【短編小説】アカイトクエスト 運命の子

少年、十紀(とき)は絶望の淵にいた!

 数年間、片思いだった女の子が、転校生のガチムチ黒人と恋仲になってしまい、アレヤコレヤノウフフフフな破廉恥極まる毎日を謳歌しているという噂も出ていた!

「これはっ!! 寝取られだああああ!!!!!」

 十紀の慟哭は真夜中の森の中に響き渡った。手には藁人形を持ち、頭にはチャッカマン10本を括りつけている。良い子は真似したらいけません!

「殺してやるあの転校生! 許せねえ!! 合法以前の無法技で殺してやる! レッツ呪殺!! エブリバディ!」

 一回、二回、と打ち込まれる釘の痛みは当然、転校生に効くはずもない。
呪力が足りない!

『少年よ。それは不毛ぞ』

「だ、だれだ!! 丑三つ時に会話もちかけるんじゃないよ!? ……あれ、ほ、本当に誰、どこにいるの!?」

 周囲を警戒する十紀だが、声の主は見えない。頭に直接響いてくる。

わしは神じゃ。縁結びの神じゃ。お前はこれを寝取られと言うが、お前は数年間チャンスがあったのに、ろくに声かけもしないし好感度稼ぎもしていない。それなのに寝取られは可笑しかろう。お前のそれは逆恨みじゃ』

「だ、だとしてもさああ! 運命の子だったんだよ!!」

『運命の子だと? こんな狭い町の狭い学校の狭いクラスの中に運命が転がっていたのか、はっはっは、クソワロwww』

「テメェ神だろうが草生やしてんじゃねえぞ!!?」

 1分程笑い転げた神(声のみ)が、咳払いで仕切りなおす。

『さて少年。お前は運命と言ったが、運命などこの近くには転がっていない。どこか遠い場所……じゃ。広い世界のどこかに、運命は砂粒のように転がっているものじゃ。追い求めた先に何が待っているかは知らぬが、運命を本気で求めるのも悪くはなかろう』

「そ、そうか! ……こんなところで成功率0の呪殺なんかしてても生産性がないよな! 家出して探してみよう、運命を!!」

 そのまま少年は旅に出た! 赤い糸を探す旅だ! 路銀がなければ歩き、ヒッチハイク、なんでもした。様々な女の子に会ってきた。でもこれだという子は見つからない。やがて日本一周したくらいの頃、故郷から遠く離れた場所で神様に文句を言った。

「いないぞ神様!! どこにいるんだ運命の子!」

『こんな島国の、辺境の、どこかにいると思っていたのか? グローバルじゃぞ十紀。世界が君を待っている』

 唆された十紀は旅に出ようとしたが、出国前に警察が見えたので、密航者として旅立った! 東奔西走ワールドワイド。砂漠や氷河にワニや熊、様々な苦難の連続だったが、少年はやがて青年になっていった。

 途中母宛に「私は元気でーす」という手紙を送りかけたが、神からのアドバイスでやめることにした。探しに来ない母の薄情さを、十紀は少しだけ恨んだ。そして砂漠のど真ん中で神様に文句を言った。

「世界中探してもいなかった! 俺はこの3年間で、何も見つけられんかったんだああああ!!」

『あわてるな。こんな宇宙の、たった一つの惑星の、陸面積3割の世界で運命は見つからないならば……異世界じゃ!』

 十紀は異世界に転生するためにトラックに追突した。無事に異世界に降りた彼は、チート性能がなかったのでコツコツ頑張った。そうして8年もの鍛錬の末、一騎当千の力を得て魔王軍と戦った。結果、魔王城にたどり着き。

「はうわ!!?」

 魔王……の隣に傅くゾンビメイド。その姿を見た瞬間、十紀は衝撃を受けた。「あまりにも可愛い」とよろめいた。まさに運命であったが。

「腐っているじゃねえかあああああ!!」
「ど、どうしたのだ勇者よ?!」

 魔王も狼狽するほどの慟哭。外見だけなら、十紀にとって運命の子と言うに相応しい。しかし、腐っている。死んでいる。敵であり。腐女子!

『障害が大きいほど恋は燃えるのじゃぞ十紀』

「障害ってレベルじゃねえぞ!!? 運命に導かれて異世界くんだり、ここまでとはな! こんなの運命じゃねえ! 試練だわ!」

※十紀はこの現実を……受け入れるか、受け入れないか?※

運命を受け入れる

「……だけど、ここまで来たんだ。魔王は倒さなきゃな」

 ついでとばかりに魔王は瀕死に追い込まれた。魔王はにやりと笑う。

「いいのかな? ゾンビは、我が魔力によって動いている。我が死ねばゾンビも土に還るぞ。貴様はどうすることも」

「大丈夫。蘇生薬腐るほど持っているから」

 魔王死す!!! ゾンビ、復活! 人間体になったゾンビは、可愛い!

