メンヘラオタクと化した女の行く末とは


推し事が辛くなった。


推し疲れ」という言葉が以前、Twitterでトレンドに入っていた。
推しを追うことに疲れた、又は私生活が忙しく推しを追う暇や余裕が無い、現在はコロナ禍の影響で従来行われていたライブ活動や現場・オタ活が思うようにいかずオタクから離れてしまうということも考えられる。そして、かくいう私もおそらく「推し疲れ」を感じている。

推しのことは依然として大好きだし、限界大学生の身分であるため社会人オタクの方々と比べれば比較的……いや割と暇だ。更には、あまり現場至上主義オタクでは無かったので現場がないストレスはない。(むしろ配信ライブはアーカイブ期間中何回も見れるしメモもしやすいし隣の人や周りの人の声が聞こえなくていいし米粒豆粒みたいな推しではなくしっかりカメラが捉えてくれるから映像の保証もあるし何より値段が安いし交通費がいらねぇ)
……違う違う、配信ライブの魅力を語ろうnoteではない。


どうして突然そんなことを言うか。多分今までは、オタ活が「辛くなる瞬間」も「楽しい瞬間」が勝ち越していたのでそこまで問題を感じていなかった。
だがあるキッカケを境に、そのバランスが崩れた。自分の中ではオタ活をするに弊害が起きるような事態になったので困っている。


そのキッカケこそが、推しグループの解散発表。


あの日あの瞬間から、自分でも分かるくらいハッキリとオタクとしての人格が変わった。いわば情緒不安定のような状態で、発表を聞く前の私をフラットな状態(他者がどう思うかは知らないが主観では)とするならば今の私は「メンヘラオタク」そのものである。推しが絡むと感情がグチャグチャになって結果しんどくなるし、分かってても感情のセーブが効かない。訃報でも悪いニュースでもない情報一つ一つに苦しくなるのでTwitterも見たくないのに、やっぱり見ちゃう。その人を思うがあまり苦しくなる癖にその人に依存してるメンヘラ女と一緒。

ということで、メンヘラなオタクと化した私が日々オタ活をしてる時にしんどくなる瞬間を吐かせてください。

(一応言っておきますが、元来持っていた私の性格が原因なのであって、推しがこうだから悪い~周りのオタクがこうだから悪い~だなんて微塵も思ってません。
そして「推しのことを考えるほどしんどくなる=私の推しへの愛が周りより大きいからだ」などとも思っていません。愛の重さ=オタクとしての素晴らしさでは無いですし、自分が一番推しを好きでいるんだという驕った考えはありません。ただの自分語りだと思ってくれれば)

メンヘラの定義も人それぞれですし特に正式なものはないので、各自でお調べ下さい




①心がしんどくなるのが分かりきってるので、映像やインタビュー記事、雑誌が読めない



これはかなり困っている。何せオタ活になっていないのだから。
三次元のアイドルを推す以上、推しを追うためのコンテンツとは必然的に歌番組やTVのメディア・雑誌・公式のSNSや公式YouTubeによるものが主となる。それが見れないのである。
本人たちが何気なく使う「最後」「もう残りわずか」という言葉へのアレルギーだろうか、本人たちは悲しい雰囲気にさせまいとしていても、解散に対するメッセージや解散発表をしてから綴ったファンへの思いなんかを聞くとブワァッと泣いてしまうし、歌番組を付けても「この番組出るのもしかしたら最後かな」「この曲聞けるの最後かな」なんて思うと推しは笑ってるのに心が曇る。過去の映像を見ると、「この頃は解散発表を知らなかったからな」などという最悪な感想を抱く。そして、そんな最悪な感想を抱く自分に自己嫌悪を覚えダブル病み。これを負のループと呼んでいる。
いわば感情の起伏が激しくコントロールが出来ないのである。

ループにならないようにするには、悲しき哉推しのコンテンツから少し距離を置くしかない。買える範囲のコンテンツを買って、見れる範囲の映像は録画してあるが、再生を押すのに勇気がいる。封を開けるのに勇気がいる。早く楽しく推しを見たい。



②Twitterのファンのツイートをいちいち気にしてしまって辛い


Twitterとは、同じジャンルや推しを追う方々と気軽に繋がることが出来る、又は繋がらなくとも同じ界隈のオタクのツイートを見ることが出来る、オタ活には有難い世界であるが、人の意見は十人十色。人への悪口やら誹謗中傷は良くないが、歓喜の声から賞賛の声、また批判の声や不満の声までどんな意見でも存在しうるのがTwitterである。
そして検索結果をスクロールしていけば、世論という物が多少なり把握出来る。様々な意見があるとはいえ、スクロールして肯定的な意見が上位に沢山あれば、一つの事象において世論は肯定的な意見が多いのかもしれない、又はその逆も……なんてことは、日頃SNSをやっている方々なら頭でではなく身体に染み付いているだろう。

