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ポーズをとる

祈りのポーズ

大学で、『中動態の世界』で有名な哲学者・國分功一郎氏の講義を聴く機会があった。

著書『暇と退屈の倫理学』の内容について、触りの部分だけを40分ほどでざっと紹介するというごく短いものだったが、「哲学は学者たちが内輪で机上の空論をこねくり回しているだけではなく、人間の営みを豊かにするためにとても有用なものなのだ」というような思想がバチバチに伝わってきて、とても面白かった。

そして、そのお話の本筋とはあまり関係がないところで、ひとつ気になる箇所があった。

國分氏いわく、哲学者のパスカルは神の信仰についてこんな感じのことを言ったそうだ。

信仰心など必要ない。
祈りのポーズをとることが大事なのだ。
荘厳な教会で手を合わせ、祈りのポーズを取っていれば、信仰心は後から勝手に生まれてくる。

なんだか聞いたことあるぞ、と思った。
そして脳内をまさぐり、見つけた。

「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」というやつだ。

心理学において代表的な「心の理論」のひとつ、ジェームズ=ランゲ説 。外部からの刺激に対して、まず生理的な反応が先立ち、それによって情動が発生するという考え方。
上のパスカルの話と、このジェームズ=ランゲ説が言っていることはよく似ている。

ぼくは心理学のことはよく知らないので、この説がいま学問上どれほど妥当性を持つのか知らない。けれど、直感的には自然に受け入れることが出来る。

だから、生きるためのひとつの気の持ち方として、この考え方を採用するのはアリかもしれないと思った。

なにしろ、感情を直接コントロールするというのはこの上なく難しい。
ネガティブな感情を抱きかけたとき、それを防いでポジティブな方向に考えを持っていくなんてことは至難の技だ。

だからこそ、物理的な面から間接的に感情にアプローチすることが出来るとする上のような考え方を信じてみるのは、色々な面で役に立ちそうだ。

ここからは、具体的なポーズとその効用について思いついたものをいくつか挙げていきたい。

喜びのポーズ

これは簡単だ。
笑うことだ。
悲しくて涙が止まらない時は、涙を流したまま口角を上げ、目じりに皺を寄せ、「ハハハ」と笑う。
何も面白くなくていい。大事なのはポーズをとることだ。
そして、自分がやっていることの可笑しさに恥ずかしくなる頃には涙のひとつくらいは止まっているかもしれない。

怒りのポーズ

怒りを感じてカッとなった時、眉間にはしわが寄り、目は力み、口は固く結ばれている。
これが怒りのポーズだ。
怒りのポーズを崩さない限り、相手への怒りは増幅されつづける。
まずは結んだ口をほどこう。軽く口角を上げてみてもいい。それから目元を緩める。一度目を閉じて、小さな赤ん坊や可愛い子猫が目に入った時を思い出すといいかもしれない。

もちろん、怒りのポーズが崩れたからといって怒りが瞬時に収まる訳ではない。
これは最初の一歩だ。
自分の感情を自覚し、そのポーズを崩すことで、理性が介入できる余地をつくるのだ。

安心のポーズ

不安や緊張に駆られた時、背中は曲がり、上体は前傾ぎみだ。呼吸は浅く、心臓は早鐘を打っている。
これは不安のポーズ。

安心のポーズは、これの逆をやればいい。
背筋を正し、胸を張る。そして深呼吸を数回。
これだけだ。
これだけで、それまで感じていた不安はきっと数段やわらぐ。

尊敬のポーズ

自分と合わない人間と接している時、人は相手の嫌なところに目を向けようとしてしまうものだ。
そんな時は尊敬のポーズをとる。
尊敬のポーズとは、ほめること、相手の良い部分に対しての称賛の言葉を口に出すことだ。
表面的でもいい。無理やりでもいい。ポーズをとるのだ。
最初はそこに尊敬が伴っていなくても、相手の光る部分にどうにか目を向けようとポーズを取り続けているうちに、いつの間にか本当に相手が光って見えるようになるかもしれない。

考えるポーズ 

これはちょっと毛色が違うのだけれど、せっかく思いついたので書いてみようと思う。

考えるポーズと言われた時、ロダンの『考える人』が頭に浮かぶ人が多いかもしれない。
ただ、ぼくにとっての考えるポーズは違う。
紙とペンを持ち、書く。頭に漠然と浮かんだ思考を書き出してから、そこに「なぜ?」と書き加える。その問いに答えてから、またその横に「なぜ?」を添える。これを延々と繰り返す。
これがぼくの考えるポーズだ。
このポーズは、深くものごとを考えたいときにこそ力を発揮する。思考をひとつひとつ押しかため、積み上げていくことができる。

たぶん頭の良い人はこのプロセスをすべて脳内で完結できる。だからこそあの銅像がある。
けれど未熟なぼくには、こうしてまずポーズから入ることが必要なのだ。

*****

ポーズをとるということについて、パッと思いついた4つ(5つ)を並べてみました。

多分、というか絶対に感情とポーズの組み合わせはまだまだあるし、それは人によってもすこしずつ異なると思うので、自分がまだ自覚していない組み合わせについて探ってみるのも面白いかもしれません。

あと、ポーズをとる、というとなんとなく嘘をついているようなネガティブなニュアンスが出ますが、ぼくは嘘ではないというか、本当にするための嘘というか、そんな感じに思います。

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