Vtuber綾瀬川晴美の復活 第4話『孤独と解毒』


蟲毒

Vtuberになる手段は様々ある。

流行になる前の主流は、企業が強いPCとモーションキャプチャー機材を揃え、用意された器にそのまま魂を宿す方法。

流行ってからは、個人がFaceRigを使って、自作他作のアバターで魂を宿す方法。簡単な3Dを作成するVroid、Vカツ等も最近は増えてきた。
オーディションなども存在し、声優オーディションのようなノリで可愛い体が生み出されている。

だが稀に。このオーディションそのものをイベントとして扱うこともある。Vtuber界隈でも珍しい、数十人を巻き込んだ一大イベント。5つの体を10人5組が人気と実力で奪い合い、誰がその器に相応しいかをファンが選び抜く。
45人の魂は敗北者として去り、残る5人が適合者として生き残る。

別名、【Vtuber蟲毒】。敗北した魂のファンは、期間中に各々が魂を救うために奮闘した。体を用意するなんてのは当たり前のように。再びネットの片隅に消えてしまう一期一会の魂を、離したくない必死さが熱くさせる。

ある者は批判的に、ある者は好意的にこのイベントで盛り上がっていた。だが結局のところ、決まった瞬間熱狂は冷めていき、「二度と御免だ」と思う者たちが散見された。

???「選ばれなかった。全員が同じ容姿で、選び抜かれずに、終わった」

1人。参加者の中には、絶望を抱く者もいた。蟲毒は1組で、同じVtuberの姿で共有される。1号、2号といった番号で区別される。それはつまり、剥き出しになった魂の品評会とも言えた。人が人を選ぶことの残酷さに、過敏に気付いてしまった彼女の名前は……


妖精アリア・ヴェール

嘲笑と嫉妬と怨嗟と罵倒の声でアリアの魂は目覚めた。目の下にはクマがあり、髪はボサボサで息は荒い。大きめの胸の奥が過剰な心肺活動をして、冷や汗と喉の渇きを訴えている。何度見たか数えるのも憂鬱になる、彼女が頻繁に見る夢は、日々蝕んでいく。

実際、嘲笑されたわけではない。嫉妬されはしたが、怨まれることも罵声を浴びせられることもなかった。蟲毒は彼女のその後に大きな影を残し、復帰するまで時間がかかった。

彼女は顔を洗い、髪を梳き、鏡に映る自分に何度も何度も言い聞かせる。

アリア「私はアリア。妖精。アリア。妖精のアリア。アリア」

青い髪。深い森の中に住んでいたであろう尖った耳、小さな体と透明な羽。アリア・ヴェールという妖精のキャラ。彼女はアリアの魂である。

復帰して元々の配信活動に戻ろうとしたとき、Vtuber企業【いまなんじ】が新キャラを募集していることに目を付けた。まだ姿は決まっていないが、応募しようと思い立った。蟲毒での敗北は影を落としていたが、彼女は高卒の自分に残された道はこれしかないと、覚悟を決めている。

蟲毒での経験を活かして傾向と対策を練り、持ち前の可愛い声をふんだんに活かして挑んだ。結果は合格。アリアを勝ち取ることも出来た。

だが、そのデビュー日に声がバレてしまった。蟲毒時代の音声、ひいては生主時代の音声の比較動画、問題発言の切り抜き動画まで拡散した。転生についての議論が紛糾し、早々決まったことへの憶測なども飛び交った。必死になって頑張った全力が裏目に出たとあり、アリアは脱力し3日経った現在、配信も、呟きも出来ない状態が続いている。

払拭するにはどうしたらいいかを、暗に籠り八方塞がりな思考で突き詰めた結果。「アリアになる」ことが求められているのだと空回りした。担当のいまなんじ社員から「同期の晴美のように、もう少し気楽に構えていい」と言われたのだが、気楽にしてもダメなんだと自分を追い込んでいた。

綾瀬川晴美。アリアと共にデビューした同期だ。これまでどのライバーも、綺麗だったり個性的な容姿が多かった中で、突出して無個性だった。

黒い髪、半袖シャツ、青いジーンズ、サンダルにビニール袋。美人顔に近いものの、巨乳でもなければ可愛い声でもない。リアルにいそうな風貌で異質極まっている。
デビューすればご祝儀で登録者数は毎度1万人を必ず超えるいまなんじだったが、彼女は登録の指を躊躇する者が多かった。今現在一万人に到達していない上に、自己紹介動画も1分のみで正体を窺うことさえできない。

そんな彼女の初配信とあって、アリアは同期の動向をチェックするためにPC画面を見ていた。時刻は既に午後7時。アリアは昼夜逆転生活を体に叩きこんでいる。

アリア「晴美……どうにも凡庸で無名の絵師の、情熱だけで体を作ってもらった子。でも中身よ。姿はそんなんでも、中身が伴えば人気になれる」

濁った眼で上から発言をしているアリアをよそに、配信が開始した。
居酒屋の紫色の暖簾に【少し待って】の文字が書かれたOP。同時接続者は4000人。いまなんじの初配信としては少ない。

