【短編小説】一度だけ人を殺してもいい話

「力が、欲しいですか?」

少年は数日前、いじめっ子に髪を丸刈りにされた。いじめっ子はすぐに教師の叱責フルコースを受けたものの、胸がすくことはなかった。
復讐したくとも、体力はない。体格もそこまでよくない。控えめで大人しい少年は考えた結果、呪い殺すことを決めた。

草木も眠る丑三つ時に、蝋燭と藁人形と白装束を用意し、近隣の林に向かった。全てネット通販で揃えた品々だ。

「欲しい!! 殺してほしいんだ!!!」

藁人形を一突きした時、頭の中に響いた声。少年は驚く前に願いを言った。

「君に奇跡を授けてあげましょう。この力は生涯に一度だけ使えるもので、どんな相手でも確実に1人殺すことが出来る。ただし、日本人に限る」

青白い炎が少年の前にパッと現れて、すぐに消えた。

「使い方は簡単。殺したい相手を脳内で呟き、私が【殺す?】と聞いたら、それに応えてくれればいい。はいでもYESでも、即座に殺しましょう。いいえでキャンセルが出来るから、どうか気軽に殺意を持ってほしい」

「サンキュー!! あなたは神だ! 死神だ!!」

少年は意気揚々と帰り、そのまま通販商品を捨ててしまい、熟睡した。


翌朝の彼は絶好調だった。余裕があった。いじめられても怖くはないと思っている。何故なら、殺す力を得ているからだ。

(俺はお前を殺すことが出来る。即座に。無慈悲に)

机の上に肘を乗せて頬杖を突き、いじめっ子の背中を悠然と眺めていると、教師が少年の態度を指摘した。

(いいのか先生? 俺は先生だってホイホイ殺すことが出来るんだぜ?)

幼馴染の少女が、丸刈りの頭を精一杯フォローすると、

「心配無用だ。俺は神の力を得た。もう何も怖くない」
「髪がなくなると頭も寂しくなるのね」
(いいのか? 俺は君だって……いや、殺せないな。祟られそう。コワイ)


「で。今日は殺さなかったのですか?」

死神と思われる声が、就寝前の少年の脳裏に響いた。少年は笑みを浮かべ、

「たった一回しか使えないなら、もっと持っていたいって思ったんだ。第一、いじめっ子と顔合わせるのは、あと数か月。あいつの学力的に高校はどうせ偏差値30の所に行くんだから、数カ月で勝手に消える奴に使うのはもったいないよ。もしかしてこの力、いつまでに使えって期限あったりする?」

「ないですよ。死神に時の感覚なんてありません。あなたの数十年は、私にとって瞬き程度のものですからね」

斯くして。少年は高校生になった。幼馴染とは同じで、いじめっ子は偏差値40の高校に行った。少し頑張ったらしい。

「しかし、悩むな……誰を殺そうか」

世の中、視野が広くなるほど、殺したいと思う奴はゴロゴロいるものだと少年は痛感した。まずは政治家に気に入らないやつがいる、クラス内にゴリラみたいな不良がいる。些細な煩わしさを感じる相手には、少なからず殺意を抱く。しかし1度だけの力。慎重に慎重に選んでいた。さしずめ死のノート(直訳厳禁)とも言える【殺したい奴ランキングリスト】を少年は書いていたが、これは日々変動している。

ゴリラは近所の子供と仲良く遊ぶ側面を偶然見て、彼の中で好感度が上がっていた。政治を学び、殺意を抱いていた政治家の理念には一点の曇りもないことを知り、自分の見識がまるで間違っていたことを少年は思い知った。

他にも嫌いだと思う奴らには、大なり小なり好感度を秘めていて、そうでない奴には関わらないでおこうとしていた。

視野が広がると、殺したいと思う奴は数多く現れる。しかし更に知見を広めると、殺意は雲散霧消する。高校生時代、少年は更なるいじめっ子に遭遇したが、【体を鍛えてねじ伏せれば勝てる】と数カ月頑張って修行し倒した。

