見出し画像

回る春

 最近悪天候が続いている。
 東京ではもう桜が見頃だというのに、旬の短い春の一番おいしいところを食べ損ねている気分。

 自分を包む気候が暗いと、それに引っ張られてマイナーコードの薄暗い曲を選んで聴いてしまう。気候に聴く音楽が引っ張られる現象って誰かもう解明してくれているんだろうか、視覚情報と聴覚情報の一致?調和?みたいなことについて時間があったらじっくり調べて軽く論考でも書いてみたいなと逡巡している。今日はだるいから一文字も調べる気にもならない。仕事のために5時起きして頭が起きていない。眠い、むり。


 眠い中でも書こうと思ったのが、この連日の雨天を歩く中でヘビロテしている曲のこと。今年女王蜂がリリースしたアルバム『十二次元』に収録されている『回春』への胸の高まりを、耳打ちするみたいにこそっと誰かに共有したくなった。天候が良くなる前に書き記したい。

 2015年にリリースされた『売春』の続作と取って差し支えないであろうこの曲。高校1年生の時に聴いた『売春』をきっかけにどっぷり女王蜂にはまった身としては、『回春』という題名を見ただけでもう胸がいっぱいだった。


『売春』

あたしが売る春 僕が奪う春
あなたは被害者 君は支配者に

女王蜂『売春』(2015)

 一般的な「売春」という単語に含まれる一方的な少女性の搾取を匂わせつつ、けれど決して単なる男性=加害者/女性=被害者の二項対立の構図には収まらないそれぞれの負い目が複雑に交差する。
そして「思い出なんかにしたりしないで、せめて共犯者でいよう」と二人で歌い合わせて「二人が散る春」という結びの句で締めくくる。

 当時は、複雑なまま離れたんだなぁくらいの印象で、ドラマみたいなその複雑さにただ闇雲に憧れていた気がする。 

 相手を責めることも、悲しみ切ることも、声を大にして苦しさを発散することも、思い出に昇華することもできない。曲中に描かれているのが「失恋」だろうとなかろうと、一つのエピソードとして消化するルートが無さ過ぎて完全に詰んでる。15歳の野原を駆けずり回っていたお子さまだった私には無縁すぎてそこまでの感想にも至らなかったが、今聴き返すとなかなか勘弁してほしい結末だと思う。

『回春』

揺れる窓に映った
あの頃のあなたと同い年

女王蜂『回春』(2023)

 そして8年経ってリリースされた『回春』で、かつての少女は彼の年に追いついた。「彼は同い年/そうかお幸せに」という掛け合いから、あれ以降色々な出会いがあったこともわかる。

 でも二人、当時を思い出して「苦笑い」したり、「懐かしいね」と言ってみたり、「乗り越えてしまわないで」と言ってみたりして、互いに思い出になんか全然できていなさそう。相変わらず複雑なまま、極めてグレーな心持ちのまま月日が経っているような感じだった。
 でも『売春』なんて銘打った過去を、思い出として昇華していてくれなくて本当に良かった、と内心思う。全部人生の経験値として昇華できなくても、誤りを誤りとして抱えさせてくれるアヴちゃんは私に取って最高に優しい。 

 そして、ラスサビ後の最後の最後に、『売春』のメインフレーズと共に「回る春」という一言で終わる。
 こんなに2作が綺麗にまとまることあるの?上の句と下の句だとしたら百人一首に入っていていいくらい美しいと思う。また、季節の移ろいに半ば強制的に背中を押されるこの別れの季節に、このグレーがかったままの「春」が世に出てきてくれたこともすごく美しいなと、こじつけがましくもこの天候の中で感じていた。




 それにしてもこの2曲、アヴちゃんの男性パートも女性パートも一人で歌い分ける原曲バージョンだけじゃなくて、篠崎愛、志摩遼平、そして今回の満島ひかりと錚々たるゲストボーカルとのデュエットバージョンもあるのがズルい!一曲であまりに魅力的なのに、その魅力をさらに何倍にも増幅させてくる。形がカワイイ洋服のカラ―展開も充実してる、とかそんなレベルじゃない。もうデュエット相手が変わると曲中の物語まで代わっちゃう。別物。
 特に『回春』の満島ひかりバージョンがあんまりにも良すぎて出勤前に聴いて会社行くのやめそうになった。危ないからやめてください。

 アヴちゃんの歌い分けのこととか、満島ひかりの声が好きすぎることも今度書きたいな。ここまでで結構色々書いたつもりなのに、まだ書きたいことがどんどん出てくるな。すごいな。



―――ここまで書き連ねて何が言いたいの?という感じだが、結局こんな分析がチープで野暮で呆れちゃうくらい結局は曲として感覚的に良い。何も考えなくても好き。分析とかマジでナンセンスで見当違いな可能性が十分にあって、そんな理屈じゃなく行間から溢れ出るアヴちゃんの情緒が本当に大好き。これからも、アヴちゃんの劇的で強くて繊細で優しい世界に何度でも連れて行ってほしい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?