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02 テレビ壊したい/日本マドンナ

 一期一会の精神で臨んでこそその真価に触れられる。

 だから録画はしない、スケジュールアプリに登録もしない、頭で記憶しておいたその時間にテレビを点けられた時にだけ、観る。それが彼女の深夜映画の流儀。

 日付けが変わってからの深夜、未明にひっそりと始まる映画のテレビ放映を彼女はそう呼んでいる。或いは他には誰も使うもののないハッシュタグ。

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 まるで義務のようにこなした営みの後の微睡から脱け出し、部屋を、深海みたいな闇に沈めたままにしてキッチンで紅茶牛乳を用意した。

「あち。うま」

 部屋に戻り、ベッドを背もたれにして座り、ローテーブルの上のリモコンに手を伸ばす。ちょうど窓が開くようにしてモニターから青白い光が漏れ出すと、心が生還してくるように彼女は感じた。

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 夢中でモニターを見詰める彼女の背後、ベッドの上でむくりと上体を起こした彼氏がそのままキッチンに直行する。

「ごめんね、起こした」

「いいよ、明日は休みだし」

 冷蔵庫の扉を開け放したままでペットボトルから水分補給。

「明日って言うかもう今日か」

 そうしながらキッチンの様子を見回し、しかし深海の静けさに耳を傾けてはないような調子で彼氏が言う。

「紅茶牛乳、お替わり作ろうか」

「まだ大丈夫。ありがと」

 ティースプーン二杯分の砂糖を、温めた牛乳で溶かしたそこへ、小皿の上で休憩させられていたティーバッグを沈める。ダイニングテーブルに着き、抽出を待つ間の時間潰しみたいに口を開く。

「アマプラ」

「違う、テレ東」

「誰だっけ、この役者」

「ジョン・キューザック」

 彼女もまたモニターに顔を向けたまま、機械的に応える。

「ちょうど好いんだよこの人の出てる映画、深夜に観るのに」

「ふーん」

 ローテーブルの上、結婚式場のパンフレットについ視線が向いた。彼女が訊く。

「なんであたしが深夜映画が好きかって、理由を話した事ってあったっけ」

 紅茶牛乳を啜る音が消えた後、彼氏の言葉が返ってくる。

「なんだっけ、途中で寝落ちしても口惜しくないからだっけ」

 結婚式場のパンフレットは、彼女が一昨日から無造作に、けれどこれ見よがしに置いていた劇団員募集を知らせるフライヤーの上に被せるように、彼氏が置いたものだった。

「でもだったら、録画しとけばなんの問題もなくない」

 本当は正解も不正解もありはしない、だから自らの回答の行方を知ろうとしなくたってなんの問題もない。一期一会の精神で臨んでこその深夜映画、その態度もまた彼女の勝手である事と同様に。

「ところであの話、考えてくれた」

 ローテーブルの上、結婚式場のパンフレットの下に隠れたフライヤーは、彼女が一昨日から無造作に、けれどこれ見よがしに置いていたものだ。


                              ('21.2.25)

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