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【短編小説】「先生!!Vtuberになったら1億円稼げるって本当ですか!?」

 そろそろクリスマスとお正月が待ち構える寒波到来師走の手前。木造アパートの一室に合鍵で乗り込んだ学生服の少女が、「進士先生……1億円欲しいです」と肩を上下させながら膝をついた。快活で元気いっぱいな面持ち、背も胸も尻も体重も平均的、瞳が爛々と輝く活発そうな女子。好奇心と興味本位が原動力の自称美少女その名を「会座波子(えざなみこ)」。アパートの管理人の娘である。

「俺も欲しいし誰でも欲しいけど言わないのがマナーだぞ」

 デスクワークばかりで自律神経が狂っているため、最近流行りの養命酒でもキメようかと思案する年若い男。ペンネーム「志進士(こころしんし)」自称未来の大作家。

「この会座波子には夢があります!! Vtuber!! 1億円ですよ1億円、スーパーチャットで1億円、しかも雑談するだけで行けちゃうってことは私にもワンチャンあるかも知れません! だから私にVtuberを教えてください!!」

この間までVtuberを生物かどうかも把握していなかった奴がまあよく言うよ。……暇していたし教えてやるから、お茶を用意するか」

※この作品はフィクションです。ここに書いてあることのすべてが私の意見とは限りませんのであしからず。

レッスン1:Vtuberって誰でも出来る??

「先生、疑問なのですが、Vtuberって誰でも出来るものなのですか?」
「出来るぞ。PCとかタブレットとかが必要だが、早ければ今日にも出来るくらい敷居は低くなっている」

 早速やらなきゃと退出寸前で、進士はおもちゃの手錠をロープで結った物を投げつけて波子の手首を捕えた。

「先生、うら若き女学生にこんなプレイして責任取れるんですか!!?」
「話を聞かずにVtuberやって炎上されるよりマシだ。最後まで話を聞け、お前は結論を急ぎ過ぎる」

 渋々座った波子に説明を続ける。

「Vtuberをやる奴には目標がそれぞれある。企業なら、スパチャや企業案件を取るために有名になるべく、登録者数を稼ぐことを第一に考える。個人で金稼ぎたい奴も同じように増やすことが目的だ。だが個人の中には、友達を作りたいとか、内向的な自分を変えたいとか、必ずしも登録者数が必要ではないVtuberも存在する

「お金を貰えない活動にモチベーションは上がるのですか??」

「それは知らん。各々折り合いつけているか、本当に金が要らないのか、出来ればほしいけど言わないだけなのかは知らない」

レッスン2:有名Vtuberたち

「さて。今日にも始められるとは言ったが波子、お前はどういう姿でVtuberやりたいとかは決まってないよな?」
「サッパリですね。手始めに好きな漫画のキャラを使ってVtuberやってみますか」
「その場合は作者の許可取るとか全部の根回しやっておかないと著作権侵害で訴えられるからな」
「離島ハイジってキャラがいるんですよ、そのほっぺに【り】と書いて」
「おいやめろ馬鹿」

 差し出された茶はほうじ茶。寒い季節にピッタリだ。

「良いか。単純にVtuberやりたいなら、体がミジンコだろうとおけらでもアメンボでも何でもいいんだよ。自分の好きな動物でも良い。……ただし、登録者数が1万を超えて、10万、そして1回の配信で数百万円稼ぐとなれば、好きなモノのみでは到達できない現実がある。このランキングを見ろ」

1位 ミズノ・マイ
2位 シャチ・ホコ
3位 おおかみホエル
4位 白色サンタナ
5位 深夜綱
6位 POPラビット
7位 奏サクラ
8位 ドラロコ
9位 トレジャー船長
10位 レッドちゃま

「現Vtuberを登録者数の多い順に並べた時、最上位に君臨する奴らだ。登録者数50万を軽々超える化物揃いだ」
「おお……あれ、私の推しのVtuberカシイ様は?? 歌も素敵で、3万人この間超えたばっかりなんですけど……」
ここに並ぶのは全員企業勢だ。元々の宣伝広報力やグッズ展開力、資金に至るまで何から何まで規格外に違う。カシイは個人勢の中で急伸中だからそれはもう大成功の分類だよ。1億円は無理でも100万円は配信で稼げるかもしれないラインだ……これ見て何か気になることはあるか??」
「全員美少女ですね」
「それだよ」

レッスン3:美少女になっても確率は低い

「人外設定も結構あるが、ほとんど見た目は美少女だ。トップランカーになりたいなら、美男美女の体になってVtuberになるのが最初の一歩だ。だから体にこだわる必要がある」
「先生、美少女で溢れかえっているVtuber界隈で敢えて不細工で挑もうとか、そういう逆張りのインパクトはありですか?」
「さっきのランキングにそんな奴がいるならワンチャンありだったな。良いか、これは俺がVtuberを見てきた感想も含めるけど、俺は男を見るよりも可愛い女の子を見たいし、可愛い女の子が想定通りの声出していたらマジで追いかけたい。リスナーたちが何を基準にして登録するか、それは完全に好みで決まる。胸が大きければ注目する奴もいるし、その逆だってある。巨女やミニマムに魔法少女設定にと、刺さらない奴を見ているほど暇じゃないし、1万人をとうに超えたVtuber界隈で企業勢以上に目立つのは大変だ