晴美『あー、テストテスト。聞こえるかな? コメントで教えてくれない? 最近買ったマイクだから大丈夫だと思うんだけどさ。どうだろ、聞こえてるよね? アン? 煩いって? いいだろ、ライバーの声だから煩い方がいいんだって。気になるなら音量下げて』

画面は変わらず声だけが聞こえる。いまなんじは敢えて動画や配信の詳細を最低限しか新人に教えない。奮闘する姿や慣れてレベルアップしていくのもエンタメとして提供しているからだ。

晴美『っと。画像もこれで良しっと。ヤッホー皆。綾瀬川晴美だよ。いやーどうよこの姿。新人絵師さんがくれた姿なんだけどさ。私に滅茶苦茶しっくりくるんだよこれ。【へちょい】? いまなんじ=高品質でなくともいいでしょうに。私みたいなへちょい姿、あ、ママごめんね、今のは本音、いや建前? まあいいや』

アリア「良くねえだろう!!!?」

晴美『とりあえず私何かしようと思うんだけど、何が良いかな? 自己紹介とか堅苦しいのはいいよ、歌とかダンスとか何でもやるよ。あ、ダンスは3Dモデル貰ったらやるわ。よろしく』

その後も晴美のトークは続くが、歌ってみたをしたかと思えば、次は雑談、いまなんじに入った理由「何となく」と、無気力と無軌道な配信内容だ。
アリアは最後まで見続けたが、自分の同期がこんなにいい加減だとは想像していなかったのだろう、クッションを何度も壁に打ち付けていた。

同接人数も、一時期5700人まで増えたのをピークに下降し続け、配信の終了間際には2400人にまで減っていた。
【高評価:2400、低評価2600】。アリアは、自分の初配信が【1万、4100】だったのを思い出し、同期の低評価投票が多いことに愕然とした。
同時に、同接を最後まで聞き入った強者たちが全員高評価に投じているのにも驚く。特別面白いトークでも斬新な企画でもない、ただの配信に何故と、アリアは本気で理解が出来なかった。

晴美『え、低評価凄い? まあしゃーないよ、そんなこともある。じゃあ今日はこんな所かな。そろそろ夕飯の時間だから。ラーメン食べてくるよ。おつかれー』

アリア「……」

頭痛が酷くなったアリアはベッドに寝転がった。企業勢としての意識が低いと思っていた。クッションが宙を舞い、落ちるたびに高い高いされる。

アリア「気楽……あれは気楽じゃなくてテキトーよ……!! 何なのアイツ……いまなんじに入ることがどれだけVtuberの憧れなのかも知らないで!! ふざけないでよ本当にもう!! 私がこれだけ頑張って悩んでいるのがバカみたいじゃん!! でもあんな奴にだけはなっちゃいけない……!!」

即座にDMを送るアリア。相手は晴美で、内容は先ほどの配信についてだ。

アリア【さっきの放送見ましたけど、低評価が凄すぎて開いた口が塞がりませんでした。貴女はいまなんじに所属し、注目を浴びていることに気付いていないのですか? あんな個人勢の誰でも出来そうな配信で恥ずかしいと思わないのですか? 大体配信時刻も早すぎます、ラーメンって身元バレのリスクもあります、もう少しVtuberの、いまなんじのことを考えた行動をしてください】

勢い任せで書いた文面を即座に送り、10秒、20秒と経過するごとに、送ったことを盛大に後悔し始めるアリア。1分。3分。10分。時計の針は止まらないし、彼女の胃の痛みも止まらない。20分経つか立たないかの所で、返信がきた。

晴美【ごめん。豚骨麺食ってたw ごめんよー、配信とか初めてだから実際個人勢以下なんだよ私。アリアは経験豊富なのかな? 今度教えてよ! あ、私を特定しても何にもならないからセーフ。豚骨が旨いのが悪い】

アリアはスマホを天井に投げつけた。
今度は担当社員に【しばらく休みます】とDMしたところ、【いいよ。半年以上休んでいる人もいるから】と気楽に返ってくる。完全に脱力したアリアは、ベッドに再び横になったのだった。


憔悴と破滅

その後、アリアはどうにか復帰した。一週間の間に心身を整え、アリアとしての自己暗示を磨き、アンチに反応しないことを胸に秘めて。復帰理由の中には、晴美の存在があった。アリアがいない間も晴美は3度ほど配信し、いずれもVtuberらしからぬ内容で、アンチとのコメント喧嘩も盛んだった。

喧嘩の際に口走った言葉が苛烈だったのを切り抜き動画で晒され、荒れて炎上した。晴美は意に介さず「喧嘩売られたから買った」と、ツイートで悪びれる様子はない。

低評価が相変わらず目立っていたが、高評価も負けじと増えていった。登録者数もじわじわと伸び始めているものの、いまなんじ中最下位の登録者数は変わらない。アリアは頭を抱えた。同期がこんなに燃えているのだが、助けることが出来ない。助け方を知らない。そもそも助けるに値しない…と。

