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track 11 「あそこですあそこを締めてください」

 もういいぜ。

 もうええんかい、もうええんやったらもうええわ。

 また聞いて。

 いい加減にしろバカ。

 一旦やめさせてもらいます。

 はいぶぱぱぶぱぱぶぱぱ。

 などなど。

 即ち紛糾する議論を締めるべくに投下すればたちまち効果を発揮する文句、それらは膨大な数が考案されてきた筈なのに、しかし、今、眼前で、現在進行形で、行われている話し合いを吹き飛ばすに相応しいそれに思い当たらず、然りとてその場から離脱する訳にもいかず、山我轢ヤマガレキ、通称我轢ガレキは、ただスマホの画面に向かい退屈を云う表情を浮かべて見せるが精々だった。

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track 11 「あそこですあそこを締めてください」

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 既にアプリをインストールしているなら手順らしい手順はなく、送られたURLをクリックするだけ。

 清渚水流セイショミズル、通称清流セイリュウからそのように説明を受ければ我轢はただ、その通りなのだろうと鵜呑みにする。

「空希に訊いたって尻込みしながら分かんないを繰り返すだけですよ。それか、知ったか振りつつ我轢くんには難しいよー、とか、それでも知りたいのかい、とかのらくら躱すかのどっちかすね」

「デジタルアレルギーかな」

「でも使うは使うんですよ、なんなら使い熟してんですよ」

「じゃあ説明が不得手なんだろうね」

「それです。喋ってる内に直ぐ迷子になるんです。要領を得ない説教とかはもういつもの事です」

「でもデジタルアレルギーという事なら我轢くんも同類なのでは」

「え、マジすか俺、空希と一緒すか」

「先入観で難しそうな印象を抱いたら最後、自分からは説明を求めようとしない、みたいな」

「あー、るかもですね、それはあるかもです」

 とまれ。

「もし大丈夫じゃなかったらまた訊きにきます。教えてくれてどうもです」

 自身が所属するeスポーツチーム、そのオンラインミーティングを十数分後に控え、特に手間取る事なく参加出来そうだと、なにしろ通っている高校では生徒会長を務める清流の指南を受けたのだからと、我轢は一先ず安心する。

 果たして。

 男子寮の共有スペースである101号室から自室に戻り、入れ替わりで同室にて暮らす青空勇希アオゾラユウキ、通称空希クウキを追い払い、スマホをセッティングして開始時間に備える。

 そうして十数分後。

 議題の、母親の説教に宿る口答えを許さないような圧と、同時に当事者不在でも成立してしまうような虚実不問の虚ろな姿を持つその実相を、どうしても真摯に向き合うべきものと感じられず只管に退屈を思う。

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 詰まり。

 先の週末、岩手県で開催されたeスポーツの周知イベントに招待された小山内未知オサナイミチ外海ソトウミエリカが、前日に前乗りして観光を楽しんだ様子をInstagramにて発信していたのだが、これの内容に、チームの運営を手伝う流城歌呼リュウキウタコ、自称流歌リルカが懸念を示したのだ。

「なんだろ、私わんこそば食べ過ぎたかな」

 と、未知。

「浄土ヶ浜ではしゃぎ過ぎた自覚ある、あたしも。けど逆にアピールにならない、そんだけテンション上がる場所っていう」

 と、エリカ。

 同じ端末を利用し、一画面に収まって以て一緒に参加しているその二人に向かい、問題はそこじゃない、と、背景画像にうらぶれた古井戸を設定してどこか得意気に見える流歌が続ける。二人が、互いの頬をひっ付けソフトクリームを堪能している様子など、小岩井農場を訪ねた際の一連の写真、これに添えた文章が炎上の火種になり兼ねないのだ、と。

「え、なに書いたか覚えてないな。覚えてないくらい無難な事しか書いてない筈だけど」

 記憶を呼び覚まそうと、ぴんと伸ばした右手の人差し指で自らの顎を突付く未知、その横でエリカがスマホを手に取り、該当の投稿を開く。

「ジンギスカン、食べた事ないけど美味しいのかなー、とか」

「実際食べた事ないもん。無難」

「ミルクが濃厚、いつも食べてるソフトクリームと全然違うー、とか」

「言うほどいつも食べてないけど。無難」

「青い空、白い雲、雄大な自然を独り占めー、とか」

「誰も傷付けてないね。無難」

 顔を寄せ、一台のスマホを二人で覗き込む仲睦まじい様子を画面越しに見せ付けられる格好、なにかプレイの一環なのかと我轢は思う。

 或いはそれを井戸の底から見る眩しい外界の光景とでも言うみたいに、流歌が正解を指す。

「生産性の望めない重箱の隅を突付くようなSNSパトロールに対して予防線を張る事がもう自ら白旗を上げるようなあれでとても癪ですけどハッシュタグほのぼのデートって書いちゃってるのは実際に百合営業的なあれですけどそれは今やクィアベイティングと取られ兼ねないのでちょっと微妙なあれがあれです」

