見出し画像

つくえ の はなし

10年前、実家を出るときに机を置いてきた。
小学生になるときに大工の父が作ってくれた木製の机。
マンガ家になりたくて、マンガを描きまくった机。

夫と暮らし始めるときに、ガラスの天板のおしゃれなデスクを色違いで買った。
夫はガンプラを作り、私は資格取得のため勉強したり、たまに絵を描いたりした。その頃はもう夢破れていた。

別に、またマンガが描きたいというわけではない。
机を作ってくれた父は3年前他界した。
最近になって、実家の窓際で色褪せている机を、
なぜだかどうしても連れて帰りたい。
なんでだろうか?

次の土曜日に机を取りに行く、と母に電話して、
その土曜日に風邪をひいて発熱。
次の週こそ取りに行くと言って、小雨が降っていたけど
軽自動車の後ろのシートを倒して、
念のためメジャーで机が載るか測って、
ついに、窓際で花瓶を置く台にされている机を迎えに来た。

「一緒に帰ろう」
心の中でつぶやくのではなく、実際口に出して言った。
どちらにしろ連れて帰る気なので返事はなくてよかった。
車に載せる前に水拭きすると、
タオルが茶色になった。
何回拭いても茶色になる。汚れだけではなさそうだ。
スマホで調べると、木製の家具は色落ち?する、
オリーブオイルや蜜蝋を塗るといいとのこと。
帰ったらメンテナンスしてあげよう。

そうやって、いつもの部屋にわたしの机がやってきた。
ソファに座って眺めながら、
法事の時に会った叔母が、とくこ の机はすごく片付いていてびっくりしたことがあると言っていたのを思い出した。
20年前くらいのことを言っていたんだと思う。
マンガを描く道具と資料、
飛行機のコックピットみたいに必要なものが手の届くところにある。
ほんとにどこへでも飛んでいけそうだった。
楽しかった。ものすごく楽しかった。

次の休みに蜜蝋を塗ってみた。
茶色が濃くなり、懐かしい色に戻った。
いっぱい描いていた頃のあの机の色に戻った。
ほら、いい色になったでしょ?
夫は 分かんない と言った。
誰かに話したい、帰ってきたんだよ、あいつが帰ってきたんだよ!
おかえり!!

夕ご飯の準備をしている間に、4歳の息子がわたしの机で絵を描いていた。
コピー用紙に大好きなトラックの絵が描いてあった。
机の上にぎっしり何枚も並べてあった。全部トラックの絵だった。
この机があると何か描きたくなるよね、
デスクチェアの向かい側にもうひとつ椅子を用意した。
いつでも息子が座れるように。

たぶん、この10年、
心のどこかで思っていた、この机に会いたいと。
だけど、あの頃何もかも変えたくて、引っ越しを機に大きな存在だった机を変えたのだった。
ガラス天板のおしゃれデスクも素敵だったけど、
ガラスは冷たくて、文房具があたるたび カンッ となる音が苦手だった。
憧れて買ったんだけど。
木製の新しい机を買おうかと思ったこともあった。
でも、それもなんか違う。
傷だらけで、コップの跡も消えないのに、
なんでこれがいいのだろうか、
父の形見のように思っているのだろうか?
たくさん描いた思い出があるからだろうか?

気がつくと、特に何かするわけでもないのに机にいる。
コーヒーを持ってどこで飲もうかと思って座っている。
居心地がいいのかもしれない。
ここが私の居場所、というやつだろうか。
わたしが ここ に帰りたかったのか。
だけどなぜ、ここ に帰ることを許せるようになったのだろう。

息子がやってきて、向かい側に座った。
手には折り紙を持っている。
袋の裏の折り方紹介にトラックがないと言って
泣いていた。
スマホで調べると、トラックの折り方がみつかった。
トラックとかあるんだ、おもしろいな。
うまく折れないところは手伝って、
ハサミで切るところは折り線からちょっとずれても気にせず息子に切ってもらう。
タイヤの部分をちょこっと折って裏返すと、
トラックのできあがり。
ぶぅ~ん と言いながら折り紙トラックを走らせ
息子はごきげんになった。

こんな風に、この机で自分の子どもと遊ぶ日が来るなんて、
10代のわたしは想像もしなかった。
楽しい。
息子が、遊ぶ楽しさを思い出させてくれたのかもしれない。
だから机を迎えに行こうと思えたのかもしれない。
この机でまた、楽しい思い出が増えるといいな。
たまには、蜜蝋を塗ってメンテしながら、
ずっと 一緒に暮らそう。

こんな話を誰にしたらいいのだろう。
noteでも書いてみようかな、
つくえのはなし。

この記事が参加している募集

こだわりデスクツアー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?