Vtuber綾瀬川晴美の復活 第七話【復活と配信】(前編)

季節は変わっていく。

 綾瀬川晴美の絵は、赤さんの依頼でたくさんの絵師が断続的に上げている。3日に一度は上がる様を見て、「流石に多すぎじゃないか?」と思うファンも出始めたところを、赤さんはツイートで「私が頼んだ」とネタ晴らしした。復活の布石とは言わず、寂しさからそうしていると付け加えて。

 赤さんは社長業の傍ら、晴美復活への活動も忙しなく行っている。投資も惜しまない。青さんと交渉を済ませた数日後、晴美のママ(絵師)とも交渉し、転生する体のママになってほしいという主張を快諾させた。転生後のアフターサービス(継続的な絵の投稿やLIVE2Dの提供)も相応の報酬を支払うことを誓った。「成長した私の絵で、今度はもっともっと可愛らしく、彼女を描き切って見せます!!」その意気込みを聞けただけで、赤さんは満足した。

 青さんの3D制作も順調だ。多額の契約金によるプレッシャー、数多くのリテイクをストレスと感じ、不健康な生活に逃げて倒れたこともあったが、素体→着色→可動と、着々と完成度は高まっている。並のVtuberならば、現時点で自己紹介動画を撮ってもいいほどの出来栄えだ。「いや駄目だ。個人勢の中でも飛びぬけて凄いのを作るんだ。雑でも伸びるかもしれないけど、折角まだ作り込めるのなら、作り込みすぎたっていいだろう」青さんはこの経験で、今後も3D制作方面での活躍が見込めることだろう。その充実感が、青さんに更なるやる気をみなぎらせていった。

 赤さんが冬に訪れたのは、いまなんじの事務所だった。周りのビジネスマンに気圧されない服装と面構えで、彼はそこで「あること」を社長たちに持ち掛ける。



 寒風が身を冷やし、吐息も白くなる季節。普段は車での移動をする赤さんだが、晴美が以前訪れたと話していた場所を通り過ぎたとき、車を先に行かせて歩いた。彼女がいつも見聞きする景色。赤さんは晴美を感じながら、コートとマフラーを貫く冷気に身を震わせた。

「我ながら本当に。酔狂な事をしているのかもしれないな」

 晴美のママと商談した時。彼からある質問をされた赤さんは、ふとその内容を思い出して独り言ちた。

『推しであれ、その愛がいつまで続くかわからない。恋愛なら、熱が冷めるまでに結婚するなり、別れるなり出来ると思う。肉体的な接触も出来ましょう。赤さんにはそういう欲がないのですか?』

 何のために晴美を復活させたいと思ったのか。それは当然好きだからだ。しかし、その好きは永遠不滅なのか、そもそもなぜ好きになったのか。赤さんは答えかねた。明確な答えのない復活に、諭吉が1000人仕込まれた。常人から見れば狂気の沙汰と言えなくもない。

 その答えは、晴美と次に会う時まで保留にしよう。赤さんは彼女の配信を思い出しながら、そう考えた。

 彼は絵を描けない、記事を書くことも出来ない、3Dを嗜むことも、プロデュース能力だってない。あるのは、潤沢な資金と、その正しい使い方だけだ。だからこそ、自分にない力の持つ者を引き入れる強みを知っている。その尊さを知っている

 既に予定金額の3000万円中、1000万円を使用していたが、仮に尽きたとしても余力がある。彼の会社も浮き沈みはあれど堅調で、大型の取引が数日後に控えるほど。「そろそろ雪が降るか」師走もあと僅か。赤さんは歩みを止めずに駆けだした。

青さんと巡る世界

 赤さんから3D製作の依頼を受けて一月ほど経った頃、4日ぶっ続けで、青さんはネットゲームに没頭したことがある。常識から逸脱した金額を受け取り、かかる期待と重圧、遅々として進まない作業、リテイクも多く、理想像に近づけないもどかしさ。何より、「これは本業じゃないから」という手を抜くための言い訳が通用しない背水の陣。ストレスは尋常ではなかった。

 その憂さ晴らしにと始めたネットゲームに逃げて、気付けば病院のベッドに転がっていた。栄養失調と極度の疲労が重なり、死んでもおかしくなかった状態だった。知らせを聞いて、会社勤めが終わった赤さんが見舞いにやって来た。既に原因を知っていたのか、剣呑な顔つきをしている。

青「あ、あの……すみません……こんな」

赤「ストレスの発散は構わないよ。社会人だって、日々のストレスを酒やギャンブル等で解消するからね。……でも、出勤日に『泥酔で動けません』とか『ゲームのやりすぎで動けない』は理由にならないしお話にもならない。君は仕事に支障をきたすほど遊び惚けて、職務を全うしようという覚悟が足りない」

 優しい言葉をかけてくれるのではないかという青さんの期待は砕かれた。ぐぅの音も出ない事実を言われて押し黙る青さんに、赤さんはバナナを差し出し、話し始めた。

赤「君の腕は確かだ。将来性もある。それは私が保証しよう。だが君には社会人としての自覚が足りない。会社に行くことだけが社会人ではない、仕事を請け負い任されたら、立派な社会人なんだ。君が死んだら、晴美の体はどうなると思う?」