せめて自分が配信をすることで鎮火出来ないものかと思い立ち、配信準備に取り掛かっていた。

アリアの配信には1万人のファンが押し寄せた。柔らかい物腰と可愛らしい声で、「まるで本当に妖精」というコメントまである。低評価は3000を付けたが、高評価がそれを遥かに上回った。

匿名質問箱に寄せられた様々な事に雑談と称して答えていくのだが、7割が転生や誹謗中傷についてのもので、アリアはそれを探して無視するのに終始する。その間、アリアというキャラを崩さず、自分を殺して冷や汗を流しながら。

Vtuberで良かったと彼女が感じるのはこういう瞬間だ。青ざめても冷や汗をかいても気取られない。2枚隔てた壁が保護してくれる。
配信は1時間で終了し、心労がどっと押し寄せてアリアは配信を切ったことを再三確認してからため息をついた。ツイッターでの反応も概ね良好だ。ファンアートも何作か出来ている。アリアとして感謝のツイートをしていき、ファンとの距離を出来るだけ詰める。

同時にアンチの言葉もリプには飛んできている。転生についてイチャモンを付けるような内容で、他のファンから注意されると「優しい世界だな」と皮肉交じりに言ってブロックする。

1000の誉め言葉を並べられても、10の心無い言葉が突き刺さってしまう。配信を重ね続けて1カ月も経てば、そんなことが常態化していった。

アリアの登録者数は5万人を突破し、晴美の登録者数は1万6千人を突破。晴美なしでもいいと切り捨てて奮闘した成果であり、胸を張ってアリアは自分の正しさを証明したかったのだ。

が。そこまで行ったところで悪意ある切り抜きの数も増え続け、過去の生配信主時代の発言が発掘された。オタクへの罵詈雑言だった。実際は失礼な事ばかり言い続ける弁えないオタクの発言に当時のアリアがキレたのだが、オタクの発言部分が綺麗に抜き取られて、周囲のオタクへのイキリ散らかしのようになっている。

【オタクを馬鹿にしているのか】【オタク相手に収益化して馬鹿笑いしている】などの憶測や批判に的外れな擁護が飛び交い、さながら地獄絵図の様相。アリアはハラハラと、ドライアイ寸前の目を濡らした。右肩上がりだった登録者数も減り続け、発言をしようにもドウにも出来ない自分のふがいなさに、狂いかける。それでも企業に迷惑だけはかけられないと発狂を抑えていた。

運営の担当者からは『暫くすれば鎮火するから』とアリアを慰めたものの、その言葉を素直に受け取れるほど彼女に余裕がなかった。体に力が入らない。配信機材を前にすると恐怖がよぎる。衆目に発信することが怖い。だが心に住まう自分(アリア)が「早く配信してよ」と促しかける。生活のためには配信を続けなければならない。助けが欲しいと思っても、誰に求めればいいかわからない。いまなんじのメンバーに頼るかと思ったが、アリアはかぶりを振った。この程度の試練は誰でも乗り越えてきたはずと思った上に、庇いたてるようなツイートで延焼させてはいけないと自制する。

兎に角配信をしなければいけない。大急ぎで鏡の前に立ち、自分をアリアだと言い聞かせる彼女は、やりたくないのだという自分を上書きするように必死で唱え続けた。「私はアリア」。それを100回程繰り返した時、アリアはふと自分の名前を思い出そうとして、思い出せなくなることに気が付く。

???「何言っているのよ。私はアリアじゃないの」

アリア・ヴェール。森の奥底で書物を読み暮らしていたが、悠久の時を過ごした我が家同然の森が、エルフの森からの延焼で燃え尽き、仕方なく人間世界での生活を余儀なくされた妖精の少女(560歳)。日銭稼ぎに小説などを書いていたが、或る日YouTubeといまなんじを見つけて配信活動を思い立つ。

何度も何度も反芻した設定が頭に張り付いた。

???「ほら、アナタは人間じゃないわ。人間と思っていたのは勘違いよ。アナタはアリア。アリアよ。貴女はアリア。アナタはアリア」
アリア「違う……違う、違うよ、こんなの設定よ……!! アリアは二次元上の架空の人物よ!! 私は、私は違う、違う……!!」

ケラケラと嘲りの笑い声がアリアの頭に響き渡る。

???「違わないわよ。ずーっと日がな一日中森の中での引き籠り生活が抜けないから、こんな狭い部屋で、独りぼっちで引き籠っているんじゃない。【何物にもなれない人間って設定】で、よく生き残れたわね。自尊心が崩れて死んじゃいそうだわ☆」
アリア「なるわよ……何者にでもなってやる!! 私は、配信活動をして、それで皆と繋がって、華々しい道を進みたいから頑張っているの!! こんな幻聴に惑わされるなんて思わないで!!」

