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椅子に座るだけの野遊び〝チェアリング〟が若者たちを繋ぐ晴れやかな青春起業小説/『ロールキャベツ』森沢明夫

五人の大学生を描く青春群像劇

 憎めないキャラクターの前向きなドラマで読者のポジティヴな共感を呼ぶことは、物語作家の王道の一つに違いない。森沢明夫もそんな書き手の一人だ。

 まずは来歴を記しておこう。森沢明夫は一九六九年千葉県生まれ。早稲田大学人間科学部卒。雑誌編集者を経てフリーライターとして活動し、二〇〇二年に野草の紹介本『野の花』(写真=浅川トオル)、〇三年にエッセイ集『あおぞらビール』を発表。〇七年にノンフィクション『ラストサムライ 片目のチャンピオン武田幸三』で第十七回ミズノスポーツライター賞優秀賞に輝き、同年に『海を抱いたビー玉』で小説家デビューを遂げた。

 現在までに『津軽百年食堂』『ふしぎな岬の物語』『ライアの祈り』『夏美のホタル』『きらきら眼鏡』『大事なことほど小声でささやく』の六作が映画化されており、フィールドワークにまつわるエッセイも多い。その最新刊『ロールキャベツ』は、日刊紙『日本農業新聞』(二一年十月四日~二二年十月二十九日)の連載に加筆・修正を施した長篇小説である。

 漁師町の私立大学に通う二年生の「俺」こと夏川誠は、岬の展望公園で二人の若い女──地元の農家の娘・風香(上村風香)と髪をピンクに染めたパン子(王丸玲奈)に出逢う。夏川は軽トラックのタイヤ交換を手伝い、自分の同期生だという二人に「チェアリングをしに来た」と聞かされる。眺めの良い場所に椅子を並べてのんびりする〝チェアリング〟が彼女たちの趣味だった。

 シェアハウスの同居人であるマスター(奈良京太郎)ミリオン(長沢智也)を夏川が紹介し、海岸でチェアリングを楽しんでいた五人は、ガラの悪い男たちと揉め事を起こす。トラブルを通じて絆を深めた五人は、パン子の提案でチェアリング部を結成し、椅子とテーブルを並べて弁当やコーヒーを提供する出張サービスを開始した。

 基本的には夏川を語り手とする小説だが、第三章以降ではパン子の視点も挿入される。他の四人と違って将来のビジョンがない夏川と辛い過去を持つパン子の恋愛を軸として、仲間たちのエピソードを挟み、若者たちの不安と成長を描く。本作はそんな青春群像劇だ。

 当初は「お仕事サクセスストーリー」として構想していたものが、若者たちの「愛すべき未熟さ」を描く小説になった──著者はあとがきでそう明かしている。ビジネスの話よりも五人の悩みや奮闘に筆が割かれているのは、彼らへの思い入れが強いからだろう。

 本作におけるチェアリングは、フィールドワークを好む著者らしい題材にして、仲間たちが「同じ方を向いて、同じ景色を見てる」ことの暗喩でもある。それぞれに未熟さを抱えながら、ともに成長する若者たちのコミュニティ。その眩しさを瑞々しく綴った一冊といえそうだ。


ロールキャベツ 森沢明夫 定価 本体1900円+税

森沢明夫◎1969年千葉県生まれ。早稲田大学人間科学部卒。出版社勤務を経てフリーライターに転じ、2007年に『海を抱いたビー玉』で小説家デビュー。映画化された作品が多く、エッセイでも人気を博している。代表作に『虹の岬の喫茶店』『きらきら眼鏡』などがある。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

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