 無駄も多い怒涛の言葉数と早口こそ彼女の通常営業、我轢と、未知とエリカとが画面上で通信状態に拠るものではないフリーズを起こした理由は無論、流歌のそれではない。

「御免だけどもっかい言ってくれる」

「以前はプロレス的に解釈してもらえてたものが今は揚げ足取りの機会を常に窺ってるようなあれに絶好の機会を与えてしまうあれって言うか難色を示すのが当事者ならそれは揚げ足取りじゃなくあれなんですけどどっちにしろ未知数であれです」

「じゃなくて、その、く、く」

「クィアベイティングですかクィアベイティングって言うのはなかなかちょっと自分も理解が追いつかない部分もあってあれなんですけど当事者じゃない人たちが言ってる場合は文化盗用が好ましくないというところを批判の根拠にしているように見えて詭弁にも聞こえるっていう個人の感想ですけど飽く迄も」

 滅私奉公恋愛禁止、共犯関係相利共生。

 それらを暗黙の了解事項として掲げる事で以て支援者との間に信頼関係を築いていたが、しかし、異性の恋人の存在が発覚、現場から追放されるような形で引退を発表した女性アイドルが、先頃あった。

 彼女を、夢や目標の実現を分配利益と掲げて投資を募るファンドと見立てた場合、そこには投資者に対する詐欺行為があったとの見方も出来、非難もまた避け得ないのかもしれない。

 一方で彼女は、同じグループに所属する同性のメンバーとの親密な関係を積極的に発信し、いわゆる百合営業と呼ばれる活動を担保に投資を募っていた節もあり、これが即ちクィアベイティングに当たるとして批判されている。

「武器渡されてそれを手放す選択肢を持たない正義マンはもう中毒患者みたいなあれですから次の獲物を探す魔女狩りもとっくに始まってるあれだと思うんですけどそいつらに見付かった場合は延焼は免れないあれかと思うんです絶対」

 或いは時の運、対岸の火事で終わればそれに越した事はないが、世論が虐めてもよい対象として認めたもの、それにされた場合をエリカは経験している。

「それはそれでいろいろ実感出来るけどね。誰が手のひらを返すかとか、屍肉をついばもうとする奴らの臭いとか」

「だから備えるに越した事はないって話」

「炎上という点に絞って前例を見ていくとやっぱり対処じゃ間に合わない気がするので予防しか意味を生さないって言うかあれを締めるべきって言うかあれって言うかあそこですあそこを締めてください脇です脇を締めて意識を改めた方があれかなという事です無難」

「でもあたし原田さん、あの座敷童の人はむしろ好感度上がったけどあの謝罪会見で」

 不意に。

「ねえ。さっきからずっと黙ってるけどがっちゃんはどう思うの」

 未知から水を向けられる。対戦格闘ゲームの指南役として契約状態にあるゲームセンター、そのオーナーにしか許していないあだ名で呼ばれる。

「だからのぶ代さんに筋通せよその呼び方すんなら。炎上なんか怖くあるか馬鹿めが、ぶっ飛ばすぞこのパン」

「フォロー出来ない言葉は使わないで絶対」

 パ、の形に口を開いたまま急停止した我轢、ン、と言うように唇を結ぶ。

 とまれ。

 端的に言えば炎上上等を意見とする立場、或いは自分は孤島でから笑う鬼かと思えば、そんな我轢に意外な援軍が加わる。

「あたしも正直、つけびして煙り喜ぶ田舎者には好きにやらせとけと思う」

 エリカだ。

「人気と実力、どちらがものを言う世界に生きてるかにも拠ると思うしやらかしの内容も左右すると思うけど、向こうが火だるまにしてる積もりでも的を射てない意見で責められてるなら本人屁の河童だったりするでしょ。周りに支える人がいれば尚更」

「御免だけどもっかい言ってくれる」

「だから未知の場合、顔ファン増やすような戦略に偏り過ぎなくても大丈夫でしょ、て」

「じゃなくて、その、へ、へ」

「屁の河童は分かるでしょ、使うでしょ普通に」

「て言うか、さ」

 座した姿勢から自らの腿を両の掌でぱんと打ちつつ、一際声を張った未知が、続ける。

「流歌の挙げた実例からは学べる事はなにもないのでは、という気はするな私も。もともとのアンチが悪意なんか本当はないとこからそれを都合よく汲み取って燃料にしたみたいに見えるもの」

「じゃあその炎上対策という事で言うと未知さんもする必要がないというあれでインスタの使い方についても今まで通りのあれな感じでやってくみたいに考えてるって事でしょうかやっぱり」

