【短編小説】異世界教の轢殺人

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません

 電動トラックが安価で手にはいる時代になった。クリーンで軽く走行良好と文句のない出来で世界中に広まり早3年。完全に世界はクリーンエネルギーに舵を切っていて、産油国は目減りしていく自国の価値に喘いでいる。やがて戦争でも起こすんじゃないかと世間は警戒を強めたりしてる。

 ……まあ、そんなこと俺は知ったこっちゃないし、今から乗り込むトラックはそんな上等品じゃない。薄暗い車庫の中に用意されたトラックは、排ガスが多く、重量感ある車体で、産油国が推奨する代物だ。今の仕事に満足はしていないが、給料も良いしスーツを着る必要もないから気楽だ。何より、トラックにエンジンを仕掛けて5分で終わる。乗り慣れた車内でスマホの着信を待つこと10分。連絡が届き、俺は了解とだけ告げて電源を切った。車庫を開け、エンジンをかける。

「これで99人目。終わったら次で終了だ」

 日差しに照らされた車体は、どこからどう見ても普通のトラックだ。何も空を飛んだり、過去に戻ったりするわけでもない。環境悪化を増進させる排ガスをふかすトラックを、俺は何の感慨もなく前進させた。辺りは木々に覆われていて、森の中に拓かれたコンクリートの一本道を進んでいく。1つだけある曲がり角を左に切って、そこで停車。再度連絡が届いたとき、目一杯アクセルを踏んだ。真っ直ぐの道。距離にして1kmの道は、走るのには爽快だ。だが、500m地点にある豪華な屋敷前を必ず通るようになっており、そこにいる人間を必ず轢き殺さなければならないと言われたら、どうするか?

「異世界ばんざあああああああい」

 問題の地点。突如飛び出してきた男の顔も容姿も命でさえ、時速100kmのトラックを前にしたら全てが失せる。衝突音と、タイヤが何かを巻き込んだ音が聞こえたが、これで俺の仕事は終了だ。そのまま道なりに進んで、先にある車庫に納車すると、整備と清掃を任されたおっさんが俺に挨拶をして、すぐさま作業に取り掛かった。



 約半年前。俺は仕事を求めて彷徨っていた。世界的に不況で、自殺する者も多く、時世・治安共によろしくない。目減りする給金に、増えていく新興宗教。世界は何かしらの救いを求める者で溢れていた。そんな時、冷めた目で歩いていた俺に声をかけた老人がいた。

「やあやあ君。君だよ、君。初めましてだねえ。私はこういう者ですじゃ」

 妙にフレンドリーな爺さんは腰がやや曲がっていて、ファンタジー世界にありそうな木製の杖をついている。白髪も口髭も、何処か仙人を連想させる不思議な奴だった。渡された名刺には「異世界教教祖」と書かれている。胡散臭さが半端なかった。

「ああ、違う。宗教への勧誘ではないんじゃ。そういうのはやっていないからね。頼みたいのは、ちょっとした仕事じゃ。半年で500万円を出すよ。どうじゃろうか?」

「乗った」

 半年で500万円と言うのは破格で、このご時世なら是非とも欲しい。何をするのかは知らなかったが、法に触れることだろうなっていうのは覚悟していた。こんな街の往来で話して大丈夫かと思ったが、通行人の大半はイヤホン付けたりスマホに夢中で聞いてやしない。

「おおおっ! やってくれるとは思っていたが、本当に請け負ってくれるとは思っていなかった! ではこちらへきておくれ」



 そして現在。案内された先にある広大な私有地の中、2日に1人くらいのペースで人を轢き殺し続けている。半年経過か、全部で100人を轢き殺したら任務完了。

「ご苦労様じゃ。明後日でちょうど100人目じゃな。頑張っておくれ」

 滞在中の衣食住は全て用意してくれる。快適だ。早寝早起きも、ラジオ体操も出来る。心の余裕が出来て、晴れやかに轢き殺しが出来た。死にたがる奴らの気持ちは分からないが、あの爺さんは少なくとも約束は守る。500万円も手に入るだろう。……だが正直なところ気になっていることが山ほどある。

「なあ爺さん。死にたがりのあいつらはいったい何なんだ? 必ず『異世界万歳』って叫びながら死ぬアイツらは、何で死を恐れないんだ? 99人轢き殺してきたが、誰も彼も怯まなかった」

「ああ。ワシは異世界教の教祖じゃからな。そういえば、君は一切ワシらの活動を見てこなかったものな。折角じゃ、明日見学者として同行してみないかね?」

 深入りはしたくなかったから言わなかったが、明後日で終わるとなると、気になることを解けないまま辞めるのは気持ちが悪い。俺は提案に乗り、爺さんの言う通り見学することになった。



