見出し画像

うたふるよる第九夜 奥 かすみさん

打ち合わせメモを公開します。
万が一不適切な表現や箇所がありましたらいつでもご連絡ください。

スペースのための打ち合わせメモ

常盤みどりが選んだ奥 かすみさんの短歌

泣いている君に麦茶をそっと出す 課題図書から沁み出す成長

2023年7月14日X掲載
木野喜久子さんの #上の句 に付け句

 課題図書を読み泣いている君をみた主体は君の成長をその様子から感じ、その場では恐らく多くを告げず、語らず麦茶をそっと差し出す情景を詠んだ一首と読みました。

 一首の中で明言はされていませんが課題図書を読む「君」と麦茶を差し出す主体の様子からプライベートな空間での出来事であり親子の関係が想像できると思うのですが、いかがでしょうか。あらかじめお話しをした通り奥さんの実体験である可能性もある、そう考えながら読むと、結句の「沁み」が表現として良いなと私はとても感じています。
 「しみる」には複数の意味があり、漢字の表記によって意味が異なります。異なります!と言っても自信がないので調べたのですが染色の「染」と表記した場合は、紙や布などに液体が入り込み色がつく。浸水の「浸」という表記をした場合は、紙や布に液体が入っていくことを表す表現だそうです。「染」と違って色が付くかどうかは重要視されていないとのこと。で、この「沁」は人の心に深く入り込む様子を表す漢字だそうです。ここまで長々説明する必要もなかったかもしれません、文字の形で想像はできますよね。
 たとえば作中の「君」の涙が課題図書のページにしみている情景、それを見た主体の感慨深さ、親御さんとしての想い、愛情と断言して良いか少し悩みますが、愛情だと私は思います。そういった気持ちが主体自身の心に沁みている様子、去年までは課題図書を単に文字をなぞって読むだけだったのかもしれない、それが今年の夏(課題図書・麦茶で夏も想像できますよね)は物語として本を読めている、だから君は泣いているのだろうと思います。故にこの「沁みる」という漢字がマッチしていて、その後に出す・成長と続いても納得がゆくのではないでしょうか。

思い出の 裏に隠した ガラス片
時折なぞって きっちり痛い

2023年4月18日X掲載
RIUMさん2023年4月17日 題「初句:思い出の」

 心象風景の一首と読みました。思い出の裏にある触れると痛い記憶をあえて思い出し痛みを感じているのでしょうか。
 で、心象風景として読むので拡大解釈です。思い出の裏とは何だろうと考えながら読んでいました。裏があるということは表が当然あるので、表面上、うわべ、それ故にと言えばよいのか一見一読しただけで感じられる風景や記憶の共有などがこの一首の「裏」の対義ではないかと仮定し読みました。主体が気にしている、本当に思い出しているのはそれら「表」の記憶ではなく、そこからさらに踏み込んだ時の当事者でしか分からないような記憶であり、その部分を忘れないようにしているのではないかなと感じています。
 言葉にしてみて何を言っているのかよくわからないと思われそうなので、うーん、たとえば笑顔で並んだ10年くらい前の学生時代の集合写真がアルバムの中にあるとするじゃないですか。全く当時のことを知らない人がその写真をみると「笑顔だねー楽しそうだねー、良い思い出だねー」となるかもしれません。でも当事者にとっては撮影の前後を知っているわけですよね。そういった見ただけではわからない記憶のことをガラス片に例えているのだろうかとまず考えました。そしてこのガラス片、添付されている画像もそうなのですが、カメラレンズのことなんだろうかとも考えました。
 写真家の幡野広志さんだったと思うのですが著書の中で「撮られた人はその写真を見て撮ってくれた人のことを思い出す」といったことを述べていた気がします、違っていたらすみません。何だかこう、それに近いイメージというか、状況も思い浮かべる一首だなと感じました。

正円を描くことだけが正解で 壊されていく 私は嫌だ

2023年7月28日X掲載
うたの日さん2023年7月27日 題「円」

 一首を文字、言葉だけで読むと何かの作業においてきっちりとした正円を描くことだけが正解とされる状況を半ば?強いられ壊れそうになる主体を想像しました。とは言えそういった状況が現実の中で展開されるのはかなり限定されるので、内省的な一首ではないかなと感じています。なので、これからの感想は想像になり、説明が上手く出来ていないかもしれませんごめんなさい。
 「これくらいの勉強や仕事はここでは出来て’’普通’’なんだよ」といった風に、一個人の出来なさや他との違いを否定的に定義付ける時に使う「普通」という言葉が私は苦手です。そしてこの一首の中の「正円」がそれに近い言葉なのではないかなと想像します。描くという動詞に限定した話として、無理じゃないですか「正円」って。もちろん比喩として正円だと思うのですが、描いた円をなまじ正円と定義付けて主体に強いている人たちにとっての正円なだけであって(機械を使って作成した円じゃないのですから)私が主体ならなかなか耐えられません。あなたの正円は私にとっての楕円かもしれない。逆も然り。

生き方を教える言葉は正しくて まるで強めに巻いたマフラー

2023年11月16日X掲載
深水英一郎さんの毎日お題2023年11月15日 題「マフラー」

 生き方を教えるような言葉を聞いた、言われた主体はその言葉が正しいと理解をしていながらも閉塞感を感じている一首だと感じました。
 生き方を教える言葉・・・・・・格言、明言、ことわざ、訓示、誰かからの激励などを思い浮かべます。あえて「概ね」と言うのですがそれらの言葉はこの一首が述べているようにたしかに概ね正しい。正しいのですけれど本当にしんどい時にこれらを言われると逆効果というか、苦しくなるというかそんな気持ちになりませんか。
 そういった気持ちを自分なら何に例えるかと色々考えていました。私の話はさておいて、今回のこの一首は題詠なのでマフラーに例えるのですが。「毎日お題」題詠マフラーの引用で発表されている約80首も全て拝見しましたがこの発想に至っている一首は殆どありませんでした。私はとても好きです。これも「生き方を教えてくれる言葉」かもしれませんが、「指をさして人を非難する前に、君のその手がよごれていないか確かめてくれ」と言う言葉をこの一首を読んで思い出します。