???「私の姿を使わないと活動できない人間が、どんな光の道を進むっていうの?? 貴女、自分の姿に自信があるなら私の姿を使わないでくれない?? 私はアリアよ?? アナタは誰なの?? アリアだから5万人も人間を誑かせたのよ?? アナタの魅力だけだったら見向きもされなかったでしょうね。トークが上手くてゲームも出来るって、それ、皆やってるの。皆同じことをしているの。可愛い可愛いアリアちゃんだから皆好きなの。この姿こそが本物の証なの。アナタが、同期の女位ヘンテコな絵だったら登録者数を1万人も集められたのかしら?? どこにでもいる凡庸で、突き抜けた個性もない、可愛い声と喋り方だけが取り柄の声優崩れ。アナタの価値はアリアよりも劣る。アリアよりも。だからアリアになりなさい。アリアになり切って、アリアになるの。アナタはアリアになって、アナタ自身は死んでも、アナタの代わりにアリアが生きるわ。私ではない、アナタこそが仮想の住人になるの」

幻聴の声はアリア自身の声だとアリアは知っている。思っていることも、突かれた弱点も、全て自分の内に秘めたコンプレックスの発露だ。何者かになるために何かをしなければならないのに、何も出来ずにいた。

心が揺らいで危なくなった時、彼女は確かに、何度もアリアを呼んだ。何者かになれると信じて呼んでいた。登録者数5万人も、過去の切り抜き動画で激減した。それはアリアではなく過去の自分が今を侵している結果であり、つまりは。アリアの人気とは違う別の事で、アリアに迷惑をかけてしまったのだと、三次元に生きるアリアは錯覚した。幻聴が、過去の自分が、今の自分の心の叫びが、頭の中を支配して力を奪い続ける。

???「……私は……何物にもなれない誰かなの……??」
アリア「そうよ。アナタはどこにでもいる人間。弱くて弱くて、それを認めずに、同期に当たり散らして気持ちを落ち着けていた卑しい女。でも安心しなさい。そんなアナタでも、アリアは救える。仮想を現実にしなさい。アナタが仮想になりなさい。そうしたらファンは戻ってくるわ。アナタじゃないの、皆はアリアを求めているの。何物にもなれないアナタなんかじゃない、アリアだけを求めているのよ」

グラグラとした頭が、次第にスーッと楽になる気分に彼女は浸り、このまま自分は誰かになれると、アリアになれると思って……

……そこに、DM通知が届いた。

ハッと気づいたアリアは、今自分がしようとしていたことに、全てを幻聴と仮想に委ねるという悍ましい行為に怯え竦み、その場に膝から崩れ落ちた。痙攣して寒気を訴える肌を抱き寄せて、アリアは静かに涙を流した。叫びたい気持ちがあったのに、叫ぶ気力すらない。幻聴はもう聞こえない。

晴美『よっす元気―? あれから全然連絡くれないし、何かまた燃えてるしで心配になった。今さっき配信終わったんだけどさ、今暇?? 親睦会と1カ月活動記念ってことで飲まない??』

自分を救ったDMは、自分が忌避した者からだった。彼女は、どうしてあんなに堂々と出来るのだろう? 嫌味抜きでアリアは思った。その秘密を知りたいと思ったが、身バレを恐れて返信する。

アリア『お誘いありがとうございます。でも身バレの危険があるので、外で飲むのはちょっと遠慮させていただきます。また機会がありましたら』
晴美『成程、流石のプロ根性だな。じゃあ邪魔の入らない、私んちで宅飲みしようぜ。住所は〇〇〇の〇〇だから。そこから遠い??』

もう怒る気力もないアリアは、想定よりも20分ほど遅い時間を指定し、行くことを伝える。このまま独りでいると、気が狂いそうになるからだ。


焼酎と破戒

引き籠り同等の生活を続けていたアリアだが、運動はしっかりしており、他所行の服装も用意している。久しぶりに着るが、体系は変わらず小柄。しばらく使わなかった靴に足を通して外へ。人込みを避けるべく、タクシーで所定の場所に辿り着く。

賃貸マンションの玄関でインターホンを鳴らし、晴美が出た。5Fまで上がって506号室の扉をたたく。

晴美「よーっすアリア! ……うわ、可愛い。妖精じゃなくてYouTuberでもいけそうじゃん。羨ましいわ」

アリアは、出迎えてくれた晴美から容姿を褒められたこと以上に、晴美の容姿に驚いて硬直した。Vtuberとしての晴美、そのままの姿なのだ。あまりにもそっくり過ぎて、「もしも晴美がそのまま実写化したら」を地で行っている。震えた人差し指が、晴美を示す。

アリア「は、晴美なの……?! 何で、何でそっくり、……嘘でしょ!?」
晴美「いやーナイスリアクション。そうなんだよ、あの絵師さん、いや私のママか。はね、かなり精巧に私を再現してくれたんだ。ほら外寒いだろ? 続きは家の中で話そうか」

アリアの手をひっつかんで晴美は自宅へと招き入れた。二部屋ある内、パソコン機材がない方。座椅子とテーブルがあり、テーブル上にはおでんや焼酎が乗っかっている。湯気と出汁の結界が部屋を包み込み、揮発するアルコールの匂いがアリアの鼻をくすぐった。

晴美「それにしても、アリアって体つきもっとぽっちゃりモチモチしているとか思ってたけど、意外にシッカリしてるんだな。ライバーって皆不健康そうだし、ガリガリか、太い奴ばっかだと思ってたよ」
アリア「ライバー……もしくはVtuberは体力がないと務まらないわよ。アナタは逆に何その筋肉、二の腕も普通より太いし、腹筋とかも割れてそう。男みたいね」