 早朝6時。豪邸内の至る所に点在するモニターに、怪物映画が流れていた。爺さん曰く、信者を起こす事と、異世界に行った際に現れる怪物との戦いに備えての訓練なんだそうだ。信者の眠る部屋から、複数人の男たちが現れた。全員何かしらのコスプレをしていて、朝からげんなりした。

「皆のもの! 異世界最初の試練は、食料の調達じゃ! 豪邸内に隠された食材を探し出し、見事喰ってみせよ!!」

 教祖様の雰囲気全開の爺さん。信者たちは馬鹿正直に豪邸内を探す。中にはトラップに引っかかって重傷を負った者もいる。

 それでも集まった素材などを調理して、8時に朝ご飯が終わった。次は食後の運動と言う名の異世界武術習得だ。木刀や刺突武器等、思い思いの武装で訓練に励む。異世界に行って手に入る武器が何であれ使いこなすことを目標としているそうだ。

 まず……異世界って何なのかが俺には分からなかったが、楽しそうにしている奴らを見ていると、言うのは憚られた。

 以降もこんな調子で見当はずれの修練を行い、異世界アニメ一気見と言う行為をさせる。そのアニメはヒロイックファンタジーと言うよりも、理想的なサクセスストーリー……いや、棚から牡丹餅なストーリーと言うのが適切か。出来過ぎていて、何より危機感もへったくれもなくて、かなり序盤で退屈した。食い入るように見る奴らに、このアニメがどういう風に映るのかさっぱりわからなかった。

 夜の10時になれば信者は就寝。その中の1人は明日、轢殺されて永眠する。なんだかわけが分からない1日だったが、アレをこの半年欠かさずやっていたのだというのだから恐れ入る。さっきのアニメなんか、この半年で4回は通しで見たそうだ。

「わかったじゃろう? 誰も彼もが皆、異世界に憧れておるのじゃ」

 爺さんの質素な部屋に通された俺は、上等な酒を注がれた。教祖っていうのはもっと無駄に豪奢な部屋とかありそうな偏見があったが、この爺さんにはそれがない。信者たちも単なるアニメオタクが殆どで、金持ちが全然いない。信者から金を撒き上げるのが宗教ってもんじゃないのか?

「爺さん。この酒は凄く美味い。高級品だってのは俺でもわかる。……だが今日の仕事ぶりを見るに、爺さんはアイツらで金儲けをしているようには見えなかった。宗教なのに金の臭いがしないんだ。どういうわけなんだ? 俺に払う500万円も、この酒も、金持ってなきゃできない」

 いや、マジで美味いなこの酒と、グイグイ飲む俺に爺さんは苦笑した。

「ワシには金がある。捨ててしまえるほどのな。金なんか要らないんじゃ。これは慈善事業のようなものだと思ってほしい」

「慈善事業の宗教とか聞いたことねえよ」

「君は。異世界と言うとどういうものを思い浮かべる?」

 爺さんからの質問に俺はピンとこなかった。俺は異世界なんか信じていないし、具体的に思い浮かぶものなど存在しない。さっきのアニメの異世界だって、都合よく全員日本語で話してくれていたし。

「よくわからん。天国とか地獄みたいなもんじゃねえのか? アレだって異なる世界だろ」

「そう。異世界はね、彼らにとって天国なんじゃ。金も名誉も美少女も、我儘勝手に振舞って、思いのまま手に入って、あらゆる強者を軽く捻り、誰からも称賛されて、王よりもさらに上の皇帝程の権力を、何の努力もなしに手に入れることが出来る。それが彼らの願い求める異世界なんじゃ」

 頭痛が起きた。異世界ってそんな都合の良い代物だったのか? というか、この世界で何かを成そうとかそういう思いが一切見えない。単なる来世で大成功したいって奴の戯言だ。この爺さんはそんな甘言に易々乗る若者だけを集めて、慈善事業として俺に轢殺させる。

「君もアニメを見たじゃろう。彼らにとってトラックは、異世界への扉を開くための片道切符なんじゃ。残された親御さんの事も、この世の未練も全部忘れさせてくれるもの。何より不慮の事故と言う大義名分で、死さえも誰かのせいにしたいという甘ったれた考え方。この現実で何一つ勝てなかった若者が、頑張りを捨てて欲望だけをギラつかせ、抱くこともない女たちの肌を夢想している。勉学に励んだ先にある権力を、努力なしに手に入れて振るいたい怠け者。実に……実に哀れじゃとは思わんかね?」

