【短編小説】先生! Vtuberって何ですか!?

「先生!! Vtuberは生き物って聞いたのですが本当ですか!?」

 夏の陽気が徐々に秋の侵略をうける9月の半ば。木造アパートの一室に合鍵で乗り込んだ少女が開口一番そう言った。快活で元気いっぱいな面持ち、背も胸も尻も体重も平均的、瞳が爛々と輝く活発そうな女子。好奇心と興味本位が原動力の自称美少女その名を「会座波子(えざなみこ)」。アパートの管理人の娘であり制服の似合う女学生である。

「むしろ何だと思っていたんだお前は……」

 そろそろネタ的にバ美肉でもしようかと色々調べた結果Vtuberはストレスたまりそうだから嫌だと頓挫している男。ペンネーム「志進士(こころしんし)」自称未来の大作家。リモートワークもそろそろ板について体脂肪がマッハなので最近キングファットアドベンチャーなるトレーニングゲームで体を鍛えている。

「あの、画面にいる平面の子の中身がおっさんらラブかましていると聞いて衝撃が半端ないんです!! あんなに可愛いのに全員おじさんだったなんて私は、私は詐欺にあった気分だうあああああああああああへぶぉぉ!!?」

 後頭部の心地いいツボを恐ろしく速く柔らかい裏拳で突いた進士に波子は一瞬悶絶した。

「ところでお前はVtuberはどういうものだと思っている??」
「魑魅魍魎の仮装パーティ!! 配信お化け!! 才能の無法地帯!! おっさんらラブ!! ボイチェンオンリー!! 初心者お断り!! そんなイメージです!」

 進士は頭を抱えた。半分は合っているからだ。耳が痛い。

「まずお前の最初の質問に答えるわ。Vtuberは生き物だ」
「えええええ!!!? じゃ、じゃあ高性能AIを謳っている、トップVtuberのスマキ・アイの、『私は天災AI』も嘘なんですか!!? 魔王系AIとかもいた!!」
「皆で楽しく騙される系の嘘に決まってるわボケえ。あと魔王系AIはなかったことになってる

 勝手知ったる我が家。波子は戸棚からポテチを取って勝手に食べ始めた。進士は冷蔵庫から牛乳を出して2つのコップに注いだ。

※この作品はフィクションです。作中の団体名や架空のVtuber名は実在する方がいても一切関係ございません。

Vtuberは生物(なまもの)

「Virtual(仮想)の体でY〇uTube活動をする人を、VirtualY〇uTuberと呼ぶ。縮めるとV+tuberで、Vtuberだ。ユーの代わりに仮想の体を通じて配信や動画作成をする」
「スタンドではないんですね!!」
「自動で動いてくれたら楽なんだけどな」

 パソコン画面でVtuberの動画を開く進士。

「♰ロキのそら♰。中二病が基本で、ホラーには弱い姿が延々かわいい。彼女のこの体は実在しないが、中の人は生き物だ」
「声優とアニメの関係でしょうか!!」
「当たらずとも遠からず」

 右画面にはアニメを、左画面には♰ロキのそら♰を。

アニメキャラは脚本、作画、音楽等等の最後に声という魂を吹き込む。しかも事前に用意する音声だし、リテイクも効く。失言かまして放送事故はあり得ない。そして決められた台詞以外は多少のアドリブかます以外にブレない。決められた役割を決められた台詞で言う。それがアニメキャラだ」

『囚われた♰世界♰から、満を持して……うぁああああ虫があああああああ』

「対してVtuberは生配信だと、詳細な脚本がない。リテイクなしの一発勝負が多くて、失言もあるし事前準備もガバガバなことが多い。与えられた設定なんか8割ぐらい自己紹介動画に置いてっちまう。思い通りに行く配信は逆につまらないといった雰囲気がある。もっとも、動画を主に作っていく人には関係ない話だがな」
「成程!! 初動画で滅茶苦茶独自の世界観を作ってきたくせに、いざ配信が始まると庶民臭かったり設定まったく関係ないFPSやってばかりとかそういう事だったんですね!!
「お前全Vtuberを敵に回すつもり??」

 いえいえと頭を振って波子は自分で持ってきたノートPCを取り出し、推しのVtuberを見せた。

「私の最推し、Vtuberカシイ!! 歌って踊れるイケボのVtuber!! 戦闘力は驚異の3万人!! デビュー1周年を記念した配信ではスパチャ40万円を記録しました!!」

 紫メッシュのイケメンVtuberがカクカクの3Dながら、自身最大の武器である歌唱力を存分に振るう配信アーカイブを見て、進士は感心した。

「そうか。あのカシイのファンだったのか。少し意外だ。正統派イケボ女子で勇名を馳せているとは知っていたけd」

 女子という単語を聞き波子は進士に馬乗りになって焦点の合わない目を向ける。

「女子……?? え、女子???? このイケボで??? 嘘でしょうだって、だってVtuberっておっさんらがラブかます文化じゃないのですか??? 女の子がいるなんて、いや、あの美少女たちも、全員、え、ボイチェン……ボイチェンなのではないの????」
「お前のVtuber知識2017年後半で止まっているのかよ……いいか波子、良く聞け」

実は女の子も楽しむ文化

Vtuberってのは、気軽に出来る異世界転生だ。トラックに撥ねられる必要もない、痛くもない。確かに最初はおっさんが多かった。最初から高性能なPC持っているギークボーイの格好の遊び場として、ボイチェンやおっさん声で可愛い体を自由に動かしたりする文化だった」

「カシイ様はおっさんカシイ様はおばさん」と呻く波子を、正気に戻すべくハリ扇で頭頂部をひっ叩く進士。

「しかしVtuber文化がドンドン発展していくと、お金も貯まってPC差も次第に縮まって、女子でも出来るようになった。それも可愛い声や、特徴的な性格、千差万別。さっきお前が言う通りゲームばっかりに興じる奴もいるし、雑談しかしない奴も、趣向を凝らした動画を作る奴もいる。カシイは歌を主武器にしてここまで成り上がってきた個人Vtuberの期待の星だ」

「でも先生!! どうして、じゃあどうしてこんなイケボだからって、男の姿になったのですか!!? 私を騙すためですか!? いつかオフで会った時に『意外とイケメンだった!!』と皆に自慢する夢がご破算になってしまいました!!」

捨てちまえそんな夢。男が美少女の姿にあこがれを持つのと同様、女の子だってイケメンになってみたいって欲望があっても良いだろ。カシイはTkitterでも言ってたけど、女の子である自分と男のような声の自分の齟齬をいつも気にしていたって、これ話題になったぞ。1万イイねをつけてた」

「……Tkitter???? Y〇uTubeではなくTkitterにもVtuberは生息しているんですか!!?」
「おめえの知識どんだけ貧弱なんだよ。Y〇uTubeの欄にも書いてあるだろ」
「カシイ様のツイートを拝見しなきゃああ!!!」

 波子はドアを開けっぱなしにして飛び出した。嵐が去ったと進士は安堵して、自分の作業に戻った。

……後日。SNS上で。

「先生!! カシイ様にDMで『今度会ってみたい』と連絡してみたら『次そういうの言ったらブロックする』って言われちゃいましたどうして!!!」

 波子のデリカシーのなさに進士は「半年ROMってろ」と返してスマホをベッドに投げ込んだ。

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。