晴美は上着を捲りあげて見せた。腹筋が綺麗に割れている。唐突な肌色にアリアは怯んだ。その様子を見て晴美は笑う。

晴美「土方ばっかりで体が仕上がりすぎてな。今だって週に3回のペースで入っているけど、疲れ知らずだよ。その変わり胸板が厚くて女扱い中々されねえけどな!」

コップに焼酎を少々と、氷に炭酸水を足して、マドラー代わりに割りばしでかき混ぜる晴美。切れ目のある輪切りのレモンをコップに差して、アリアに渡した。

晴美「一応オフコラボって扱いになるのかな?? 良い時代になったもんだな、Vtuber始まったときは、オフコラボなんかオフパコの同意義とか、変な邪推とか杞憂かます野郎ばっかりだったけど。今はそうじゃない。飲めよアリア、飲める年齢だろう??」

酒。アリアはいまなんじに入った時から、酒を飲む事を忌避していた。飲めないわけではない、むしろ好物だ。お酒に酔って不覚を取ったり、酩酊状態で自宅や名前を言うのが恐ろしかったのである。その酒が今、目の前にある。シュワシュワと泡立つハイボールの誘惑に抗おうとするアリア。

アリア「いや、私は」
晴美「おでんもあるのに飲まないのか? 作りたてのからしに絡めて食べるとうまいぞ~。焼き鳥もあるぞ。手羽もある。ざく切りキャベツとか、河豚ヒレもあるし熱燗もいける。河豚ヒレ酒の香ばしくて染み渡る快感は病みつきだ。……どうだ、これでも飲まないってのか?? ん?? もしも飲まないならそれでもいいけど、私はこのままお前の悔しそうな顔を肴に飲みまくるぞ、良いのかな??」

だが。

アリア「……誘ったのはそっちだからね。責任取りなさいよ」

ひったくる様にハイボールを受け取ったアリアは、喉を鳴らして数瞬躊躇い飲み込んだ。ヒヤリと潤す酒の甘みと、体が反応して徐々に熱くなる感覚。レモンの酸味が丁度よい塩梅で、「美味しい」と思いながらアリアはコップ一杯を即座に空けた。

晴美「……良い飲みっぷりじゃねえか。そうでなきゃあ面白くねえ」
アリア「可愛い見た目だから飲めないと思ったら大間違いなんだから」
晴美「自分の事可愛いっていう自信があるのすげえよ。実際可愛いけど」

本来自分が飲む用のハイボールを、晴美は渡した。流石に2杯目をすぐに一気飲みせず、アリアは座っておでんを小皿に取っていった。デカイ鍋にゴロゴロと転がるおでんタネと出汁が揺れる。熱々の出汁を吸い込んだ大根にかぶりついた。

アリア「……これも美味しい」
晴美「そうだろ、大根とかゆで卵、こんにゃくとか準備したんだ」
アリア「全部切ったり茹でたりするだけじゃない」
晴美「まあまあ固いこと言うなって、がんもどきも牛筋もあるから」

アリアが先ほど飲み干したコップにハイボールを注ぎ、晴美も負けじと飲む。酒の美味さに箸も進むのだが、アリアはその様子を見て赤面していた。

晴美「どした?? 舌でも噛んだか??」
アリア「……晴美いま、そのコップ私がさっき」
晴美「洗うの面倒だから良いかなって。もしかして虫歯とかあったりしたか?? でなきゃ問題ないけど」
アリア「大ありよ!! 間接キス決めるとか何それ信じられない!! 返してそのコップ!!」

コップを奪おうとするアリアを晴美は腕を動かし、余裕綽々と回避する。

晴美「なんだよ間接キスくらいで。処女じゃあるまいし……アッ……ごめんな。そういうのもっと、気を使うべきだったよな。……ぶふ」

御免と言いつつ顔はにやけている晴美にアリアは激怒した。必ず、間接キスのコップを奪わねばならないと思った。自分の尊厳のために。

アリア「処女じゃないし!!」
晴美「まぁまぁ良いじゃねえか処女でもビッチでも」
アリア「ライバーのイメージダウンになるから処女っていう風に言っているだけだから!!? ほ、本当は、本当は私だって、私だって!!!」

コップを取ることが出来ずに肩で息をするアリアは、ハイボールを飲み干した。んっと差し出されたコップに晴美は10秒で注ぎ終わる。

晴美「いやいや、アリアが処女とか嫁の貰い手沢山この先出るからいいんじゃないの?? 見た目的に20代前半だろ? 私みたいな20代中盤よりだいぶ価値あるじゃないか。男はいつだって処女に弱い」
アリア「そういう問題じゃあなくて!! 本当なんだから!!! 本当の本当に!!!! 信じてよおおおおお!!!!」

必死なアリアをゲラ笑いで対応する晴美。その後も焼酎瓶が空になり、2本目もご機嫌に飲んでいる。晴美は何げなくアリアに、最近の配信どうよと切り出した。機嫌悪く毒を吐く。

