【二次創作短編小説】川平心春の散髪世界

 終わったから、始まる。

※この物語は、可哀片コハルの物語の、二次創作作品です。解釈違い多数あるはずなので、苦手な人はブラウザバックをお願いいたします。

※また、先日迎えた最終回の後日談にあたるため、ネタバレが満載です。









第〇段

 プレミア動画が始まった。画面にはいきなり、可哀片コハルの姿……ではなく、川平心春の姉、夏希の姿があった。まさかの2度目の実写に、生存者たちはコメントで驚いている。

「終末世界からごきげんよう……可哀想な欠片と書いて、かわひら。かわひらコハルよ……」

 そしてアップに映った彼女の奥には、両手を縛られて椅子に腰かけるコハル……いや、心春の姿があった。先日アップしたリハビリ動画で元気だと言うことやこれまでの大まかな経緯を伝えており、明るくなった姿を公表していたのだが……今回は憔悴した顔で、諦めたような顔をしている。

「今日はね……散髪経験のないお姉ちゃんが、私のね……、命にも等しい、レディの髪をバッサリ切るって張り切っているからものすごーく恐ろしいの」

 るんるんと準備を進める姉はその言葉に一切ツッコミを入れない。コメント欄には『oh…』『gg』『心春……お前、消えるのか??』『草』等と並んでいる。基本的に誰も助ける気がないのは、心春にとって少しばかりショックだった。

「何言ってるのよ心春。その大事な髪が、この間救出した時ばっさばさでキューティクルの欠片もなかったじゃない。貴女もだけど、髪が可哀想だったわ。なのに今更髪の心配だなんて随分な事ね。雑に扱った彼女が別の男にとられてようやく大事さを理解する位、遅いわよ」

 心春の首に掛けられたサラサラの前掛け。いよいよ始まる。進んだ針は戻らない。ここから先は取り返しが効かない。

「お姉ちゃん、取引しましょう。私が悪かったわ」
「悪いと思うなら享受するのよ小春」
「お姉ちゃんに心配かけて、本当にごめんなさい」
「そう思うなら享受するのよ小春」
「もっと髪を伸ばしてお姉ちゃんみたいな髪形にしたいの」
「心春は心春の髪形を目指しなさい。終末世界で私とおんなじ姿にしたのも憧れか自分の好きなものへの執着とか、そういうのは、良くないわ。あの世界にコハルはいても、心春はいなかったの。貴女になるための第一歩だからお姉ちゃん頑張っちゃうわ」

 断髪は、決別や決意決心等、様々な意味合いがある。ジャキジャキとハサミが笑い始めて、心春は背筋を震わせた。

 最初に教団から、好きな姿になって好きな世界を謳歌できると聞いた時、心春が真っ先に思い描いたのが姉の姿であった。それはいつも自分の傍にいて、理解してくれる、信頼できる存在だった。描いた姿そのままで、しかし名前は自分であり自分ではない『可哀片コハル』として。

 そうして自分の名前を奪われた川平心春は、自分を消そうとする自分と、いじらしくも戦い続けていた。姉の姿をした誰かで、自分の名前を持った誰かが、閉じた世界、心の中で、春を謳歌している。いくつもの残骸、欠片となった心春がコハルに挑む度に、欠片は砕けて、コハルが成り代わっていく。

 すすめすすめ。青信号。赤になることは許されない。とまるなとまるな。青信号。黄色が出たらおわりのはじまり。

「2年間」

 シャキシャキと慎重に切っていく姉の言葉で、渦巻いた感情が消えて心春に意識を返した。2年間。自分が最も嫌っていた存在からずっと目を背けていた心春だったが、残された人にとっても長い2年間だった。

「ようやく手の届くところに貴女がいるのね」

 バックパッカーとして世界を旅してきた夏希は、散髪技術も嗜みがある。髪は女の命であると同時に、その髪型が妹と繋がる唯一の手段だと信じていたからだ。それでも心春に散髪技術がないと宣言したのは、心配させた分心配させてやろう、数倍返しで。という意地悪な発想だった。

「心春。ハサミとバリカン、どっちがいい?」
「ハサミよ!!!?」

 しんみりとした雰囲気でいきなり刺しに来る姉。「冗談よ」と笑う姉が左手にバリカンを隠したのを、心春でなければ見逃していた。

「しばらくは地肌も整えなくちゃいけないから、栄養も沢山取らなきゃね。枝豆に納豆に小豆、豆は良い物よ。色んな世界で愛されているわ。嫌だと言ったら鼻に詰めてあげるから覚悟してね☆」

 可哀片コ豆の終末世界……始まらない。

「お姉ちゃん、わがままを言っていいかしら……美味しいものを食べたい」
「美味しい物を食べることは良いことだものね。じゃあ今度〇郎ラーメンを食べましょう。栄養満点で」
「違う、そうじゃないのお姉ちゃ」

 ジャギッ

「あ」
「あ」

 右側頭部の、地肌が少し見える程、ハサミが心春の体揺らしと共に暴走して切ってしまった。範囲は小さいが、明らかにミスをした。

「……」
「……」
「心春、今度お肉屋さんに連れていくわ。うんと良いの奢るから……ごめんねー!!!」
「お姉ちゃん!!? え、生存者さん、私の髪綺麗かな??! 変になってないわよね!!?」
『あっ……』『また髪の話してる』『草』『若いしまだ生えるからへーき』

 今度から美容院でキレイに髪を切ってもらおう。心春はそう決意したのだった。

 第〇段「髪をもがれたカワヒラコ」

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。