 お茶菓子は煎餅。若干しけってたので、トースターに入れた。

「有名Vtuberになるために、30万円の体を作って、30万円のPC買って、数万円の動画編集ソフトを購入し、多大な労力と時間を惜しまず作業に明け暮れて動画を作って……再生数100も行かない。なんてことだってある」
「死にたくなりません??」
その程度で死にたくなるならもっと簡単にVtuberやって『お小遣い稼ぎたいなー』くらいの気持ちでやっておけ。1億円を目指すならこの位で躓いてたらいけない。後に数千~数万人の大観衆が同時接続で見つめる中で、ゲーム実況したり雑談して飽きさせない、緊張もほどほどにやり遂げる状況を生み出さなきゃならないんだぞ?? ヘタな芸能人よりも神経使うことになる」

レッスン4:海外の語学を学ぼう

「海外リスナーが最近急激に増えている。だからいま求められるのは多少の英語だ。全く喋れないから拙い英語でしゃべる姿がいとおしいと思うリスナーもいるし、喋りまくって面白いと思う奴もいる。自分の意志を最低限示せるといいかもしれないな」
「先生、それって勉強を頑張れってことですか??」

学生なのにVtuberで一獲千金を夢見る奴に現実的な手法を教えているだけだ。将来語学堪能になれば就職先に困らないから、万が一有名Vtuberになれなくてもそういう道に進む保険が出来る。Vtuberだけで食っていくんだって思っているなら、その若さでやるのは無理だよ何故なら」

レッスン5:人生経験

「波子、お前には圧倒的に人生経験が足りない」
「人生経験、ですか?? Vtuberは奇声あげて発狂して台パンして下品でそこそこセンシティブな事をすればいいのではないのですか??」
「お前はVtuberを何だと思っているんだ」

 ヒーターの送る温風が温かく、波子は煎餅を齧りながら話を聞く。

「人生経験とは、色んな事をして、自分の中に思い出とか体験、自信あることやその手法、失敗と成功、そういった人生の機微で蓄積される事柄だ。別に過酷な人生を歩めなんて言わない。だが現段階のお前に、大人のリスナーを魅了出来る程の人生経験があるとは思えない」
「何言ってるんですか先生、17歳だって言うVtuber沢山いるじゃない……え、何、先生、何故目を背けるんです?? だって、彼女たちは全員、17歳……嘘、先生、何か言ってください先生!!?
「それ以上はなしたらガチ炎上するからやめろぉおお!!!」

レッスン6:ファン層を定めよう

「10代かそれ未満の子に受けるVtuberか。30代以上の大人に受けるVtuberか。どっちが良いと思う??」
「お金を沢山落とす方ですね」

「稼ぎたいなら間違いないな。子供だとスパチャしたりグッズ買うためのクレジットカードやお金がない場合が殆どだ。対して30代の場合はニートでもない限りある程度まとまった金があるし、クレジットカードもあるだろう。推しにお金を使うことが出来るんだ。お金が欲しいなら、羽振りの良い奴に受ける方が良い」

「でも、もしも長い間活動する場合、子供にも受ける方が良いですよね?」
「そうだな。当時子供でも、勉強して大人になって高給取りになる場合もあるからな。根の深いファンであれば期待値は高いだろうな」

 カバンの中にあったタブレットを取り出す波子は、簡単にまとめていく。

「要するに、ムーブメントを起こしたいなら若い子たちに拡散してもらうことが大事。でもそれだけだとお金にならないから、30代とかの大人を巻き込む必要がある。海外リスナーも増やせばいい。全員がお金を落とすことを期待しちゃいけない……そういう事ですかね??」

「それも正解だな。実際その通りにやって、一銭にもならない場合もあるから、Vtuberはある意味博打に近い。間違っても『こうすれば稼げる』なんてセミナーじみたことする考えを、鵜呑みにしたり、軽々しく信じたりするなよ

レッスン7:まとめ

「では先生、1億円というのは個人で稼ぐのは現状無理なんですよね??」

「そうだ。だが今は、の話だ。もしかしたら数年後、この敷居もだいぶ緩和されるかもしれない。その理由は分かるか?」
「海外リスナーの増加ですか?」
「Vtuberそのものの知名度が上がっているんだ。新規層もここから少しずつ増えていくだろう。そうなるとファンの絶対数が上がるってことだから、僅かかもしれないが、チャンスが増す。このランキングの中にもっと男が入る可能性だってなくはない」

「でも10万円なら稼げますかね??」

「10万円?? あー……うん、もしかしたらいけるかもしれない額だな。収益化が通った時のご祝儀ブーストがあるかもしれない……が、絶対じゃないからな。良いか波子、Vtuberやるにしても、リサーチと、自分のやりたい事、あと……睡眠と健康と学業なんかは絶対に怠るな。学生なのに数時間耐久配信とかはやめておけな。体が資本なんだから」

「分かりました! では先生、先ずはパソコンを買うために、パソコンを貢いでくれるファンを獲得するため『Vtuber準備中』の凄く可愛い美少女でツイ廃かまして、……あ、その美少女をかいてもらうためにバイトしないと」

「やっぱお前は勉強しろおおおお!!!」

完!!

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。