平等は屁理屈

 政治や経済だけでなく色んなところで見かける「平等」っていう言葉。いろんなところで議論の1つになるのだが、議論が多いということは考え方や解釈が多く、個人的に屁理屈がいくらでもいえる言葉でもあると思っている。

 例えば税の議論をする時、消費税は平等なのかっていう議論がある。消費税は同じ税率で平等に見える。ただ、低所得者と高所得者では所謂生活必需品を購入する場合、収入から生活必需品の割合を考えると低所得者の人の方が生活必需品の割合が多く、その部分から同じ税率だと低所得者に負担が大きいのでは?という意見がある。
 所得税についても累進課税制度が適用されている。これは簡単に言ってしまえば所得が大きい人ほど税負担が多くなる。というもの。税を徴収する側で考えると、この制度の方が効率的に徴収ができるので「なるほどな」って思う。仮に目標する金額が設定されていれば収入により負担割合が変わるのは平等に見える。

 しかし、よくよく考えてみると高所得者になる人は一部の人は運でなれるかもしれない。ただ勉強など努力により収入を上げている人の方が圧倒的に多いと思う。会社に強制的に勉強をさせられている人もいると思うが、それでもきちんとスキルを身に付けている人の方が多い。さらにいえば、それ相応の責任も付いてくる。
 このように考えた時に、頑張れば頑張るほど税負担が大きなる。運要素もあるとは思うが、それでも低所得者のために頑張った人が多く負担するのは平等なのか。という疑問がでる。ならば、一律の金額の方が平等ではないかと思う部分もある。そうすれば、もしかしたら低所得者も努力をするようになるかもしれない。

 ちょっと話はずれてしまうが、頑張って働いている人よりも生活保護をもらっている人の方が手取りが多いこともある。これこそ平等と言えるかどうか分からない。

 この税の議論や給付金の議論などでは「率」なのが「額」なのか、上限を設けるか設けないのかで良く出る話なのでちょっと自分なりに考えてみるとおもしろいかもしれない。

 ちょっと別のパターンを考えてみる。

 会社の役員が女性比率が30%だったとする。この数字だけみれば確かに不平等に見える。ただ、会社全体の男女比率が8:2だったとすると役員の女性比率はどうか。

 会社で女性の活躍を推進したいと思っており、次の昇格のタイミングで1人を昇格させようと思った時に候補が2人いる。評価が10段階で1人は男性で評価が9点。もう1人の候補が女性で評価が8点。こうなった場合、純粋に評価だけで判断するか、会社の意向をくみ取って女性を昇格させるのかを考えた時に女性を昇格させることがあると思う。ただ、女性だと理由で評価が上の人を昇格させない。というのはどうなのか。

さらに言えばこの割合と評価を複合的に考えるともっとややこしくなる。

 結局、平等って色んなパターンを考えるとそれぞれの議論で定量分析と定性分析を組み合わせることで屁理屈で通せる言葉だと私は感じる。


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