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他人に興味のない女がお見舞い代行業に雇われる シニカルな自己肯定小説/『雨夜の星たち』(寺地はるな)


   協調しない女の生活と仕事
 
 才能の持ち主が創作に目覚め、短期間で世に出るケースが稀にある。寺地はるなもその一人だ。寺地はるなは一九七七年佐賀県生まれ。大阪府在住。三十五歳で小説を書き始め、二〇一三年に「背中に乗りな」(晴名泉名義)で第二十九回太宰治賞の最終候補。一四年に第三十回の同賞と第十回日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞の最終候補(「こぐまビル」と『パールオパール』)に残り、第四回ポプラ社小説新人賞を『ビオレタ』で受賞した。単独作に対する表彰ではないが、二〇二〇年度の「咲くやこの花賞」(文芸その他部門)にも選ばれている。
 代表作をいくつか見ておこう。デビュー作『ビオレタ』は婚約者と別れたヒロインが長身の女に拾われ、彼女の営む雑貨店で働いて立ち直るストーリー。『大人は泣かないと思っていた』は限界集落の大人たちが自分らしさを取り戻す連作集。第三十三回山本周五郎賞の候補作『夜が暗いとはかぎらない』は、閉鎖が決まったマーケットのマスコットが失踪し、町の人たちを助けていく話。第四十二回吉川英治文学新人賞の候補になった『水を縫う』は、各々の悩みを抱えた家族たちが自身のありようを受け入れる作品集だった。
 著者の書き下ろし長篇『雨夜の星たち』は、風変わりな職に就いたヒロインの物語だ。同僚・星崎聡司の退職をきっかけに保険会社を辞めた二十六歳の「わたし」三葉雨音は、家主でもある喫茶店の店長・霧島開に他人に興味がない性格を見込まれ、お見舞い代行業にスカウトされる。仕事内容は「お年寄りの通院の送迎」「依頼者にかわって親族等を見舞う」「その他もろもろの雑用」らしい。星崎が失踪したことを知り、霧島の彼女リルカに「世捨て人みたいに見える」と指摘され、親戚の結婚式で反りの合わない母親と衝突する──といった苦い日々を過ごしながらも、雨音は託された仕事をこなしていく。
 終盤では代行業の真相が明かされるが、本作の核心はそこにはない。「他人に共感もしないし、感情移入もしない」雨音は己を否定せず「生きていくために」「自分に合ったやりかた」を模索している。「あなたがわたしに与えたがっているものはわたしが欲しがっているものとは違う」と反発し、年長者の身勝手なセルフイメージを辛辣に斬る雨音の思考は、正論ゆえに軋轢を生みやすい。この不器用さに共感する読者は少なくないだろう。
 型の押しつけを拒否する「めんどくさい子」の視点に立ち、イレギュラーとされる側の主張を示し、こうあるべきへの抵抗をはっきりと掲げる。ここに著者のモチーフがあることは明らかだ。社会規範や同調圧力に囚われず、ありのままの自分で構わない──そんなメッセージを幾多の作品に込めてきた作家が、語り手の性格に工夫を凝らし、切り口を変えた意欲的な一冊である。


福井健太◎ふくい・けんた
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。


他人に興味のない女が
お見舞い代行業に雇われる
シニカルな自己肯定小説

寺地カバー


雨夜の星たち
寺地はるな
定価 本体1650円+税

てらち・はるな◎1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年に『ビオレタ』で第4 回ポプラ社小説新人賞を受けてデビュー。2020年度「咲くやこの花賞」(文芸その他部門)を受賞。代表作に『大人は泣かないと思っていた』『夜が暗いとはかぎらない』『水を縫う』などがある。


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