読まれることの無かった手紙 (絶筆)

拝啓

その後体調はどうだい。元気に過ごしているかな。
君が退院した日、僕は悪夢の中にいて、最後の別れを言えなかったことをずっと後悔しているんだ。君に寂しい思いをさせてしまったことを申し訳なく思う。
僕はね、かなり参ってしまっている。頭痛は酷いし、咳が何分も止まらなくなることが増えた。
だけど、死ぬことについて暗い気持ちは不思議とないんだ。

君が現像してくれたフィルムを見たよ。
身体は高熱でいつも火照っているけれど、心はさっぱり冷静になってしまっていたのが、君を見るとその心が熱を帯びていくようだった。
忘れかけていた「感情」という生き物が蘇ってきて、ひとしきりの喜怒哀楽の後に空虚さが残った。
生きるというのは虚しいのが本来の姿なのかもしれないね。

今、僕の部屋から月が見えている。あと数日で円になるだろうね。
目を閉じると空の方から声が聞こえてきて、日に日にはっきりと聞き取れるようになってきたんだ。
「さぁ、帰ろう。君の生まれた場所へ。」
影に僕の一切を託したら僕は月へ帰るんだ。

だけど、願わくばもう一度君に会いたいよ。きっと僕は恋をしたんだ。あの砂浜で出逢った時から、君と共に幸せな未来を手にしたいと思った。だけど、住む世界が遠すぎたんだ。
ただそれだけが心残りだ。

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