「生き返らせて下さりありがとうございます勇者様。私は貴方様のことをよく存じませんが、これから生涯をかけてこの恩を返していきたいと思います」

 こうして。長い旅の果てに十紀は嫁を手に入れた! これが運命で合っている。きっとそうだと、十紀は幸せに暮らしたという。めでたしめでたし。

NORMAL・ENDING「赤い糸、魔王の血で染めて」

運命を受け入れない

「いや違う。これは運命ではない!!」

 魔王を倒し、ゾンビ娘も土に還っていった。世界は救われ、祝賀パーティと乱痴気騒ぎとが執り行われるが、十紀の顔は浮かばれない。

「世界の救世主になれば色んな人に出会える。でも、運命には出会えない」
『この世界ではな。他の異世界にも、運命があるやもしれんぞ?』

 探し物を求めて、十紀はいくつもの世界を渡り歩いていく。世界が滅びかけていようが、魔王が跋扈していようが、彼は100や1000では効かないほどの世界を救い続けてきた。しかし、運命の子には出会えずにいる。

「……神様。俺は一体いつ巡り合えるのだろうな。そもそも、運命って何だろうって、最近は思うようになってきた」

 3万体目の魔王城は制圧され、今の世界から闇が晴れていった。禍々しい玉座に座っている十紀の風貌は、最早おっさんである。

『ほっほっほ。ようやく、その境地にたどり着いたか』

「運命とか、色々言い訳したかったんだろうな俺は。神様、俺はもう何兆もの女性と出会ってきた。でも、味見程度でしかないんだ、付き合いが。外見見て、気に入ったら少し声かけて。ちょっと会話したらすぐに旅に出る。そしたらもう二度と会えない。でも2つくらい世界を跨いだら、もうその子の顔も、どんな子だったかも忘れて、『きっとこれは運命じゃなかった』と納得していくんだ。納得した数だけ。俺は強くなった……いや、寂しくなっていた」

手に持った大剣を人差し指に乗せてくるくる回す。風切り音を立てている。

「俺の赤い糸はどこにもない。だから生涯、俺は魔王を倒し続けるだけの存在になってもいい。もうどこにもない……行く当ても」

BAD・END「運命の喪失」…


…………


……










『何を言うか十紀よ。お主の心にはまだ、映っている子がいるじゃろう?』

 失意の中にあった十紀は、神の言葉に導かれ、頭の中、心の奥にある思い出を探った。色々な子の顔の、色々な思い出の奥の奥。

 幼い頃、泥遊びを一緒にした子。好きだったけれども言えなかった子。その姿だけは、どんな世界に行っても、今もなお、鮮明に覚えていた。

「俺は……そうだ……運命じゃない……あの子と付き合いたくて……だからあんなに悔しかったんだ……だから求めても、探しても、運命なんてなかったんだ」

 欲しいものの代替品を探していた。しかし、思い出と言う高高度の壁を前にしては、全てが霞んでしまう。やり直したいと、十紀は思った。

「神様。俺帰るよ。元の世界に。こんなおっさんじゃ、許してくれるかわからないけど」

『これまでお主が救った世界、救った縁の数を考えれば、どんなわがままでも叶えて不足なしじゃ。頑張ったのぉ十紀よ。今度は違えるなよ』

 おっさんは青年、少年へと若返った姿で、あの日の森にいた。木陰を挟んだ先には、チャッカマンを頭に付けた異形の十紀がいた。神に言われて、当てのない旅へと出発したその瞬間である。その時刻に、戻ってきたのだ。

「母さんが捜索手配とか出さなかったのはこのせいか……」

 何事もなく自宅に帰り、翌朝まで泥のように眠った十紀。翌朝、彼の好きな子の肩に、手を乗せながら登校している転校生を見つけた。

「おい転校生。その手をどけろ」
『HAHAHA。ジャマスルキカナ?』
「十紀君……」

 握った拳の骨を鳴らす転校生は、ニヤニヤしながら十紀の目の前に立った。その様子を、息を呑んで見つめる片思いの子。

『シッシンシテモ、ワルクオモウナヨッ!』
「それはこっちの台詞だ」

 脳を揺さぶり堕とす転校生の一撃は、空を切った。神様がくれたのは、若さと、失われた時間。そして、1%だけ与えられた異世界での強さ。

 単なるパンチが、転校生の鼻っ面に叩き込まれ、近くにあった電柱のてっぺんに吹き飛び、激突した。落ちたカバンと伸びた転校生。カバンの中には、あられもない姿の女性の写真が幾枚も入っていた。

 十紀は転校生を無理やり目覚めさせると、写真などの使用用途を聞いた。青ざめながら渋っていたが、デコピンで左手にひびの入った転校生は、脅迫材料として持っていたと明かした。

「この子の写真もあるなら出せ」
『ナ、ナイ! ホントウデス!! ナインデス!! マダナニモデキテナイ! オオオユルシテエエエエ』

 本気でないパンチと拳で異次元の実力差を感じ取った転校生は、ブルブルと身を震わせ、髪も白くなりつつある。

「二度と俺たちの前に姿を現すな。次あったら、本気で殴る」
『ワアアアアアアアアアアアアア』

 命の危機を感じ取って転校生は必死に逃げた。片思いの子は、まるで現実感のない光景に目を丸くしていた。

「……俺さ。君のこと好きなんだよ。ずっと前から」
「……う、うん。なんとなく……わかってたよ」

 十紀は少女の手を握り、「怖かった?」と聞くと、少し震えて頷かれた。付き合っていると噂を流された挙句、体の関係まで迫られていた。今日を逃せば、彼女はトラウマを抱えていたであろう。

「俺、好きになってもらったりすること何にもしてこなかったからさ。今から少しづつ、やり直していこうって思うんだ。……返事は今じゃなくてもいいから、……ああ、えっとね。……これからもよろしく」

「……うん。わかった。少しだけ、考えるね」

 綻ぶ笑顔に安堵して、十紀は日常へと帰っていった。

彼は運命を受け入れる道を捨て、
運命を切り拓く道を選んだ。

 その行く先に、幸あらんことを。



True・END「赤い糸は近く遠く」

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。