アリア「全然ラメ!! クソみたいなアンチがコメントで煩くて駄目!!! リプでクソみたいな文面送ってくるのマジムリ!!! あいつらの首根っこ掴んでビンタ百発くらい入れてやりたい!! 人としての礼儀もないしどこでどう育ったのかマジで気になるし!!!」

身振り手振りが大きく、ビンタの仕草は憎しみのスナップで、アリアの『出来上がった』剣幕は晴美を爆笑させた。

アリア「アナタは良いわよね晴美!! アンチ来ても全然ダメージないから!! 喧嘩しても運営にお咎めされないし!! 私はねー。アリアで大人気になったから変な事とか全然言えなくてさー!! イメージ壊れちゃうから全然何も言い訳とか……そういうの、そういうの出来なくてさー」

急にアリアは涙をこぼし始めた。晴美はまだ笑って聞いている。

アリア「裏垢とか特定するキモイのいる界隈だから……そういうのどこにも吐き出せないのマジで……マジ……本当にきっついからさー……お気持ち表明的なこと言うと冷めるとか言う馬鹿もいるからさー……でも配信主体だから外に出る用事もないし、こんなあったかいおでん食べたのも本当に久しぶりだし……毎日毎日質問箱には変なの苦し……苦しいし……」

晴美はアリアに河豚ヒレ酒をふるまう。アリアはクッと、熱を通した香ばしい河豚ヒレの香りと、次いで訪れる喉を潤す熱さに酔いしれた。まるでデトックスをしているかのように、飲むだけため込んでいた感情が溢れ出る。

アリア「周りに毎日毎日気を使って生きるってマジでつらい……マジで辛過ぎてもう無理……さっきもアナタからDM来なかったらヤバかったし……楽になりたいよ……引退しようかなとか……そして転生してやり直そうとか……辞めたいけど、でもここ以外で成功できる未来が浮かばない……生配信ばかりで就活なんかしなかったし、今更勉強とか無理だし……でもこのまま続けたって良い子を、アリアを演じ切る自信なんてないし、いきなりキャラ変えるなんてことしたらファンが更に離れちゃうし……」

いつの間にかアリアのそばに座っていた晴美は、アリアの頭を撫でてなだめた。手に持っている追加の酒は熱燗で、今度は彼女が飲んだ。アリアが言葉を切って少ししてから、晴美は語り始めた。

晴美「なあアリア。私高卒でさ、大学行かずに土方とか、あまり頭使わない仕事ばかりしてきたんだ。学力全然ないし、体力だけが取り柄で、いつ死ぬかもわからない人生をずーっと生きてきた。声はこの通り低めで、顔立ちはギリ可愛くても身体つきが男でさ。生きている中で何か面白いことないかなーとか、イケメンとかそういうの捕まえてとか、俗な事ばっか考えてた」

ほらよと渡された酒とつまみを、アリアは素直に食べて飲んだ。逞しい手が頭を包んで、彼女は安らぎを覚えている。

晴美「というか、今だって考えるくらいにはやりたいことはある。でも、夢がないんだよ。『これが絶対にやりたい』ってのがないんだ。アリアは、こんなに嫌なことがあるって思っていても、転生とか言っているからやめたくないんだろう? 本気でいきなりDM送って叱るくらいにはVtuber続けたいんだろう? それが私には羨ましいんだ。私はVtuberになれたの、運だと思っているし、受からなかったら今も何処かで何か探して生きていたんだと思う」

アリアは、ボーっとした目で晴美を見ていた。スマホをいじって何かをしている何気ない姿だけで、不思議と安心感が芽生える。こうして面と向かって人と話すのはいつぶりだろうと、アリアは薄い意識の中で思っていた。ゆっくりと、アリアは口を開く。

アリア「受かってくれてよかったじゃん。きっと、そうでなきゃ私、どうなってたかわからないし……」
晴美「そうだなー。なあアリア、今から配信するか??」

遊びに行くかのような感覚で、唐突に配信に誘われたアリア。意図はまるで分らないが、晴美はパソコンを立ち上げて、ゲームを開き、慣れた手つきで配信準備を始める。同量の酒を飲んでいるにも関わらず、軽快かつ淀みない動作だ。

晴美「アリア、素直になるっていうのはストレスがないが、代わりに意見のぶつかり合いが多いもんさ。親方とも殴り合ったりしたことがある。けど自分に嘘をつくよりも、そっちの方が気が楽だし、それで人気が出ないならそれはそれで仕方がないなと思う」

晴美は先ほどツイートで、『さっき配信終わった後で悪いんだけど、初のゲリラコラボするよ!! でも音声は私だけだ!! 暇な奴は来てくれよな!』とリスナーに呼び掛けていた。配信準備画面の段階で、同接2000人が来ている。

