track 09 「節穴ですね目が絶対」
注目すべき大会参加者のプロフィールから会場周辺で評判の好い飲食店情報の収集、或いはまた宿の手配などを担う陰の存在により、小山内未知と外海エリカ、二人の、地方開催のeスポーツ大会を廻る全国行脚は支えられていた。
「やっと正体が判明するね」
「すっぽかされる可能性とか考えないよね、エリカは。それとか替え玉立てるとか」
流浪の日々に終止符を打ち、拠点を構えプロゲーマーとして本格始動する、その第一歩に未知が選んだ大会が男女ペアのトーナメント、参加条件を満たす為のチームメイト候補にゲーマーとしての実績はおろか知名度も皆無だった筈の山我轢、通称我轢を推挙したのも陰の存在。
「自分から会おうって言ってきてそんな事する人、いる」
「直前で怖気づくとかは全然、あると思うけど」
「昨日の決勝の時の未知みたいに」
「意地悪」
「そういうとこ、この子ほっとけないって思わせるの」
最早チームマネジメントを担う存在と言って過言ではない彼、或いは彼女との報告、連絡、相談は常にインターネットを介し文字上でのみ行われた。故に直接の面識は未だなく、初の対面を今日これから果たそうというところ。
LRCと表記してりるかと読ませる、そのアカウント名は明らかに未知のプレイヤーネームに倣ったもの。
「で、アイコンも未知の使用キャラの設定ラフ画ときたらもう、絶対萌え豚的ななにかの媚び行動的ななにか」
更には彼、または彼女が待ち合わせに指定した場所が焼肉屋、しかも可能であればランチを一緒にという希望を添えて。
「まぁ、癖の強い人だろうなって予想はしてるけど」
「でも任せて安心だよね」
「それはね」
「選んでくる情報とか常に女子目線だしね」
「確かにね」
果たして現れたのは、胸下まで届く長髪を洗い髪のままにして気にする様子もなく、まるで幽霊画から抜け出てきたような雰囲気を醸すセーラー服姿の少女。
名は流城歌呼、自称流歌。
「本名嫌いで名乗りたくなくてそれで昔に勢いで名乗ったあれで客観的に見たらたぶん中二病的な痛いあれなんだと思うんですけどでも本当に本名嫌いで絶対名乗りたくないのでもう今後ずっと流歌として生きていくみたいなあれのあれです」
日頃から想定し、推敲している通りに受け答えしたみたいな怒涛の早口、且つ、伏し目勝ち。未知とエリカは確信する、目の前の、対人能力赤点少女が替え玉などである筈がないと。
「でもなんで焼肉」
「地元にしかないご当地チェーンで凱旋をお祝いするのがやっぱり最高のおもてなしだと思ってあれしたんですけど予算のあれもあって中学生の自分には情熱ランチが精一杯になってしまったあれなんですけどよく考えたら女子っぽくないなと思ってあれなら変更でも大丈夫です」
「いや最高っしょ、赤門。そういう事なら」
「でもご馳走してくれる気でいたならそんな事させないよ、チームメイトなんだし」
「あと凱旋じゃないね。未知、昨日負けてるから」
エリカがそう言うと、にわかに流歌が語気を強める。
「あれは勝ちですよ誰がなんと言おうと絶対NRNCさんの勝ちですよ勝負に勝った的なあれで試合には勝てなかった的なあれですけど負けとか言ってる奴は節穴ですね目が絶対自分じゃ勝負した事ないような臆病者ですね絶対」
声援や励ましを受けたものに責任と義務を負わせるならその愛は一方通行、不幸の始まりに過ぎないだろうが、正しく投影された理想が原動力に変換されたならその関係性は愛だ。
「未知でいいよ、流歌」
肩に、無駄な力が入るほど興奮していながらやはり伏し目勝ちな流歌に向けて未知が、微笑んだ。
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track 09 「節穴ですね目が絶対」
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清冽が魚を遠ざけてしまうように、純粋なるものがそれ故に含む毒。或いはもっと手前で引き返せばそれは単純に無垢。
ものを説明する為のマニュアルが効率化と引き換えに親切さを放棄した事態を不本意としたならば、その不足を補おうとするツインテールの彼女の行為は自己満足に終わらぬ丁寧な接客、無垢なるの仕業。
そしてそれは時に求められ歓迎される、そうした場であれば滅法に振り回したとてその暴力性を咎めるものはいない。
「ポテトも一緒にご注文するといいと思うのです。美味しいので」
「お得なのです。別々で注文するより70円もお得なのです。ドリンクも頼んだ場合です」
「ドングリはないのです。ドングリはメニューにないので頼めないのです」
「ちゃんこもご一緒にどうですか。美味しいので」
「要らないですか。そうですか」
「本当に要らないですか。美味しいのですよ」
「ではまた今度お願いするのです」
詰まりツインテールの彼女が担当するレジに敢えて並ぶれんじゅうというものは、反マニュアル主義を掲げ自由をこそ求める或る意味では肚の据わったものとも云える。
そしてまたツインテールの彼女と、マニュアル通りの接客を行い彼女の三倍速で客注を捌いているポニーテールの彼女が、同じ時給で働いている事態は公平という概念の定義を改めて問う挑発などではなく、況してや世界の不思議でもなく常態だ。
