階段マニアとの出逢いが 二人の高校生を結びつける 悩みと希望に満ちた物語
高校生が階段レースに挑む青春小説
世の中にはユニークな趣味人が少なくない。各地の階段を訪ね歩き、書籍やブログで記事を公開する階段マニア(登段家)もその一つだ。吉野万理子の書き下ろし長篇『階段ランナー』は、二人の高校生のドラマに階段の面白さを絡(から)めた物語である。
吉野万理子は神奈川県出身。上智大学文学部卒。新聞社と出版社に勤めた後、二〇〇二年に『葬式新聞』で「日本テレビシナリオ登龍門2002」の優秀賞を受賞。〇四年に連続テレビドラマ『仔犬のワルツ』の脚本を担当した。〇五年に『秋の大三角』で第一回新潮エンターテインメント新人賞を受けて小説家デビュー。児童文学の著作も多く、一二年刊の『劇団6年2組』と一五年刊の『ひみつの校庭』はうつのみやこども賞に選ばれている。一八年には『73年前の紙風船』が第七十三回文化庁芸術祭ラジオドラマ部門の優秀賞に輝いた。一般小説と児童文学とシナリオを書き分け、いずれも高い評価を得ている作家なのだ。
横浜に住む高校二年生の「僕」こと奥貫広夢は、夜の校舎の屋上で社会科教師・高桑曜太朗(通称タクワン)に遭遇する。そこに別のクラスの三上瑠衣が加わり、高桑は「階段にまつわるブログを密かにやっていて」「一部の世界では階段マニアとして知られている」と趣味を明かす──『階段ランナー』はそんな場面で幕を開ける。次の章では「わたし」こと三上瑠衣が卓球場に向かい、パートナーである先輩との練習に励む。この構成からも解るように、本作では両者が交互に語り手を務めている。
二人は高桑のブログを共通の話題として親しくなるが、奥貫は家族の問題に苦しみ、三上はダブルスでサーブを打てないイップスに陥ってしまう。やがて夏休みになり、奥貫は奈良の大学に勤める父親のもとを訪れ、塾講師になった高桑に再会する。高桑は奥貫を「JR京都駅ビル大階段駈け上がり大会」のチームメンバーに誘い、京都の大学への進学を勧めるのだった。
ちなみに「JR京都駅ビル大階段駈け上がり大会」は一九九八年に始まった実在のイベント。作中で説明されているように、四人のランナーが同時に大階段(高低差三十五メートル/百七十一段)を駈け上がるというもので、毎年二月に開催されている。
出来事だけを拾っていえば、本作はハッピーな話ではなく、著者の社会派小説『強制終了、いつか再起動』のような要素も含んでいる。しかし奥貫と三上はそれぞれの現実に対峙し、新しい未来を模索していく。幾度も挟まれる高桑のマニア語りブログは、人物像そのままの明朗さで読者を和ませてくれる。シビアな状況を扱いながらも、語り口やモチーフで軽さを演出し、前向きな青春小説に仕上げた達者な一冊といえるだろう。
福井健太◎ふくい・けんた。1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』、編著に『SFマンガ傑作選』などがある。
階段マニアとの出逢いが二人の高校生を結びつける
悩みと希望に満ちた物語
階段ランナー
吉野万理子
定価 本体1700円+税
よしの・まりこ◎神奈川県出身。上智大学文学部卒。新聞社と出版社の勤務を経て、シナリオライターとして活動し、2005年に学園ファンタジー『秋の大三角』で第一回新潮エンターテインメント新人賞を受けて小説家デビュー。児童文学の書き手としても定評がある。
(「読楽」22年2月号 掲載)
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