青「……二度と作れない」

赤「それは思い上がりだ」

 辛辣な物言いに青さんは驚き怒りを露わにしかけたが、グッと抑えた。赤さんは表情を硬化させたまま続けた。

赤「君は将来性があるが、君よりも優秀な3D製作者はこの世にまだ存在するし、君と同等の才覚ある若者だっている。君が製作途中で死んだら、私は晴美のために他の方を当たってでも復活させる。君に声をかけたのは、才覚や腕以上に、晴美の復活を望む同志と見込んでのこと。君がいないのはとても寂しく悲しく残念だが、それは感情の話で、ビジネスとはまた違う話だ」

 わなわなと震える青さんだが、赤さんはバナナの皮をむいて青さんに食べるよう促した。「いらない」と言っても「食べなさい」と語気を強めて赤さんは迫る。

赤「君には晴美を復活してもらう。そういう契約だし、そうあってほしいと願っている。自分の命を蔑ろにした行動で、これらを打ち壊すことは許されない。これはVtuberにも言えることだけど、最優先は自分の命だ。命と体力があって初めて何事かを成す力を生み出せる。遊んでもいい、気張ってもいい、夜更かしも夜食も昼寝も、公序良俗に反しないなら。だが死ぬな。死ねばそれですべてが終わる」

 病室から出ていく赤さんは最後に「ストレス解消なら体を動かしなさい。部屋に閉じこもってばかりでは、心身ともに落ち着かないだろうからね」と言い残していった。青さんはその背中に憤りを抱いたが、数刻経ち冷静になって、檄を飛ばしてくれていたことに気付き、応えきれていなかった自分に腹を立てた。

 退院早々、青さんは自分の部屋を掃除し始めた。規則正しく起きて就寝する生活に切り替え、貰った給料でジャージなどを買い込み、日に何度か体を動かす毎日を送った。心地いい疲労と睡魔が、彼の心と体を少しづつほぐしていく。詰まっていた作業に向かうための心構えは十分できた。いい仕事が出来ると青さんは思いながら、マウスを動かすのだった。

酒の大主降臨

 3Dお披露目動画を出してからのアリアは絶好調だった。動画公開の翌日に担当と通話し、絶賛をされ、今後の展望を話し合った。近く行われる、いまなんじの音楽祭典に『出演しないか』と持ち掛けられた。これに関しては完全に自由意思であり、断っても問題はない。「出演は出来ないけど」と伝えたうえで、アリアは「動画は出せますか?」と交渉した。その数刻後、機器として担当は「何か機材事故の際、もしくは後半に出せる」と話は進んだ。

 とはいえ、音楽の祭典は約4か月後。年を跨ぎ、桜も舞う3月。寒波が訪れる今よりもずっと暖かい季節だ。晴美なしでもやっていく決意を固めたアリアは、最初に「以前からやりたかった」企画を推し進めていった。

アリア「かんぱーい!!」

 やりたかったこととは、個人Vtuberとの女子会飲み配信だ。オフで会うのではなく画面越しだが、バ美肉ではない正真正銘の女子会。この企画を立ててファンに発表した時、ファンの多くは困惑し眉をひそめた。晴美のいない寂しさを紛らわすためか? などという論まで出た。

 結果的に、週1と予定していたこの企画、3度目時点で応募を捌き切れないため、週2に至る。個性豊かな女性Vtuberたちを毎回3人呼び出して行う女子会。時間は3時間と長尺を予定していたのだが、毎度5時間はかかるほど女性Vtuber個人勢の闇の吐露大会になっていた。

 女性Vtuber(男性)はいくらでもいた黎明期と違い、現在の界隈には女性Vtuber(女性)も数多く存在する。DMでの失礼な書き込みや、匿名性でのお便りが過激化し、攻撃的だったり恐怖をもたらすものが多い。リアルの女性に送り付けている自覚が全くないか、あるのにそういう振る舞いをする変態か知る術はない。

 アリアも同様のDMを1度や2度では効かないほど送られている。しかし、そういうことをツイッターで言おうものなら待っているのは「よしよし」と慰められるか、「冷める」という辛辣なコメントだ。吐き出す場所は公ではない陰の部分に限られ、陰に染められ、精神を病む可能性だってある。誰にも何も吐き出さない場合はさらに最悪で、ぷっつりとやる気も何もなく去ってしまうこともあるのだ。

 そういう気持ちをぶっ飛ばすような場所が1つくらいあった方がいい。晴美に救われたアリアは、その思いを担当にも伝えた。Vtuber同士の本音の語らいは、本来キャラ崩壊を招くため避けるべきなのだが、登録者数23万人という大きな力を背景と大義名分に、応募する女性Vtuberは後を絶たない。

 事実、この飲み会参加前は100人に満たなかったVtuberが、参加後に登録者を400人まで増やした例もある。最初こそ皆緊張したり上ずったり滑ったりするのだが、酒と時間が進むごとに変わっていき、本性と本音をガンガン言うようになった。2カ月も経つ頃には、『アリア一派』という個人勢を束ねる一大派閥にまでなっていた。