どす恋バーガー。サイドメニューのちゃんこ鍋を通年推しする一貫した姿勢で業界の先頭を走るチェーン、その宝町駅前店。
注文カウンターを自然に観察出来る店内席に着き、胃弱に悩まされていそうな骸骨顔、それは彼の着衣であるところの市立高校の制服をコスプレかのように見せるほどの、で珈琲を啜っていた弔作は、暗黙の了解のもとに安穏が保たれている箱庭世界を見るとはなしに眺めている内にうっかり、意図せず道祖神を蹴倒してしまうみたいに疑問を抱く。
自分はなにとたたかっているのか、と。
そこへ、アルバイトの面接を終えた呪運が戻ってくる。腕っ節には自信がありそうな角刈りの彼はまた情緒に欠く、弔作の表情にその感慨を見て取るなどしない。
「不採用だって。なんか今回は体重制限設けてるらしくて俺はそれを満たしてないんだってよ」
「それは残念でしたね」
「でもちゃんこのおかわり無料クーポンくれたから、今度、流王さんも誘って来ようぜ」
「それは楽しみですね」
弔作のそれは傍から見ても明らかな生返事、その態度を呪運がまた意に介さぬも二人の常態。
暫く、注文カウンターを眺めていた呪運が口を開く。
「あのちんちくりんのが雇われてて俺が不採用とか、意味わかんねえよな」
「今回の募集はデリバリースタッフでしたよね。そのポジションが求める資質と候補者の個性が合致するかどうか、重視されたのはその点なんじゃないですか」
「俺あのちんちくりんより役立つと思うけどな」
弔作が小さく溜息、成立していない会話を切り上げる。ところで、と言いながらスマホの画面を呪運に向ける。それは、死屍毒郎、通称死郎による喧嘩代行業を始めた旨を伝えるtweet。
「こっちのちんちくりんは相変わらず糞生意気だな」
「我々はいずれ決着の場に小虫を引き摺り出さねばなりません、それが因果応報だと第三者を納得させるお膳立ての上で。その前奏曲の一案として、きゃつを血祭りにあげる選択もあるんじゃないですか」
「飛んで火に入る夏の虫ってか。こりゃバイトなんかやってる場合じゃねえな」
自分はなにとたたかっているのか、そんな疑問を呪運はきっと抱かない、そうした思考の檻に囚われるものがいるなどと露ほども思わない。
だとすれば弔作が面し、そして考えるべきはたたかわざるを得ないとする思いを自然と抱かせる原因が自らの潜在意識なのか、現代社会の構造的問題なのか、或いは前世からの因縁なのかという事。
それともそれが共通言語として機能し、そして殊更に違和感を覚えぬならその時間は後にモラトリアム期と認識されなんらかの価値が付加されるのかもしれない。
テーブルを軽く二つ、叩く音で弔作は我に返る。既に席を立っている呪運に釣り上げられるように視線を上に向ける。
「早速、流王さんと合流して作戦を考えようぜ」
ならばたたかわざるを得ないとする思い、その矛先が向くものの正体が判明する時もまたいずれ必ず訪れるのだろう。
「それはいい案ですね」
そう答え弔作は、呪運の後に続いた。
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「ところで流歌」
と、程好く焼き目の付いた豚コブクロをレモンフレッシュダレにくぐらせながら未知が続ける。
「今日、学校は」
「学校というあれは自分は常に同調圧力を強く感じるあれで可能な限り行きたくないと思ってるんですけど情報収集にはとても適したあれなので一応毎日行くようにしてますでも本当に嫌いですそこにいる人も好きになれるようなあれが少ないのでとても」
「そういう事じゃなくてさ」
と、程好く焼き目の付いた豚コブクロを会長GOタレにくぐらせながら未知が続ける。
「今日、もしもサボったって事ならそれは問題にしなくちゃいけないよ」
「サボったと言うか自分は行事とかでもいつも透明人間みたいなあれなので義務は義務ですけどそれを果たす事でなにがあれするのかとかそもそも誰に課されてるのかとか考えたら自分にとって大事だと思う事を優先する日があってもいいんじゃないかと思ってあれがあれです」
肉の焼ける音と煙、その隙間を縫って対面から届く未知の刺すような視線をおでこの上辺りに感じながら、流歌が居心地が悪そうにする。そこにエリカが助け舟。
「素直にごめんなさいしな、流歌。未知は車が走ってない夜だっても人が信号無視するのを許さないタイプだよ」
「サボりましたサボりましたけどでもお二人とこうして直接会えた事の方が自分には意味があるあれだって絶対ごめんなさいあれがあれでしたごめんなさい」
「うん、許す」
地元民に愛される焼肉屋のご当地チェーン、赤門の上級者はオリジナルのアレンジたれレシピを持っている。
ネット上のそんな情報を鵜呑みにし、幾つかのそれを頭に叩き込み二人に披露して感謝され褒められる予定が、緊張と、慣れない他者との会食の席での失敗が重なりアクセサリー不使用を信条にして譲らない人間のスマホの画面みたいに心がバキバキ、結果、抹茶塩とわさびが山盛りになっていただけの流歌のたれ皿に、そっと、程好く焼き目の付いた豚コブクロが乗せられた。
視野の端、そのギリギリで捉えるように俯けた顔をミリ単位で動かして見た未知は、肉の焼ける音と煙のその向こうで優しく、微笑んでいた。
('22.6.21)
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