晴美「ここに集まった2000人は私の、その姿勢で良いって認めてくれた大事な奴らだ。アリアよりは少ないけど、結構楽しく配信できてるぜ」

ゲーム画面が表示され、晴美の姿も映し出され、いよいよ配信が始まった。最初から1万円のスパチャを投げるファンもおり、コメントも活気がある。

晴美「おーっす皆、悪いな付き合わせちゃって。赤さんもいつもありがと、ていうかさっきも投げてなかった? まあいいや」

他愛ないコメントとの会話を3分程度した後、わけあってオフコラボをすることと、相手は誰か言わないという謎のコラボ配信であることを告げ、2人対戦ゲームを起動した。通信機能がない、その場に居合わせなければ協力プレイが出来ないゲームだ。コントローラーをアリアに渡し。

晴美「ほいよ酒姫様。何も喋らなくていいから、遊びな」

声を出せばバレてしまうので、アリアはゲームを開始した。

アリアにとってゲームは、楽しむべきものではなく共有するものだ。新作ゲームが出れば、必ず規約を熟読してからゲームを配信する。それがどんなに自分と肌の合わないものであっても、だ。時にやりたくもないホラーゲームを、再生数稼ぎのために使うこともあった。神経を更に擦り減らせて、怖い思いをして、自分の悲鳴を可愛いと言わせて、虜にするための道具として。

今やっているのは少しレトロで、アリアが子供の頃遊んでいたゲームだ。配信の取れ高は期待できない。だが、思い出がよみがえった。

近所付き合いの友人とプレイしていたこと、学校でそのゲームが流行ったこと、ゲームを楽しそうに配信する人の動画を見たこと。

懐かしいと彼女は思った。夕方までやって母から叱られたことも、ゲームをしている時に風呂が沸いたことを告げられたことも、晩御飯の支度の匂いが漂ったことも。今アリアの脳裏にフラッシュバックする。

いつから、ゲームは楽しさを求める目的から、手段にすり替わっていったのだろう。素直に遊び楽しむ心を、いつ無くしてしまったのだろう。家を飛び出て以来あまり連絡をしていない母親は、いったいどんな気持ちでいるのだろう。様々な思い出が過って、アリアは一筋の涙を流した。

アリア「……そうだ私、始めは配信者って楽しそうだなって、そう思ってたんだっけ。それが始まりだったっけ」
晴美「酒姫様声出てるぞ?」

コメント欄では声の推理が開始され、すぐさまアリアだと勘づくファンがいた。晴美はまるで動じなかったが、アリアを案じて一旦ミュートにする。

晴美「バレたな。開幕早々に。お前声可愛いからすぐわかっちゃうんだよなあ、どうするアリア、まだ酒飲んだボロ出てないしさ、やめることも出来るけど」
アリア「優しいのね晴美。そう言うこと言われると好きになりそうだけど、……配信者としては駄目。……良いわ、このゲーム好きだから、今日はアナタを負かしてあげる」

甘えることを彼女は良しとしなかった。毒も涙も流しきってスッキリしたのか、酒で赤らめた顔のままコントローラーを握り、今度は声も込みで配信を開始する。終始コメント欄は白熱していた。アリアがいることを聞きつけたファンのお蔭で、同接が急上昇し、晴美史上初の9000をたたき出す。

そして同時にアリアへのアンチもコメント欄に乗り出すが、晴美のファンの統制度は非常に高く、意図的な不快になる発言の悉くに反応もせず、黙って削除と報告をしていった。50人もいるモデレーターは、晴美のためにコメントはせず、コメント欄の整備を終始楽しげに行っていた。

配信終了間際、運営から晴美に連絡が来る。
『連絡もなしにコラボ配信したら宣伝出来ません、今度からちゃんと連絡してください』

晴美「あ。そういえばコラボって許可なきゃいけないんだっけ。忘れてたわー……まあいいや、もう終わるし」
アリア「ねえ晴美。ゲーム一区切りついたところで提案があるんだけどいいかしら?? 私ね」

アリアは自身のスマホを取り出してツイートを始めた。酔って妖艶に細めた眼差しで、画面を見ている。心なしかウキウキしているなと晴美は思った。

アリア「このゴミのような質問に答える配信したいけど、この配信でやって良いかな??」

忌避していた質問箱の大量の質問。誹謗中傷が当たり前のそれに立ち向かうという勇ましさに、晴美は心躍った。

晴美「良い具合に酔ってるなあ。良いぜやろうぜ、まだまだ酒はあるぞ」
アリア「あはー。お酒大好き、晴美も大好き」

コメント欄が『てぇてぇ』で埋まるのを晴美は横眼で眺めつつ、酒を注いでアリアに渡した。酒量がどんどん上がっていく。もしかしたら私以上にのん兵衛かもしれないと晴美は楽しそうに笑った。

酒でとろけたのは、毒素、涙、そしてアリアというキャラだった。アリアの中で、幻聴が悲鳴を上げていた。

幻聴『やめなさい、それ以上アリアを穢さないで! この可愛くて美しい完璧な姿を誰が用意してくれたっていうの!? ママよ、ママの期待に応えなきゃいけない、私は他のいまなんじメンバーと違って崩壊したくない!! アリアになりなさい、貴女は、今ならまだ間に合』
アリア「煩いなあ。アナタは仮想、私は生物。生き物はねー、死んでたら意味ないのよ、貴女に合わせすぎてたら死んじゃうからこれも立派な生存戦略なの。そんなことより酒が美味しいわ。今ならどんなにひどいこと言っても後ろめたさがゼロかもしれないわね」

