としても鈴木敏夫プロデューサーとしても最後の作品であることから、利益を最大化するために無駄な宣伝広告費を削減する判断をしたという声も聞かれます。

ただ、明らかにここまでの情報統制は、広告費削減だけが目的ではないと言えるでしょう。

事前情報が無いことは、お客さんにとって幸せな状態

ポイントとなるのは、鈴木敏夫プロデューサーが、文藝春秋の新谷編集長と対談した際に明言した「お客さんにとって一番よろこんでもらえる」形という点です。

文藝春秋の対談の中で、鈴木さんは現在の映画業界の事前宣伝は「過剰サービス」ではないかという問題提起をされています。

象徴的なのは、ハリウッドの超大作は予告編をみると大体ストーリーが分かってしまうという指摘でしょう。
実際に、最近のハリウッド映画の予告編には、映画の終盤の目玉シーンがふんだんに流れているケースも散見されます。

一方で、事前情報が全くない状態で映画を楽しむことができるというのは、現在においては、実は非常に贅沢な体験です。

今回筆者も、映画「君たちはどう生きるか」は久しぶりに事前情報なしに映画館で観る映画だったため、様々な驚きを楽しむことができました。

ある意味、筆者の世代の方からすると、映画館の入り口でポスターを観ながら映画を選んでいた昭和の時代を思い出す感覚かもしれません。

そんな中で、今回映画を観に行って特にビックリしたのは、映画が公開されたにもかかわらず、パンフレットもまだ販売されておらず、グッズ売り場のグッズも、ポスターの画像をベースにしたものしか販売していない、という徹底した情報統制が映画公開後も続いている点です。

当然スタジオジブリ側が、収益を最大化したければ、パンフレットは初日から販売するべきですし、初日に来場するコアなファンに対してグッズを全力で販売するのが普通です。

これは、明らかにスタジオジブリ側として、事前情報無しで映画を楽しめる状態で観客が映画を楽しめる状態を一日でも長く続ける、という覚悟の表れと言えるでしょう。

主題歌を聴けるのも映画館だけ

しかも、今回の情報統制の徹底は、映画の素材全てに表れています。

今回の映画「君たちはどう生きるか」は、公開とともに主題歌を米津玄師さんが歌う「地球儀」であることが開示されましたが、これまた楽曲の配信は7月17日に設定されており、現時点では映画館でしか聞くことはできないようです。

楽曲自体は、このタイミングで公開した方が、注目度も最大化されるはずですし、楽曲への注目が作品への注目につながるというのは、米津さんが昨年チェンソーマンとのコラボで証明したばかりです。

しかし、今回の映画「君たちはどう生きるか」においては、米津さんもスタジオジブリ側も、あくまで映画館のエンディングで、はじめて米津さんの「地球儀」を聞くという特別な体験の方を優先されているわけです。
 

宣伝をしないことのリスク

ただ、映画館における映画上映というビジネスは、事前の宣伝が最も重要な産業の1つといわれています。

なぜなら、映画館側としては、一番お客さんが入る映画をたくさん上映したいため、初週の観客動員数が多いかどうかを観ながら、その後の映画上映のプランを考えるわけです。

つまり、初週の観客動員数が少ないという結果になると、上映館数が減らされてしまい、観客が映画に触れる機会が減るというネガティブサイクルに入るリスクが高いビジネスなのです。

映画において事前の宣伝を一切しないというのは、あきらかに映画業界においては常識外れの選択と言えます。

実際、映画「君たちはどう生きるか」は、事前にほぼまったく宣伝活動をしなかったため、多くの人たちがジブリの最新作であるにもかかわらず、7月14日公開であることを知らなかった、という結果も生んでしまいました。

そのため、従来の宮﨑駿監督作品ではありえないほど、映画館の予約が埋まらないところも出てしまっていたようで、早速メディアによる批判的な報道もされはじめています。

この状況が3連休の間にどう変化するかが、最大の注目点と言えるでしょう。

クチコミで大きな拡がりを見せるか

今日の段階でツイッターのトレンド入りや、メディアでの報道も増えたことで、週末の映画館は満席が増えている状況にもあるようです。

ツイッターの「#君たちはどう生きるか」のハッシュタグには、早速映画のキャラクターアイコンが表示されるようになっており、多数の映画の感想ツイートが投稿されるようになっているようです。
参考:#君たちはどう生きるか ツイッターハッシュタグ検索

また、映画を観た人たちが早速様々な映画の感想を記事にしたり、動画でアップしたりもし始めています。

当然、こうしたクチコミには、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもあります。

最も注目されるのは、初日に映画を観に行った人たちのこうしたクチコミが、周りを巻き込むレベルで大きく拡がっていくかどうかでしょう。

SNSが普及した現在においては、まったく無名の映画が、クチコミによる拡がりで全国区の大ヒットになった映画「カメラを止めるな!」のような成功が生まれる土壌ができています。

今回の映画「君たちはどう生きるか」においても、コアファンを中心にクチコミが大きく盛り上がり、興行収入がついてくれば、映画「THE FIRST SLAM DUNK」のように長く映画館で上映される大ヒットになる可能性はもちろんあります。

一方で、本来のスタジオジブリのコアファンである子ども世代が、長らくスタジオジブリの映画館上映から離れており、SNSのクチコミが届きにくいという点は、懸念点と言えるでしょう。

スタジオジブリの高い成功の基準

当然、スタジオジブリの宮﨑駿監督の最新作ですから、いずれにしてもある程度のヒットになることは約束されている映画と言うことはできます。

ただ、今回事前に宣伝をまったくしないという常識破りの選択を行ったことで、興行収入が伸び悩めば、メディアがこぞって「やはり宣伝すべきだった」と批判する可能性が高いはずです。

ここで基準となるのは、やはり100億という数字でしょう。

宮﨑駿監督の過去作品は興行収入300億円超えで、日本の映画の歴代興行収入ランキングの2位に入っている「千と千尋の神隠し」を筆頭に、200億超えの「もののけ姫」や196億の「ハウルの動く城」など、大ヒットを記録してきた歴史があります。

スタジオジブリの宮﨑駿監督以外の作品が興行収入20〜40億程度となっている現状は踏まえる必要はありますが、宮﨑駿監督が引退を撤回する前の最後の作品である「風立ちぬ」が興行収入120億円だったことを考えると、今回は当然それに近い水準が期待されます。
逆に、それに及ばない興行収入に終わると失敗と考える人が多いはずです。

ただ、ここまで徹底して宣伝もせず、観客の楽しみのために厳しい情報統制までした映画が、100億円を超える大ヒットになれば、これまでの映画業界の常識が大きく変わることになります。

はたしてスタジオジブリの「宣伝しない」という選択は、吉と出るのか凶と出るのか。
まずは、映画「君たちはどう生きるか」の、初週の観客動員数の結果がどうなるか、今から注目して待ちたいと思います。

この記事は2023年7月18日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。


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