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05 愛/真心ブラザーズ

 きっと一番に効果的だという確信、即ち明確な意思を以て今回初めて、今までは使用を避けてきた直截的な表現を投入した。それを無断で変更された。だから毎度の事だと分かってながらも脚本家は逆上し、素知らぬ顔をしている演出家に罵声を浴びせた。

「今回ばかりは勘弁ならねえ、変更が必要な理由を説明してもらおうじゃねえかしっかりと」

「変更じゃなくて改善、元が詰まんないから良くしただけ」

 まるで風圧を感じてないみたいな様子の演出家、小さなため息を零して続ける。

「せっかくの好い流れをくだらないエゴで止めないでよ」

 脚本家に呉れたのはほんの一瞥、演出家が直ぐに舞台上、稽古中だった演者たちに向き直る。

「ごめん再開しよう、シーンの頭からお願いね」

「しないしない再開しない、まだこっちの話は終わってねんだよ」

「終わりも始まりもない、変更は絶対。直截的表現なんて陳腐で退屈。そこをあんたが譲らないって言うならこの本はもう使わない」

 食い下がる脚本家、取り付く島もない演出家。まるで犬も食わない痴話げんか、それがいつもの光景と言うみたいに演者たちも各々で小休止を入れる。

「絶対、なんて言葉を使う奴が間違えなかった例はねえかんな、それが世の常だ」

「間違うリスクも背負い込める人間がお宝まで到達出来るの。ちょっとは危険を冒しな」

「変更はいいんだよ、言い分があってやってんならこっちも呑み込むよ。ただ黙ってやんなよ、普通は報告なり相談なりするだろって話だよ」

「無駄な手順じゃんそれ。どっちにしたって変更はするんだもん」

「手順の話じゃねえ、感情の話だ。生憎と俺は人間なんだよ、そこ尊重すんだろ普通は」

「普通普通うるさいな。だったらその感情を働かせなよ、ただ曖昧なだけの直截的表現でお茶を濁さないでさ」

 コンビネーションは見透かされフットワークも封じられた、消耗の果てにコーナーに追い詰められたボクサーよろしくの脚本家が、今回の決め技と信じた直截的な表現を絞り出すように演出家にぶつけた。

「愛しています」

 或いはそれは。

「茶柱が立ちましたよ」

 敗北を納得する為のノーガード。

「愛しています」

「この街には下剤が必要だ」

 その結果を自ら受け入れた脚本家はどうにかやっと。

「愛しています」

「ほうら、エリマキトカゲだよーん」

 自分の頭の中でだけで鳴る10カウントを聞き真っ白に燃え尽きた。

「その台詞、採用だ」

「頂戴しますでしょ、無礼者」

 そうして稽古が再開される、いずれ幕が上がるその日に向けて。



                               ('21.4.4)

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