そして推しに関する話題において世論(Twitterの意見が完璧な世論の声ではないが、ここでは私がそう呼んでいるので便宜上そうさせて頂く)が自分の意見と違うと、「自分が間違っているのでは」という感覚になってしまう。


大きい声で言いたい。


そんなこたァない!!!!!!!!!!!!!!



そう!分かってんの!上にも書いた通り人の意見は十人十色!乳酸菌ですら人によって違うのに意見が全オタク一致する訳ない。
それに何より、解散発表を受けて残りの期間楽しく悔いなく推しを追うと決めた前向きな人間VS解散発表すら受け入れきれず何の媒体も見れないメンヘラ野郎  の戦いなんぞ、喧嘩ふっかけたって2秒でKO負け。
分かってる……分かってるんだ……

なのでTLにあるFFさんのツイートや沢山流れてくる、歌番組の感想や新曲の感想、公式動画のまとめなんかを見ると「それについていけていない自分が悪い」「それが世論であり正しい意見」「私はこう思ったけどみんなは肯定的な感じだし……」と考えてしまいツイートが出来ない。してもすぐツイ消しする。
自分の本音を言ったと思えば直ぐにツイ消しばっかして、これではFFさんに対してもメンヘラ女みたいなことをしてしまっている。これは良くない。


だが、これを聞くと人は必ずしもこう思うだろう。

「ならTwitter辞めればよくね?」


Twitterしか生き場所のないオタクっているんだ!!!!!!!!悲しいことにな!!!!!!!(泣)


そもそもメンヘラとは、承認欲求の塊。
オタクとしての心と承認欲求の心がせめぎ合い、一つでも、単なるTwitterのアカウントの一つにすぎない中だとしても生き場所を失うのが怖い。これは一種のTwitter依存。
とはいえ、私は見ての通りの性格と話をまとめることも出来ない長い自分よがりなうるさいツイートばかりだしとっても根がチキンで自ら話しかけにいけないので、FFさんと親しく絡めないし仲の良さそうなFFさん同士のリプでの会話や空リプを見ては疎外感を覚える人間なので……別に無くなったとて人間関係に直接影響は無いのがそれはそれで切ないところであるが。


ということで、Twitterから完全に離れたりは出来なかったけど、たまにどうしても見たくなってTwitterを見ればFFさんが喜んでたりテレビ番組のリアタイ実況ツイや雑誌のネタバレにならない感想のツイートを沢山見て、しんどくなるという日々を送っている。これも負のループ。


③グッズ全買い出来ないしCDを買えば買うほど良いみたいな風潮に自己嫌悪しちゃって苦しい


世の中には同じ曲なのにCDを何枚も買うオタクってごまんといる。特典がそれぞれ違うから形態ごとに集めるのは分かる。予約店舗によって特典も違うし分かるよ分かる。保存用と観賞用と布教用……分かる。
そして非オタの方々からすれば「全部一緒じゃんw」だけど、私たちからしたら「一緒じゃないの!」となるなんてのもオタクあるあるかもしれない。

学生オタクも多いし、オタ活にはお金が鍵であるものの無理のない範囲で、推せる範囲で推して、買いたいものだけ買えばいい。無理に買う必要なんか全く無いし、「必ず全部買えよ」なんて推しは言わない。


だけど、「最後なら全部買わなくちゃ……」という義務感が私を迫り立てる。悲しい哉、タイムリミットは存在している。そして今の情緒では買っても見れなくたって、いつの日か買わなくて後悔する日が来るのが怖い。なので全形態買う。金がなくなる。届く。内容はしんどくて見れない。Twitterには感想と届いたというハッピーなツイートが並ぶ。余計辛くなる。でも買う。
山のようにCDを買い、積んでるCDの写真を載せているものを見ては「あぁ、推しへの愛がすごい……やっぱ私なんか……CD積まないし……」という、抱く必要のない感情を抱く。これぞ無駄なネガティブ。
基本的にメンヘラは自分に自信が無いため、そんなこと思う必要ないって分かってるのにCDを沢山買って売上に貢献しようと出来ない自分に落ち込んでしまう。