「哀れだな……だから轢き殺させるのか? お似合いの末路だと」

「ははは。いやいや、そうじゃあない。ワシは彼らを本当に、哀れだと思っておるよ。彼らはここに来た時点で、死ぬことでしか頭にない。死んで異世界に逝くことしか考えていない者たちの、最果てなのじゃ。ここは」

 老人は悲しそうな顔をして、もう一本の酒も俺に振舞った。これまた上物だった。味を確認しても、毒が入っていない。

「果てに至れば、後は突き当り。その背中を押すのじゃよ。誰も彼もが、奈落の底へ落ちるのを躊躇わない。今まで育ててくれた親の顔ですら思い出さない」

「おいおい爺さん。轢殺しているのは俺だが、爺さんは一応そいつらが死んだ先の世界を保証している立場だろう? 良いのかそんなこと言って」

「君は天国や涅槃、極楽浄土の存在を保証する人間を知っておるのかね?」

 今度は眉を八の字にして爺さんは笑った。表情豊かな爺さんだ。

「生き死にの果てを真に知る者などありはしない。それを知るのは本当の神じゃ。死んで極楽や天国があると、誰が証明したのじゃ。ワシは高い金を払って方々探したさ。じゃがだあれも、それを知る者はおらなんだ。死んだこともないのに死後の世界を知った気で語る者が多いのじゃ。一度死んで天国を見たと言う者もいたが、それを裏付けるモノは何もない。教祖ではあるがワシは、死んだ先のことなどこれっぽっちも知らんし、興味もない」

 信者がこれ聴いたらどんなに慌てふためき絶望するか。興味あるな。しっかし、べらべらと喋ってくれる。もしかして俺を口封じに殺すつもりかと思ったが、それなら酒で毒殺されているだろうし、ないと思って話を聞く。

「じゃがな。昔から言うじゃろ? 信じる者は救われる、と。天国も地獄も、あると思えば、あるんじゃ。誰も証明したことがないという事は、裏を返せば、【誰も天国などないと証明できない】。じゃから異世界も、信じていない者には荒唐無稽じゃろう。じゃが誰も、全否定できる材料を持っておらぬ。わかるか。彼らは未来はなくとも、異世界と言う幻想、来世と言う不確定な未来を夢見る以外に、世界を渡る気力を持つ術がなかった」

 爺さんは俺を指さした。

「君は彼らにとっての神じゃ。望む世界に連れて行ってくれる救いの手、神は、君じゃ。明日、君は神として最後の仕事をし、その給金を受け取ってここを去る。じゃが、100人目だとしても、何の感慨もないはずじゃ。君にとっては知らない誰かが、望んで身投げするだけなのじゃから」

「そうだな。これまでの奴らにも特に、思いを馳せることはなかったな。……それはそうと爺さん、あんたはこんな話を俺にべらべら喋って良かったのか? もしかしたら俺は外で、ここの事を言いふらすってことを考えないのかい?」

「君がそんなに意地汚い奴なら、10人轢き殺す前にワシを殺して財産を奪い取っていたじゃろうよ。約束は守る男じゃというのは、最初に見たとき何となく察したのさ。これでも無駄に長生きして、多くの人を見てきたからな」



 俺は100人目を、たった今轢き殺した。爺さんから給金を貰い、また新しい神様を探すのだという。「良ければまた100人付き合うぞ」と言ったが、爺さんは頭を振った。

「神様のお勤めはこれまでじゃ。君はこの500万円で、生きていくという希望を燃やしておくれ。ここで人を1000人轢き殺しても、何の益にもならないし、何のスキルにもならないのじゃから。そうじゃのう、技能・技術じゃ。生きていく上でそういう特殊なものは、誰からも一目置かれる。これは教祖としてではなく、老人のアドバイスじゃ」

 現ナマで貰った500万円が手にある。100万円の札束5つは、手にずっしりと重い。それとは別に100万円のボーナスをもらった。曰く「老人の説教に付き合ってくれたお礼」だと。

「今度は誰が神様になるんだろうな」

 私有地から抜けた俺は、久しぶりに人込みの雑踏に足を踏み入れた。俺にしてみれば、これだけ凄い報酬を支払ってくれた爺さんこそ神じゃねえかと思うのだが、神は神でも死神だろうなと思う。

 それより俺はどっちに行くのだろうか。良いことをしたのなら天国だが、人殺しは悪いことだし地獄かもしれない。天国地獄。果たして……

「ま。そんな先の事はその時考えりゃいいや」

 取り敢えず、久しぶりにハンバーガーとかラーメンとか、体に悪そうなもの食いてえと思いながら、神様だった俺は人間に戻っていったのだった。

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。