股関節内病変の診断と治療

難治性グロインペインについて宇都宮啓先生(東京スポーツ&整形外科クリニック)のご報告を紹介します。

 アスリートでは、思春期にcam変形が形成される頻度が高い。cam変形によってFAIが生じやすくなり、運動連鎖に変化が生じる。FAIが原因で股関節唇損傷に至ると、難治性グロインペインの原因となる。保存療法にて機能不全の改善を試みることで、多くのアスリートはパフォーマンスを回復する。時として重篤な関節内構造破綻をきたしている場合は股関節鏡手術の適応となりうる。股関節鏡手術では、股関節唇を修復し、股関節唇損傷の原因となっているcam病変を始めとしたFAI骨形態異常を修復する。アスリートFAI症例に対する股関節鏡手術では90%以上が復帰可能で、5ヶ月程度で競技復帰できる。FAI syndromeや股関節唇損傷が原因の難治性グロインペインと診断し、リハビリテーションに抵抗性の場合、手術に踏み切って術後リハビリテーションに注力したほうが、結果的に競技復帰時期やパフォーマンスが高いケースも存在する。

はじめに


 医師・セラピスト・トレーナーの計り知れない尽力のおかげで、難治性グロインペインの保存的治療は格段に進歩し、確率された。難治性グロインペインに見舞われても、多くの症例では競技復帰が可能である。また、少数ではあるが、確実に股関節鏡手術を必要とする症例が存在する。このような症例を見極める診断技術ら手術手技も確立されて、術前と同等あるいはそれより高いパフォーマンスで競技復帰が達成できるようになった。

1.FAIの概念

 Agricolaは、cam変形の弊害や発生機序について、精力的に研究を行っているオランダ人医学博士である。彼の研究をまとめると、大腿骨頭から頚部の骨隆起であるcam変形は変形性股関節症のリスクがあり、cam変形の尺度であるalpha角が83°以上であればリスクが約10倍である。元来、変形性股関節症の主たる危険因子と考えられてきた寛骨臼形成不全を有する症例の変形性股関節症のリスクが4倍であるから、これを大きく上回る危険性である。ところで、FAIに特徴的な骨形態異常として考えられてきたpincer病変は変形性股関節症発生リスクとしてはむしろ愛護的に働いている。このため本項ではcam変形に論点を絞ってFAIの論述を行う。
 股関節は肩関節と同様、球関節である。cam変形は球形であるはずの大腿骨頭の一部に生じる骨隆起であり、骨頭が一部非球形となるために股関節唇損傷や寛骨臼側の軟骨損傷の原因となる。このように、余剰骨によって寛骨臼と大腿骨が衝突する現象をFAIと呼び、FAIによって種々の症状が引き起こされる病態はFAI syndromeと定義されている。

2.思春期アスリートに生じるcam変形

 エリートアスリートのcam変形有病率は高い。おおむね80%以上の報告が多く、90%を超えるデータもある。スポーツ選手を対象にしない一般人口での有病率は20〜30%である。このため、cam変形ほスポーツ活動と密接な関係があると考えられているが、詳細は不明な点が多い。
Agricolaがcam変形の発生に関して重要な研究を報告している。まとめると①12歳の時点ではcam変形はみられない。②16〜18歳の骨端線閉鎖時期に合致して、cam変形が形成される。③cam変形の形成部位は、大腿骨近位部の骨端線と平行である。すなわち、cam変形は小児期には存在せず、思春期に次第に大きくなって、骨成長完了とともに完成する人がいて、それはアスリートの8割に生じる、ということである。
すなわち、15歳まではcam変形がなくできていた運動が、骨端線閉鎖時期にcam変形が形成され、寛骨臼と大腿骨の衝突を伴うようになる。思春期におけるcam変形の形成は、当然、運動連鎖に変化を与えると考えられ、時としてスポーツ傷害の原因となることが懸念される。

3.FAI syndromeで生じる症状

 股関節屈曲45°の位置で外転20〜40°に向けて外転させていくと、cam変形が寛骨臼に衝突し、大腿骨頭は下方へ移動して、寛骨臼と大腿骨頭の間にvacuum現象が発生する。
 このようにFAIが生じると、寛骨臼辺縁に圧迫力がかかる。このために寛骨臼の外側から内側へ剥がれる形での関節軟骨損傷、そして股関節唇と関節軟骨間に亀裂を生じる形での股関節唇損傷生じる。股関節唇内には自由神経終末が存在するため、このような運動で痛みを生じると考えられている。また、股関節唇は大腿骨頭に吸着して関節内を陰圧に保つことで安定性に寄与している。股関節唇に亀裂を生じると、股関節がわずかに不安定となるmicro-instabilityを生じ、股関節内の滑膜炎を生じる原因になる。これらが原因となって、股関節痛を生じる。
 FAI syndromeではら関節内のみならず、関節外にも症状が発生すると考えられている。衝突の瞬間、恥骨結合への負荷が生じることはバイオメカニクス研究でも明らかになっている。恥骨結合にbone marrow edema を生じるアスリートは散見され、FAIによる負荷が繰り返されることで生じるメカニズムは一理ある。しかし、cleft signも含めた発生メカニズムについてはFAIで説明が難しい部分もある。また、恥骨結合のみならず、仙腸関節など骨盤輪に影響を与えるメカニズムが論じられているが、未だに不明な点が多い。FAI syndromeと難治性グロインペインは概念として、一部にオーバーラップがあり、しっかりとした整理が必要な課題である。
 FAI syndrome、股関節不安定性や種々の代償動作によって、難治性グロインペインが引き起こされているという病態が完全に整理されれば、難治性グロインペインという概念が確立されると思われる。