ケラケラと幻聴をかき消して、アリアは手筈を整える。ここまで大胆に振舞えるのはどうしてか、酒に浮かれてるからか、そう思ったが、アリアはもしも一人で飲んでいたらこうなっていたか考えて、そうはならなかっただろうと頭を振った。じーッと、晴美を見て、「こいつのせいだ」「ありがとう」が同時に沸き起こる。

晴美「んじゃあ、今までアリアが受けてきたけど応えられなかった質問に答える配信継続!! 深夜1時なのに1万8000人も見てるよすげえな!!」
アリア「皆ありがとー! お酒と皆で質問切り崩していくよー!!!」

コメントが沸き立つ。アンチコメントが目立たないくらい凄いペースでコメント欄が爆速の様相を呈している。ツイッターではアリアが壊れたことで、

『やはり彼女もいまなんじだった』『覚醒した』『アンチに悩まされていたっぽいけど吹っ切れてよかった』『キャラ崩壊はVtuberとしてどうなの!?』などなど様々な意見が飛び交っている。深夜1時を回ってもVtuber界隈は賑やかなのだ。

アリア「はい1問目【配信者の〇〇さんだって噂マジですか】。夢とか否定する奴らって何が楽しくてVtuber見てんだろうなマジで。私妖精だよ!? 妖精なのに中に誰かいるんじゃないのって愚問だし、でも誰か中に入っているっていうのは誰も彼も知っていることなんだよ!! デ〇〇ニーランドで着ぐるみのミ〇キーに同じようなこと言って楽しむボケはいないだろうって!!」
晴美「野暮な男はモテないぞー。はい次行ってみようアリア姫!」

アリア「次2問目ドーン!!【転生していまなんじに入ったけど後ろめたさとかないの?? 敗北者のくせに恥ずかしくないの??】うるせー!! 気にしてんだから言うんじゃねえよ!! 勝ってたらそっちに行ってファン増やしてたよ!! Vtuberやりたいからここに来たんだっての分からないのかな!? 君みたいな過去ばかり気にしてる奴らのために配信してんじゃねーんだよ!! 私のファンのため、喜びのため、&自分のため、承認欲求とか生活費のために、頑張って心血注いでいるんだよ!! 後ろめたささっきまであったよ!! でも吹っ切ったわ! そうしなきゃ壊れるから!!」

配信とツイートが更新されるたびにいいねとリツイートが付く。配信のコメント欄は同情と草で埋め尽くされつつあった。視聴者数がどんどん伸びていく。いまなんじの担当から晴美に連絡があった。

『いいですね!! でも近所迷惑とかは大丈夫ですか?』
晴美『大丈夫です、ここ防音性高いので』

運営からのお墨付きが出て、意気揚々と晴美は熱燗の準備をし始めた。アリアは以後も質問に答え続け、脊髄反射で質問を切り続けていった。猪突猛進とでも言うべき質問返しならぬ殺しは、深夜二時、三時を回ってもまだ続いた。にもかかわらず同時接続者数は上昇を続け、3万人を突破する。

アリア「161問目【可愛い声ばかりで個性のない、姿はママ譲りのお前が調子乗んな】可愛い声だけで十分じゃん! あんたカッコいい声ならいまなんじでもVtuberにでもなればいいじゃん!! ひがんでないで飛び込んでこいや可愛い声の方がウケいいじゃんか!!」

高評価数1万、低評価は4000を超えた。徐々に寝落ちする者たちも出始め、同じ内容の質問が被ることもあった。晴美は聞きと酒供給とつまみ調達に従事し、アリアは無限ともいえる燃料を、炎上に炎上と炎上でかき消すように火をつけ続けた。【酒と晴美が一緒ならどこまでも行ける】。アリアは夜明け頃まで配信を続けて、同じような質問をスキップし続けていたところ……ネタ被りが大半を占めていたので

アリア「飽きた。寝る」

と一言述べて、フラフラと上半身を揺らして真横に倒れた。床に衝突寸前で晴美はアリアを支え、抱きかかえて、胡坐をかいた自分の膝上に乗せる。

晴美「アリアの寝落ちASMR聞きたい奴いる??」

コメント欄は活況に沸いた。が、晴美は意地悪く笑う。

晴美「残念だな、アリアの寝言も寝息も独り占めさせてもらうぜ。また今度やった時に許可ありでやろうか……でも、ちょっとだけなら良いか」

絶望にたらされた蜘蛛の糸。アリアの寝息が静かなのを確認してから晴美は少し(3分)、視聴者に聞かせた。

『助かる』『エッッッ』『死んだ』『ありがとう…』『キチャー』『質感やべえ』『晴アリてぇてぇ』『ありがとう晴美』『登録した』

コメントが昇天するのを確認してから、晴美は配信を切り、アリアを自分のベッドに寝かせた。寝息も寝顔も可愛いなと思いながら、欠伸をして晴美もベッドにもぐりこんだ。アリアは、久しぶりに安息の表情のまま眠りについたのだった。




次回『お別れと北十字』

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。