ということで、現在我が家には封の開いていない指紋つかずの綺麗なままの円盤やCDがたくさんあります。シリアルコードがあったら期限が切れてしまいますが、シリアルコードを見る精神力が。Give me……


④人と絡むことが出来ないしキツい


②でも若干触れた、オタク間の関係性問題。
オタクがオタ活をする際に行動するパターンとしては、1.一人  2.同じものが好きなリア友 3.同じものが好きなネ友  の3パターンが多いのではないだろうか。
ちなみに私は基本1.ばかりだ。後者二つもいない訳ではないが、圧倒的に一人。
理由は友達がいな……ゴッホンゴッホン、大きな理由は「オタクとずっと一緒にいるのもしんどい」から。

仲良くさせて頂いてるネ友の方々も僅かながらいらっしゃるし、Twitterやネットの繋がりは安全に信頼出来る方と確信できた場合(ネット繋がりでの問題もないとは言いきれないので)なら結構アリだと思うし、世代も地元も違う知り合いが出来るっていうメリットもある。オタ活にも仲間が多い方がグッズ集まりやすったりチケットを取る協力したりきっとメリットがあるしね、
とにかく礼儀と節度を守り、ネ友の方々と繋がるのは良いと思う。


だけど、さっきも言った通り人の意見は十人十色。仲の良いネ友の人と会話していようと、解散が受け入れられているか否か   で主張思考は大きく異なる。
私は前者にあたるため、解散をしっかり受け止め前に進むオタクの方々にネガティブな思いをぶちまけづらい。いつまでも成長しない、推しの選択を受け止められない人間だと思われてしまう、と必死に取り繕うも、しんどいもんはしんどい!!!

Twitter上の会話やツイートでもそう。推しやオタ活に対する姿勢だって人それぞれなんだから。
解散を受け入れられないからメディアを全く見れない私は客観的に見たら「推しの選択を認められない心の狭い自分のことしか考えてない利己主義メンヘラ」って思われてるんだろーなと思うとツイートも会話も躊躇ってしまう。(誰もそんなこと言ってねえよ)
人の目を気にしてかべうちのように心の内を書いたツイートをして、それもツイ消ししてとメンヘラTwitter活動中。メンヘラオタクにTwitterを持たせ自由にさせすぎると溢れる思いとそれにより歪んだ感情で紡がれたツイートにより見ている周りが不快に思うかもしれない。どうにかTwitterを辞めても自分が保てるようになりたいです


……とまぁ、要は本当にメンヘラ。メンヘラな性格を推しやオタ活にぶつけてしまい、ぶつけたことに自己嫌悪して病む連鎖を引き起こしている。
これ、改善しづらい。だってどうこっちがもがこうと、推しの解散は覆らないから。時間は刻一刻と迫り、その迫ってくるストレスでメンヘラレベルがupする。
ではどうすればいいか?これは根本解決になってるかは分かりませんが私が見出したものはこれです。


一人で出来る趣味を見つけよう。



……推しから逃げてる?いやいや逃げてない。
そんなの見つからねえよ? いやいやどっかに必ずある。


一人で追える推しでもいい。別のものをみつけよう。



出来ればSNSでの評価や意見があまり関係のないもの。自分のペースで追えるもの。目につく周りにそのジャンルのオタクが沢山いすぎないものがいいと思う。
要は、「他者の意見を気にすることなく、自分のペースで無理なく応援できる」ものや「他者と比べたり膨大なコンテンツを見なきゃ!という義務感で見る必要のない」ものが大事。人と比べちゃいけない、かと言って疎外感を感じないように己のペースで追う趣味だ。(あと、私みたいに解散とかの報道でメンヘラ化した時は解散とかがあんまり関係ない界隈がいいかもしれない……ゲームとか漫画とか)

正直、「それが出来たら今のジャンルでそうやってるよ」って感じかもしれないけど、メンヘラになっちゃうほど大好きなジャンルだ。折角なら、こっちの心身も健康な状態で応援したいじゃないか。
少し推しから身を置くことは悪いことでも逃げでもない。好きでも距離を置くことだってある。


大丈夫!!少し離れたところから見る推しも最高だぜ!!!!!!



同じように推しに対してメンヘラな感情を拗らせたくないのに拗らせてしまった方がいるなら、参考には全くならないけど同じ人間がいるよ……と届くことを願って……いや、「私はこんなメンヘラじゃないです」とか言われるとまたネガティブになっちゃうから届かなくてもいいかもしれないけど……しんどい!うっ!ありがとうございました!

推し!大好きだぜ~~!!めんどくせえオタクでごめんな!!

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