結局高校生時代に彼は能力を使わず、大学生になっても使う機会はなかった。知見と体格とを兼ね備えた彼は、人気者になっていた。そうなると、殺すと考えたり、死のノート(直訳厳禁)を書いている暇などなく、充実したキャンパスライフで時間は流れ去っていった。


就職して社会人になると、理不尽な上司や残業などが待っていたが、

「やめてやる!」と書類を投げて彼は退職した。幾度も殺意を抱いたが、クズ相手に能力を使うのはもったいないと思っていた。
伝手と融資で金策し、会社を立ち上げて軌道に乗せる。魑魅魍魎しかいない社会の中には、殺したいと思う奴など星の数ほどいた。が、上に行けばそうした声や姿は全く聞こえなくなることに気付いた彼は、会社をどんどん大きくしていった。今や中小企業の星である。

途中、同棲を数年ほど続けていた幼馴染に指輪を渡し、彼は二児の父になった。息子が小学校でいじめられていると聞いて、

「お久しぶりですね。殺しますか?」
「あ、待って……ごめん、間違えた」

危うく息子の問題に口を出すところだったと猛省し、泣きじゃくる息子の肩を叩く。

「負けるな。絶対に負けるな。いつまでもいじめられるなんてことはない。勝つんだ、相手に負けない学力、相手に負けない強さ、相手に負けない視野の広い心で。上回らなくていいから、勝って生きるんだ。いいな」


娘が結婚して、孫を連れてきた頃に、死神が現れた。容姿は若く、格好は現代人と変わらない。

「余命が近づいてまいりましたよ。結局、使わないのですかね?」

病に侵され、チューブと点滴を受けている初老の男は、初めて見る死神を穏やかな顔で見ていた。

「幸せな人生だった……使わないで済んだ。1%で助かるが、99%死ぬ病だ。0%なら自分に使っていたが、1%なら、賭ける価値がある」

「私が実態を晒して来た。という意味を理解したうえで仰っているのですかね。ほら、アナタの書いていた死のノート(直訳厳禁)ですよ。誰かいませんかね? 折角だから使ってみては?」

「燃やしたと思っていたんだがなあその黒歴史……そうだ、いじめっ子は今どうしている? 私が最初に殺そうとした奴だ」

「町工場の長になってますよ。金策に喘いでますが、精いっぱい生きてます。政治家は参議院議員に。ゴリラさんは歌のお爺さんです」

「そうか……殺さないで良かったよ。しかし申し訳ないなあ死神さん。あんたから折角もらったこの力……結局使う機会がなかった。出し惜しみせず使えばよかったかもしれないと思ったこともあるが……如何せん無理な話だった。殺したいと思っても、ワシはそんなに恨みを持ち続けるような相手がいなかった……。全部……全部水に……水に流してしまえたから……」

病室に音が鳴り続けた。慌てふためいて現れた者たちは、死神の姿を見ることは出来なかった。

「では……使わなかった罰と言う名目で、アナタに良いものをお見せしましょうか」


老人は死んだ。しかし、魂はまだ地上に縛られていた。一番気力と体力が充実していた青年期の姿で。

「ここは……」
「本来、死んだ方を閻魔の元へとお連れするのがお仕事なのですが、あなたには最期に見てほしいものがある」

葬儀だった。彼は自分の葬儀を眺めていた。お焼香の匂いと、喪服を纏った人々が目の前にある。泣きながら一人の男が自分の髪を丸刈りし、手を合わせる姿もあった。

「妻にも寂しい思いをさせてしまうのか」
「殺しておきましょうか?」
「ジョークがきついな」

霊柩車で運ばれるまでを眺め、彼は満足した。誰かを殺していたら、こんな景色を作れていたか? もしくは、もっと良い景色になっていたかもしれない。だが、これで満足していた。

「ありがとう。もう大丈夫だ」
「では参りましょう。きっと極楽行きだと思いますがね」

彼は死神と共に、黄泉の旅路へと歩んでいった。
とても穏やかな笑顔で。

                           了

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。