「うん」

「浅薄で生半可なあれで炎上を目的に声ばっかり大きく騒ぎ立てるだけなら実際に燃える事になるとしてもやればいいじゃんどうせあれだしお好きにどうぞって事であれがあるぞって事でしょうか覚悟」

「そうだね。ただ、それとく、く」

「クィアベイティング」

「クィアベイティングの問題はまた別個で考えるべきだろうから、どんな場面でどういう立場からなにを言ったらそれに当たるのか、とか、ちゃんと自分の中に基準を持つようにしないといけないのかもね、そのく、く」

「クィアベイティング。なにそれ言わせたいだけ。言葉責めかなにか」

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 果たして。

 当事者不在でも成立してしまうような虚実不問の虚ろな姿は暴かれたのかも分からない、しかし、改めて向き合うとそこには、母親の説教に宿る口答えを許さないような圧のやはり感じられ、我轢は。

 目一杯振り被っておきながらぶつけた後のフォローをしてもらえないのであればと咄嗟に言葉を飲み込み口を噤んでしまった不甲斐ない自分に対し、それをまた俯瞰して見ている自分が。

「この意気地無しが」

 と、口汚く詰っている様子を想像して密かにくすりと笑うが精々だった。

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 とまれ無視の出来ない宿題が確実に眼前にそびえ立つ、その憂鬱を一時だけでもシャットダウンさせるような心持ちで我轢が、アプリを閉じようとスマホに手を伸ばした瞬間。

「あああちょっと待ってくださいがっちゃんさんあのがっちゃんさんに訊きたい事って言うかあれなあれがあるんですけどちょっとだけあれですかいいですか時間的なあれ」

 どたどたと、スピーカー越しに流歌の声に追い掛けてこられて思わず立ち止まる。

「その呼び方止めろっつってんじゃん」

「あの我轢さんと同じ学校で同じ学年に死郎さんて人がいて我轢さんと同じ仲間って言うかグループの人の筈なんですけど知ってますかって言うか知ってると思うんですけどどういう人ですか」

 死屍毒郎シカバネドクロウ、通称死郎シニロウ

 その名前をおよそ面識などないと思われる流歌の口から聞かされ、我轢が面喰らう。無言になったその隙に、という具合にエリカが身を乗り出す。

「なになに、死郎くんなら外にいる筈だけど、呼んでこよっか」

 携帯の電波はおろか外来語も届かない山奥の孤児院出身者の内の、女子が集まり生活の場としている旧い造りの一軒家、ここに現在、我轢の口利きもあって、未知とエリカは住まわせてもらっており、その住人の指名により住み込みの用心棒として死郎が、庭にて天幕生活を送っているという次第。

「でも彼、母屋には足を踏み入れないよ頑なに」

「じゃあこっちから、タブレット持って押し掛ければいいじゃん」

「駄目ですよそういうのあれする人です迷惑がられます絶対止めといた方がいいです怒られます怒らせてしまいますそれか呆れられるか絶対あれです」

「ちょっと」

 と、未知とエリカの二人が顔を見合わせふふふと微笑む。

「随分と調べ上げてるね、流歌」

「じゃないですじゃないですあれです違います」

 言いながら流歌が激しく、小刻みに頭部を左右に振ったのはその長髪で顔を隠す為、それこそ彼女が背景画像に設定しているうらびれた古井戸が棲み家だと言って通用しない筈のない、姿形になる。

「街でこないだたまたま見掛ける機会があって凄く目があれであれが凄くて確か我轢さんの事を調べた時に見た人だと思ってそれでちょっとあれ電波がちょっとあれですか悪いですか電波があれですね電波があれならもう電波ですね」

 ぷつり、という音が聞こえてきそうな程に見事な回線の不安定が原因に見せ掛けた退出を決め、流歌が画面から落ちる。

「これはあれだね、もうあれだろうね」

「そうだね、あれだね。間違いないね」

 またしても顔を見合わせ、未知とエリカがふふふと含み笑い。

 その態度を不快なものだと流歌が訴えればきっと問題になるに違いない、が、そうした懸念される全てに万全な対策を講じた世界はきっとディストピアだ。

 おはようおやすみご機嫌よう。

 挨拶を除く喋る言葉の全ては禁じられ、肉の味のするゼリー状のなんらかを喉に通す行為が食事に置き換えられる、然らば男のロマンなぞは搾精器によりスポイルされて臨終だ。

 四分間、延々とこんにちわと声を張り続ける事を漫才と呼ぶようになるのだ。

 そんな想像にぞっとして我轢は、世論とされるものに対しうるせえな、と心中で突っ込みながらそっとスマホをシャットダウンした。

('22.12.10)


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