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エッセイ『デタラメだもの』

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デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。
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#人間性

あなたはM気質? それともS気質? 血液型はO型A型B型AB型? それを議論することに、果たして意味はあるのだろうか。『デタラメだもの』

「ボク、歯医者が好きなんですよ」といったことを言ってのけると、周囲から、あり得ない、考えられない、信じられない、などと距離を置かれてしまうことがよくある。しかし、その実、歯医者はめっぽう好きだ。 治療にはもちろん痛みが伴う。定期検診で歯石を取り除く施術だけでも、ぞんぶんに痛みを伴う。しかし、基本的には、治療によって死ぬことはないと盲信している。別に死ぬわけではないが、めっぽう痛い。そこが歯の治療のミソなわけだ。 痛みの延長上の最果てには、死が待っているとしよう。ところが、

容姿を褒められれば嬉しいものだ。が、褒められ方によっては、屈折した感情を生んでしまうことも。『デタラメだもの』

他人から見た目を褒められて、悪い気を起こす人は少ないだろう。当然、悪く言われるよりは、良く言われたほうがいいに決まっている。たとえそこにお世辞の類が混ざっていたとしても、だ。 世間的に評価される見た目を持つ男女は、常日頃から、「タレントの誰それに似ていますね」などと持て囃される機会も多いだろう。今をときめく俳優、女優、芸能人、スポーツ選手などに例えられようもんなら、さぞかしその場も盛り上がるはずだ。 はて、自分の人生において、そのような機会があっただろうかと記憶を逡巡させ

怒りやイラつきを鎮める方法として、こんなやり方はどうだろうか、という妄想じみた提案。『デタラメだもの』

例えば、遅刻しそうになって焦っている朝。猛ダッシュで道をゆく。しかし、目の前にゆったりまったりと歩く人がいるとしよう。その御方が半ば道を塞ぐような状況となり、どうにもこうにも抜くことができない。ただ、その御方のペースに付き合っていては遅刻してしまう。そこで人は、チッ、舌打ちをする。要するに、イラついてしまうわけだ。 しかし、人生、怒るよりも平穏なほうがいいに決まってる。物事はそっちのほうがスムーズに進む。平和的に行こうじゃあないの。なので、ここで思い留まるようにしてみた。否

予定調和と化したライブでのアンコール。それでも人はなぜ、全力でアンコールを求めてしまうのか。『デタラメだもの』

ライブやコンサートなどに足を運んだことのある人ならわかると思うが、ステージにはアンコールというものが付き物だ。本編のステージが終わり、アーティストが一旦バックステージに引っ込んだ後、来場者の熱望に応えるかたちでステージ上に再登場。そこから数曲を熱演し、ファンの「まだ足りないよ!」という腹ペコさを埋めてくれるサービスだ。 まだライブやコンサートへ参加することに不慣れだった若かりし頃は、このアンコールのサービスに興奮したものだ。まだまだ熱狂に浸っていたいと渇望する気持ちを満たす

飲み会の場に遅れて参加するのは、とにかく気が引ける。迷惑かけたり悪口言われたりが気になって、足が前に進まない。『デタラメだもの』

よほどの権力者でもない限り、自分の時間というものは、ある程度、誰かしらに主導権を握られているわけで。特にお客さんを相手しながら仕事をしていると、そういうことは日常茶飯事。 さあて、仕事も終わったことだし、一杯やりに行こうかしらんと腰を上げた刹那、急な連絡が入り、「夜中までにデザインの修正やっちゃってぇ」などと依頼が舞い込んだりする。詳細内容を確認するために電話をかけてみると、先方は既に飲み屋。ガヤガヤと音がやかましく、内容が聞き取れないなんてこともある。人並みに殺意は覚える

数字を使って説明したり説得したりする行為は、ときに詭弁を弄している場合がある。騙されるな、数字のトリックに。『デタラメだもの』

人に何かを説明したり説得したりするとき、数字を用いると分かりやすいよ、伝わりやすいよといった定説がある。とどのつまり、「この道を真っ直ぐピャーッと走ったら、あっちゅう間に着きますねん!」という感覚に頼った説明よりも、「この道を真っ直ぐ3分ほど進むと到着しますよ」と、クレバーに数字を交えて説明したほうが伝わりやすいよね、という話だ。 とは言え、数字を駆使して説明したり説得したりする行為は、ときに詭弁を弄しているように思えて仕方がない。例えば多数決なんかが分かりやすい例だろう。

カラオケとは戦いの場。気を使わねばならないことが多すぎて、歌唱に集中なんてできるわけがない。『デタラメだもの』

それにしてもカラオケというものは、戦わなければならないことが多すぎて落ち着かない。歌唱を楽しみに行くというのが本来の目的のはずなのに、意識せねばならんことが多すぎるため、のんびりなんて唄っていられない。 人間という生き物は、大きくふたつに分けられる。それは、自らの歌唱中に、店員さんがドリンクを持って室内に入ってきた際に、歌唱を止めるタイプの人と歌い続ける人。このふたつのタイプしか存在しない。じゃあ、自分はどっちのタイプなのかというと、圧倒的に前者のタイプだ。 過去にカラオ

1等賞の人間が著しく劣勢に立たされるという不条理。世の中、繊細な人間はいつだってハズれクジを引かされる。『デタラメだもの』

1等賞というものは、誰よりも恵まれ優位に立てるもんじゃあないの? という風に信じてきた我が人生。よくよく考えてみると、以前チラッと語った飲食店の券売機同様、1等賞の奴が著しく劣勢に立たされる場面があることに気づいてしまったのだーよ。それはどこかい、と言いますと、トイレのハンドドライヤーだよ。あれこそ1等賞の奴が著しく劣勢に立たされるんだよ。 お手洗いを済ませますわな。で、お手洗いスペースから洗面スペースへ移動しますわな。もちろん現時点で1等賞。で、手を洗うわけです。キレイに