塔 #01
何かが決定的にまずい……。
本能がそう告げていた。これまで自分より強大な存在と相対することは数多くあったが、そんなことであったならば、さしたる問題ではなかった。これは全く別種の脅威だ。
フロア前方、自分が昇ってきた階段とは反対側の階段を降りて現れた、襤褸布の様なマントに身を包んだ男。目深に被ったフードが深く影を落とし、顔立ちはよく分からない。細かいウェーブのかかった長髪が零れ落ちている。超然たる佇まい。相手もこちらの姿を視認したようだったが、表情までは読み取れなかった。
半物質クリスタルで出来たドーム状の円形大広間を挟んで対峙しながら、僕の脳裏にはある単語が浮かんでいた。
ドッペルゲンガー。
同一人物がいかなる方法によってか出会ってしまった場合、パラドックスを修正しようとする自然の摂理が働き、結果的にいずれか一方は死ぬという。どこで聞いたかも定かでない朧な知識だが……。
成る程、私の10年前の姿といったところか……。
男が独り言のように呟いた。否、男は何も喋らなかった。しかしそう考えているのだと分かった。
その若さでよくぞこんな所まで昇って来たものだ……知識探求の果てに何が待つかは到底判るまいが……。
男は暫し物思いに沈んでいるようだったが、即座にこう結論付けた。
お前を排除したその先に、私の道があるようだ。
瞬間、両者の魔法が殆ど同時に発動した。
「フォイエル!」
「フォイエル!」
ドォォォォン!
爆音が広間を揺るがし、吹き荒れる熱風が素肌や髪先を焦がす。相手が放ったのは火の魔法。対して自分が放ったのも同じく火の魔法だ。
相手が炎を発生させたのに対し、自分は発生した炎を消した。一瞬でもタイミングを読み誤れば火達磨になっていたことだろう。だが完全には相殺しきれなかった。相手の威力が上回っている。
爆風の中、僕はより恐るべき事実を改めて噛み締めていた。僅かな呼吸一つに至るまで、魔法の癖が同じだ。
やはり、相手は自分自身だった。
(『塔』:フリードリッヒ・常磐と『鱗事典』常磐雪景)
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