アリア「すみませんでした」

 まさかそこまで大きくなるとは予想以上だったのか、担当に平謝りをするアリア。しかし担当も会社も把握しており、そのままやって大丈夫とお墨付きをもらった。

担当「個人Vtuberは玉石混合の鉱脈です。登録者数に恵まれないだけで、ハイクオリティな方も多くいます。そういう方を発掘する人が欲しかったので社内でもウケが良いですよ」

 女性Vtuberを繋いで結束する大奥さながらの大所帯になったアリアは、忙しさと充実感でその身を振り回している。そうしていれば、忘れることが出来ると信じて。

綾瀬川晴美と最新PC

 綾瀬川晴美は引退後に赤さんと会ってから、頭に様々な事を詰め込まねばならないと、奮起していた。生活は自分の貯金と、赤さんのバックアップで全く問題ない。本来なら気分転換に土方へと行くのだが、そういったこともせずに定期券を買って電車に乗り、近隣での旅を重ねていた。興味を探す旅は今までもしていたが、今回はさらに深堀する予定らしい。

 あれが美味い、これが楽しいと、ちょっと興味の沸いたものにすぐさま飛びついて日々の様子を日記に付けたりしている。かつて働いていたゲーセンでハイスコアを出すまで粘ったりもした。バッティングセンターにも行き、季節外れのプールにも行った。まるで興味のなかったスカイタワーにも、東京タワーにも行った。自分の視野を広げる旅は、実に1カ月続いた。自分の見ていた世界の狭さに唸るも、知る喜びが上回る。

 すると赤さんから晴美へ、3Dの話が持ち上がった。どんな体にするかも、かつてのママと決めようとしている。その調整を、晴美はこう言って承諾した。

晴美「じゃあ、前回と違ってファンタジー色マシマシで。燃えることも多かったから、髪の色は赤が良いかな? 可愛い系か、お姉さん系かは……ううん、可愛いで釣るのもありだけど、やっぱ20代とかくらいで」

 ママに任せ、ある程度の要望を言えば必ず期待に添える物を作るだろう。晴美は信頼を寄せている。結果的に出来たのは、晴美も90%納得できる新たな体だった。

 赤さんからのプレゼントはそれだけではない。動画編集ソフトや高額PC一式、VIVEなども存在する。Vtuber活動に困らない物フルセットだ。それらが一度に段ボールで贈られた晴美は、苦笑いをした。

晴美「ははは……改めてやっぱあの人すげえわ」

 箱の中にある手紙に気付いた晴美は、封を切って読む。

『晴美。今も元気で活動しているなら、この世界で呼吸して生きているならとても嬉しい。……PCに動画編集ソフト、その他諸々を詰めさせてもらった。君の性格上、プレゼントだと言っても納得しないだろうから、気の向いたときに別の形で返してくれ』

晴美「ちょいと最初の部分気持ち悪いぞ赤さん…」

『あと、私は手厚いバックアップを用意しているが。これも君の性格上望まないだろう。恐らくVtuberは今後も増えては消えていくサイクルが続き、生存競争も激化すると思われる。安泰不動のいまなんじは大丈夫だろうが、個人勢になった君には修羅の道になるだろう』

晴美「修羅の道かあ。いいね。面白そうだ」

『「いいね面白そうだ」と思うかもしれないが、面白いだけではいけない。配信アーカイブスだけでは今後は厳しいだろうから、動画の作り方などを学んでいくべきだ。動画作成本を同封した。励んで生きてほしい。かしこ』

晴美「ごめん赤さん。それもう持っているんだ」

 晴美は手早く、組み上げ済みのPC(BTOPC)の準備を始めた。力仕事ばかりしてきた彼女にとって、PCの持ち運びなど造作もない。かつて会社が貸してくれたPCは、マイクラを遊ぶにはまるで問題ないスペックだったが、赤さんが購入したのはそれを遥かに凌駕する代物だった。

 赤さんがこういうものを贈ってくる可能性は100%だと思っていた晴美。最新のパーツが全揃い……というものを送りつけてくるのではないかと、ヒヤヒヤしていた。だが蓋を開ければ、順当なスペックだった。

 懸念していたのは電力だ。最新式は高品質ながら、消費電力が高い。数時間の作業となれば年間で相当の値段になる。ワットパフォーマンスというのだが、赤さんはこの点を考慮し、低く抑えたハイスペックCPU、GPUを選定していた。

 冷却も水冷式を採用し、動画編集やVrchatでも快適にする要素【メモリ】に至っては64GBという馬鹿盛だ。エンコードで落ちる心配は無用である。SSDは1TB、HDDは8TBと、晴美では1年使い倒しても消費しきれない限界スペック。

晴美「これでも赤さんからしたら、お小遣い感覚で買えちゃうんだろうな」

 財力の差を思い知った晴美だが、めげることはない。その日はソフトのインストールなどに費やし、翌日から励んだ。

次回最終回:復活と配信(後編)

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