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二か月間のキャンプを通じて子供たちが吸血鬼に覚醒する 新機軸のSFファンタジー(『愚かな薔薇』/恩田陸)



   吸血鬼小説とSFのハイブリッド

 二〇一一年から一九年まで『小説 野性時代』に不定期連載された『ドミノin上海』、〇七年から二〇年まで『メフィスト』で続いた『薔薇のなかの蛇』など、恩田陸には時間をかけて紡がれた作品が多い。『SF Japan』(〇六年~一一年)と『読楽』(一二年~二〇年)で書き継がれた『愚かな薔薇』もその一つだ。
 叔父夫婦に育てられた少女・高田奈智は、母親の故郷である磐座を訪れ、十四歳の子供たちが集う二か月間の長期キャンプに参加することになった。適性を認められた者がキャンプで特殊な訓練を受け、その一部が体質の変化を経て、憧れの存在〝虚ろ舟乗り〟になれるのだ。不穏な言葉が交わされる中、真っ先に変質を始めた奈智は血を吐き、周囲の嫉妬を浴びてしまう。
 親戚の深志に「人の血を飲まん限りは、もう楽にならんはずじゃ」「飲んでくれ」と言われて逃げ出した奈智は、祠で出逢った〝虚ろ船乗り〟のトワに「愚かなバラは枯れない」と告げられる。その夜、奈智は深志の母・久緒の話を聞き、過去の出来事──奈智の母・美影奈津が磐座で殺され、夫の古城忠之が姿を消したことを知る。ほどなく他の子供たちも変質を始め、奈智は「元から変質体」のキャンプ参加者・天知雅樹に接近し、美影家が〝虚ろ舟乗り〟を輩出する名門だと教わるのだった。
 改めてプロフィールを記しておくと、恩田陸は一九六四年青森県生まれ。早稲田大学教育学部卒。第三回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作『六番目の小夜子』で九二年にデビュー。二〇〇五年に『夜のピクニック』で第二十六回吉川英治文学新人賞、〇六年に『ユージニア』で第五十九回日本推理作家協会賞、〇七年に『中庭の出来事』で第二十回山本周五郎賞、一七年に『蜜蜂と遠雷』で第百五十六回直木賞に輝いた。『夜のピクニック』と『蜜蜂と遠雷』は本屋大賞にも選ばれている。
 多彩なジャンル小説を手掛けている著者は、オマージュに長けた作家でもある。たとえば『光の帝国』はゼナ・ヘンダースンの〈ピープル〉シリーズ、『月の裏側』はジャック・フィニイ『盗まれた街』のオマージュだった。『六番目の小夜子』は吉田秋生『吉祥天女』、『チョコレートコスモス』は美内すずえ『ガラスの仮面』という具合に、少女漫画にインスパイアされた作品も少なくない。その文脈に即していえば、本作は萩尾望都の作品群──『ポーの一族』「あそび玉」などの気配を感じさせるものだ。
 先行作品からモチーフを採り、持ち前のストーリーテリングを活かす。これは著者が最も得意とする手法に違いない。萩尾作品のテイストを換骨奪胎し、少女の視点、謎解きを伴う吸血鬼譚、SFのビジョンなどを織り合わせた本作は、まさにその好例といえるだろう。恩田ファンのみならず、萩尾ファンにも興味深く楽しめる一冊と評したい。


福井健太◎ふくい・けんた。1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』、編著に『SFマンガ傑作選』などがある。

二か月間のキャンプを通じて子供たちが吸血鬼に覚醒する
新機軸のSFファンタジー

▼大迫力の通常カバー デザイン:川名潤さん

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▼萩尾望都さんの美麗描き下ろしカバーは、22年3月末出荷分まで!

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愚かな薔薇
恩田 陸
定価 本体2000円+税

おんだ・りく◎1964年青森県生まれ。早稲田大学教育学部卒。第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作『六番目の小夜子』で92年にデビュー。吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、直木賞など受賞歴多数。代表作に『夜のピクニック』『蜜蜂と遠雷』などがある。

(「読楽」22年1月号 掲載)

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