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KDDIミュージアム見学

先日KDDIミュージアムへ行って来ました。
大人の社会科見学です。
https://www.kddi.com/museum/

以前NTT技術史料へ行きましたので、NTTに行ったらKDDIも行っておこうと言う事で行きました。ドコモユーザーですけど。
最近できた施設でオープンが2020年の12月1日です。当然コロナ禍真っただ中で、オープンはしましたが見学ができない状態が続いていました。今回の緊急事態宣言の解除でようやく見学が出来るようになりました。

名前の通り企業博物館ですがガイドツアーがあるのはありがたいです。現状ではガイドツアーのみの見学にしているようです。
私が見学した回は10人弱でした。久しぶりの社会科見学と言う感じです。

最初はビデオでの紹介です。KDDIの前身は海外通信をメインとした会社ですので、KDDIの歴史も兼ねながら海外通信がどのように発展してきたかの紹介でした。
ミュージアム内の半分くらいはこのような海外通信の発展の歴史的展示と言った感じです。

ここでの一番の驚きは日本の江戸時代末期には海外ではすでに海底ケーブルで通信網が結ばれていた事です。海底ケーブルとは言っても通信できるのはモールス信号だけですが、この時代ですでにヨーロッパからアメリカ、アフリカ、アジアに海底ケーブル網が存在していた事に驚いてしまいます。
日本にも1871年(明治4年)に長崎と上海間、長崎とウラジオストク間に海底ケーブルが敷設されたそうです。日本への海底ケーブルはデンマークの会社によって敷設されましたが、世界的な規模で一番多くの海底ケーブルを敷設したのはイギリスだそうです。この当時のイギリスの国力の証明でもあります。

当時は受信したモールス信号を紙に印刷し、それを人が読み取ったのだそうですが、この読み取る作業は非常に難しく職人技だったのだそうです。なので読み取れる人はかなりの高給取りでエジソンも一時この仕事をしていたそうです。

モールス信号による海外通信は1960年代まで続いたそうです。1950年代になるとテレックスと言う方法が出来上がります。送信側がタイプライターで打ち込み、受信側からは穴の開いた細長い紙が出てくる仕組みです。
これを見て思ったのは、古いアニメのコンピューターから答えが出てくるシーンです。この表現ってテレックスの仕組みとごっちゃになっていたのかもしれませんね。

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その後は衛星回線で結ばれるようになり、さらに音声なども送受信可能な海底ケーブルの設置によりそれが現在まで続いています。

ちなみに日本の初期通信事業立ち上げには渋沢栄一も絡んでいて、KDDIの前身の国際電信電話株式会社の初代社長は渋沢栄一の孫である渋沢敬三だったそうです。渋沢栄一本当に何でもやってるな。

歴史的な展示を見終わた後はいきなり近代に飛びます。
壁一面に今までのKDDIの携帯がずらっと展示してあります。これは圧巻です。古い機種などは「あった、あった」と懐かしく見る事ができますが、年代順に並べられると棒状携帯→折り畳み携帯→アンテナが無くなる→スマホと時代や流行りの変化が分かりやすいです。

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特に2010年あたりにスマホが登場してから一気に変わったのが分かります。それまで約10年間試行錯誤されていた機能が一気にスマホで集約された感じでした。逆に昔に比べて機種ごとの外見的な変化は一気に無くなっています。

最後に最新の技術を体験できました。
すでに市販されているそうですが、スマホに繋げられるメガネが面白かったです。映像などは目の前のメガネに投影されるため映画館のような迫力ある画面で見る事も可能でした。
ですがこのメガネが重いのです。かけているだけで重さも結構感じますし、すぐにずり落ちてしまったりしました。操作もつないだスマホで行うので決して使い勝手の良い物ではありませんでした。
洗練されるにはもう少し時間が必要みたいです。

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これで見学は終了でした。
歴史的な内容については難しいのですがガイドツアーのおかげで説明してもらえたり、質問ができるので退屈することなく見て回れました。全体で1時間半ほどでしたが、そんなに時間がかかった感じがしないほど面白かったです。

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