靴ずれを気にして歩く町だから心の底も歪にすり減る

2024年1月31日X掲載
うたの日さん2024年1月29日 題「ずれ」より

 靴擦れを気にして歩く町に住む・または通う主体の心情を歌った一首と読みました。
 靴擦れを気にしてまで歩かねばならない街に居る、さらに言うならその状況でも履かねばならない靴がある、主体自身が無理をしていることを理解しながらも歩かねばならない、生きてゆかねばならない街があるのでしょうか。下の句にもあるようにそういった状況下で生きてゆくと心はすり減ります。すり減った靴の底と心底を重ねているのが上手だなと感じるのですが、それ以上に「歪に」の部分が好きです。
 ズレを気にする状況ではなくとも靴はすり減りますし、心もすり減ります。それは生きていく上では仕方がないことなんじゃないかなと私は思うのですが、この一首の中では「歪に」すり減っているのですよね。その部分に共感を覚えました。なかなか上手に言えないのですがこの「歪さ」を少しだけ抱えながら、出来れば上手くすり減ってゆきたいです。

みさきゆうが選んだ奥 かすみさんの短歌

トーストにバターとジャムを重ね塗り
淡々と語るスクールカースト

2023年5月15日X掲載
うたの日さん2023年5月14日 題「食」

パン、バター、ジャムの重なる様とスクールカーストのイメージの重ね方がお上手だと思いました。一番上のジャムの煌めきとカースト上位とされる子らのキラキラ感。それをむしゃむしゃ食べながら淡々と語るお子さん。口の中では混沌としていますよね。パッと見がどうであれ混ざっていけば個々になります。それでいいんだと思わせてくれる一首だと思いました。主体もあまり子供に干渉せずに話を聞いて見守ってる様子を想像しました。バターとジャムを重ねると美味しいんですよね。カロリーなんて気にしない、人目に左右されない感じも好きです‪‪☺︎

青くさいキュウリの匂い 薫風が抜ける畑で祖母ひとり立つ

2023年8月12日X掲載
うたの日さん2023年7月14日 題「キュウリ」

匂いのある歌が好きです。一字あけの前は主体の今、そこから想起される祖母の様子だと読みました。匂いって思い出に直結しませんか?青臭いキュウリの匂いと風の匂い、そして畑の土の匂い、陽射しまで感じられました。その中に作業を少し休んで腰を伸ばしてすっくと立つ祖母。何年も何十年も続けて、祖父が亡くなられたのかな…それからも「ひとり」同じ季節を重ねてこられたのでしょう。変な言い方になりますが、動く絵画のように感じました。

スパゲッティ上手に食べられなくたって大人になれる なってしまうの

2023年7月3日X掲載

小さいお子さんも麺類好きですよね。口の周りをいっぱい汚しながら美味しそうに食べます。いつから上手く食べられるようになったかな。なったのかな…と自分のことを考えました。スプーンを使うのは本場にはないマナーなんですよね。日本人の工夫として私は好きなのですが。
スパゲティじゃなかったら?と考えてみましたが、うどんでもサンドイッチでもあまり汚れないし大人になっても上手く食べられないとは思わせない。やっぱりここはスパゲティがいいですね。そして結句の「なってしまうの」が好きです。その前の「なれる」よりも少し弱気な感じなのかな。可愛い開き直りにも取れますね。リフレインにもなっていて、音読するのも好きです。

正円を描くことだけが正解で 壊されていく 私は嫌だ

2023年7月28日X掲載
うたの日さん2023年7月27日 題「円」

上の句に「正円」「正解」と「正」が二つ入っています。押し付けられる正しさに壊されていく、そしてはっきりと嫌だという主体の意思を感じる歌だと思いました。二回入ってる一字空けは、時間経過と主体の心理の変化だと想像しました。
「正円を描く」のは難しいです。フリーハンドだとまず無理ですし、コンパスを使ってもずれてしまうことがあります。デジタルならできる。でももうそれは機械的で人が描いてるのではなくなってる気がします。個性や人間味がなくなっていく。「壊されていく」かなと。
それとも人間関係を表しているのかなとも想像しました。はみ出ないように、歪にならないように。
「私は嫌だ」と思える主体、言える主体に深く共感しました。

保留音みたいな返事 曖昧な水平線に日が沈んでく

2023年11月10日X掲載
うたの日さん2023年11月2日 題「留」

主体は相手との関係や距離感を変えたいと考えているけれど、相手からはっきりした返事を貰えない状況を詠んでいると想像しました。もどかしさで辛い!ではなくて、緩やかな気怠さというか…。詩的ですし、比喩がとても好きです。
「保留音みたいな」保留音には心地よい穏やかなメロディが多いです。傷付けて来るわけでもいい加減に扱われているわけでもない。けれど、「返事」ということは、主体はすでに相手に意思表示をしているわけですから、あまりに長い期間続くのは辛いし、諦めの気持ちも芽生えてきているかもしれません。一字空けからの風景描写は、二人が眺めている空と水面が溶け合うような水平線に日が沈んでゆく景色でもあり、主体の気持ちを表しているとも思いました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?