4.FAI syndromeの診断

⑴理学所見


 理学所見として、flexion adduction internal rotation(FADIR)testの感度が最も高い。股関節を屈曲、内転、内旋させて股関節痛の有無を評価する。股関節屈曲90°で股関節に痛みが生じる場合(FADIR-90で陽性)と、股関節屈曲120°で股関節に痛みを生じる場合(FADIR-120で陽性)について、別病態を念頭に考慮している。すなわちFADIR-90が陽性ならば、股関節内に著名な炎症や器質的破綻がある、器質的インピンジメントを考える。一方FADIR-90が陰性でFADIR-120が陽性の場合は、骨盤の後傾連動不良がないかを注意深く診察する。pelvic mobirity testが最も重要である。このようなケースは機能的インピンジメントの可能性が高く、できればリハビリで完治を狙いたい症例である。

⑵画像診断


 cam変形は、単純X線写真でも判定が可能である。Dunn viewが最も良い検査法である。これは仰臥位で股関節単純X線撮影を行う要領で、股関節を屈曲45°、外転20°に保持して撮影するものである。この撮影を行うと、大腿骨頭の輪郭=接線は大腿骨頭の前上方に位置し、この部位でcam病変が最も大きく頻度が高い。
 関節軟骨や股関節唇は3ステラのMRIで診断する。特に、T2やプロトン強調脂肪抑制条件が診断に有用である。両股関節を同時に撮影するのではなく、患側にフォーカスを絞って、可能な限りスライス幅を小さく(できれば3mm程度)することで診断に繋がりやすい。1.5ステラMRIでも、条件を厳格にして丁寧に撮影すれば、診断することが可能である。

FAI syndromeに対する保存的治療
1.保存的治療

 FAI syndromeに対する保存的治療として、消炎鎮痛剤の使用ら関節内へ注射が挙げられる。関節内注射はステロイドやヒアルロン酸、PRPなどが実臨床で使用されている。また、間葉系幹細胞の注射も先行研究が進んでいる。
実臨床の場で特に使用頻度が高いのは、1%キシロカインとステロイドの混合薬液の関節内注入である。エコーがあれば容易に関節内へ注入できる。関節内に注射を行い、キシロカインテストとして即時に股関節内の痛みが解消されるかどうかを確認する。股関節内にキシロカインを注入すると、恥骨結合や仙腸関節の痛みも一時的に解消される症例が少なからず存在し、FAI syndromeという概念の存在を患者さんから学ぶ経験である。ステロイドとしてデカドロン3.3mgを使用することが多い。キシロカインの薬効は数時間で消失するが、ステロイドの効果時間継続時間は病態によって個人差がある。長ければ数ヶ月、症状が改善する、あるいは一回の注射でその後のリハビリがスムースに進み、治癒に至る症例も存在する。一方で、翌日には症状が再燃するようなケースでは、関節内の著しい炎症や重篤な構造破綻が懸念され、手術を検討する要素となる。

2.リハビリテーション


 FAI syndromeであっても、リハビリにおける基本的な戦略は一般的な難治性グロインペインと同様である。すなわち、①体幹を安定させて骨盤の後傾連動を促し、インピンジメントを回避する。、②腸腰筋をはじめとした股関節腱板の筋力を賦活化させ、大腿骨頭の求心性を得る、③クロスモーションを意識した全身の運動連鎖を獲得し、スポーツ傷害の予防・再発防止に努める。FAI syndromeや股関節唇損傷と診断されても、上記の方針でリハビリを行えば、手術を必要とせず競技復帰できる症例が、全体の8割である。

FAI syndromeに対する股関節鏡手術


 手術に関しては、宇都宮先生のご報告をご確認ください。

2.股関節鏡手術の術後リハビリテーションと成績

 関節軟骨に損傷がなく、microfractureを実施しなかった場合は、術後1週間の荷重制限の後、可及的速やかに正常な荷重を開始する。約3週間で松葉杖が外れ跛行のない状態となる。アスリートの場合、術後6週でクロストレーナー、術後8週でジョギングの開始を目指す。術後4ヶ月を目標に練習参加、5〜6ヶ月で競技復帰を達成する。
 サッカー選手の股関節鏡手術後競技復帰についてまとめた。平均5.5ヶ月で競技復帰し、競技復帰できたケースは全体の93%であった。特筆すべきは、これらのケースは難治性グロインペインと診断されてリハビリに抵抗性であった症例の検討である。
 このように、アスリートでFAI syndromeによって難治性グロインペインとなっている症例に関しては、リハビリで数年間、パフォーマンスが戻らない状態が続くような状況であれば、手術に踏み切る価値はあると思われる。一つの目安として、難治性グロインペインの専門家がリハビリを実施したにも関わらず、3ヶ月以上症状が持続する場合は、股関節鏡手術を検討しても良いと考えている。このような症例では、⑴関節内注射で一時的にでも股関節痛が改善し、運動連鎖も改善すること、⑵FAIに特徴的なな骨形態異常が確実に存在し、重度の寛骨臼形成不全ではないこと(軽度の寛骨臼形成不全で、cam病変がある場合は、股関節鏡手術を実施する価値があるケースも存在する)、⑶関節唇損傷が明らかで、軟骨損傷はないか軽度であり、少なくとも変形性股関節症には至っていないことという、3つの条件を満たしている場合に股関節鏡手術を考慮する。

感想

 手術が必要になるケースが少数ではあるが存在する中、保存的治療は格段に進歩し、確立されてきたのを知っておくことは臨床において必要な知識だと思います。
FAI syndrome=手術ではなく、リハビリなど保存で完治を狙える症例も隠れている可能性もあるので、臨床では注意していきたいと思います。

次回予告


次回 4月1日(土) 石黒翔太郎先生
『腰筋と腰神経叢の関係性について』

投稿者:中谷奎太

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