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「月夜に現れた君と。」後編

2度目の夏。
それは僕と美空が出会ってちょうど1年ということになる。

あれからも時々、美空は空を見上げて悲しそうな表情をしていた。


でも、あの時よりもずっと深くなっていた僕たちの関係は、ずっと、ずっと続いていくものだと、そう思っていた。

〇〇「今年の夏はどこに行こうか?」

美空:「どうしようね。」

〇〇:「美空はどこか行きたいところある?」

美空:「海は?」

〇〇:「海?」

美空:「こんなに一緒にいるのに、1回も海に行ったことないじゃん?」

〇〇:「確かに。」

美空:「真夏の海なんて絶対星空が綺麗だよ!」

〇〇:「星空?」

美空:「うん。星空。」

〇〇:「だって美空、星空を見るといつも悲しい顔してるじゃん。」

美空:「あぁ、あれはね、星空って感動するじゃん?なんか切なくなっちゃってさ。」

〇〇:「そっか。」

美空:「うん!」

〇〇:「じゃあ、海行こうか。」

美空:「うんっ!」

〇〇:「車で行く?」

美空:「いや、電車がいいな。」

〇〇:「なんで?」

美空:「車停める場所ないし、なんか、電車の方がロマンチックじゃん?」

〇〇:「そうかな?」

美空:「うん。」

〇〇:「じゃあ、電車で行こっか。」

美空:「うんっ!」

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そんな予定を立ててから数日後、久しぶりに2人揃って家に居る。
今日は僕が夜ご飯を作ろうか、そう思っていると、美空が急に口を開く。

美空:「ねぇ、〇〇。」

〇〇:「何?」

美空:「お酒飲みに行かない?」

〇〇:「突然だね。」

美空:「なんか、気分?」

〇〇:「美空って20歳超えてたの?」

美空:「あ〜、うん、えっと、そう!この間20歳になったの!」

〇〇:「教えてくれれば誕生日プレゼント買ったのに。」

美空:「美空は〇〇と一緒に居られるだけで十分だから。」

〇〇:「そっか。」

美空:「でね、調べてたんだけどさ。」

〇〇:「うん。」

美空:「上野のガード下に沢山飲み屋さんあるじゃん!」

〇〇:「行ったことは無いけど、あるね。」

美空:「あそこ行ってみたい!」

〇〇:「いいの?」

美空「雰囲気あっていいじゃん!」

〇〇:「まぁ、確かに。」

美空「決定!」

〇〇:「いつ行く?」

美空:「今日行こうよ。」

〇〇:「今日?」

美空:「出来るだけ早く行きたいんだ。」

〇〇:「そっか。分かった。」

美空:「楽しみ!」

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着いたのはThe飲み屋台というような雰囲気のある小さなお店。

美空:「うわぁ!」

〇〇:「そんなにキラキラしたとこじゃないよ?」

美空:「良いじゃん!入ろ?」

〇〇:「うん。」

いらっしゃい。

客は僕と美空以外誰も居ない。美空に注文を任せる。目を輝かせながら注文していた。しばらくすると、優しそうな店主から美空が頼んだ焼き鳥とビールが届けられる。

美空:「屋台飲みって憧れなんだよね。」

〇〇:「そっか。」

美空:「私たちしかいないね。」

〇〇:「まぁ、まだ早いね。」

美空:「今日は沢山飲むぞ!」

〇〇:「お、おう。」
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頼んだビールが届くや否や、美空は勢いよく飲む。あっという間に1杯目を空にしてしまった。「ビールおかわりくださいっ!」少し酔っ払った君は言う。「大丈夫?」と聞いても「平気平気!」としか言わない。心配だ。

その後も美空は飲み続けた。びっくりするくらいに。僕が2杯目に行く時には、既に3杯目を飲み干していた。「そろそろ辞めときなよ。」そう僕は言う。

美空:「えへへ、〇〇ぅ!」

〇〇:「ちょっと、美空、飲みすぎじゃない?」

美空:「全然飲んれないじゃあん!」

〇〇:「そこら辺にしといたら?」

美空:「まだまだ飲むんやからぁ!」

〇〇:「全くもう。」

美空:「〇〇全然飲んでなくらぁい?」

〇〇:「飲んでるよ十分。」

美空:「お酒ちゅよいのかぁ!」

〇〇:「いや、美空が弱すぎるだけだよ。」

美空:「・・・」

〇〇:「・・・」

美空:「ねぇ〇〇。」

〇〇:「なに?」

美空:「帰りたくない。」

〇〇:「え?」

美空:「帰りたくない!」

〇〇:「急にどうした?」

美空:「う、うわぁぁぁぁん!」

〇〇:「美空、どうした、落ち着けって。」

美空:「〇〇と離れ離れになりたくない。」

〇〇:「急にどうしたんだよ。」

美空:「・・・」

〇〇:「美空...。」

美空:「Zzz...」

〇〇:「寝てるし。」

〇〇:「はぁ。連れて帰るか。」

ギュッ

〇〇:「まさか美空をおんぶすることになるとはなぁ。」

美空:「Zzz...」

〇〇:「急に騒ぎ始めてびっくりしたよ。」

美空:「んんっ...。」

〇〇:「起こしちゃった?ごめんな。」

美空:「〇〇ぅ。」

〇〇:「ん?」

美空:「〇〇と離れたくない...。」

〇〇:「僕もだよ。」

美空:「嬉しい。」

〇〇:「そりゃあどうも。」

美空:「Zzz...」

〇〇:「ふふっ。」

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あの後、美空をおんぶしながら僕の家に着いた。
美空をそっとソファの上におろし、ブランケットをかける。

そして、僕は考える。
2年前、美空は「帰る場所がないの」と言った。確かにそう言った。
でも今日、彼女は「帰りたくない」と言った。
どういうことだ?
本当は彼女には帰る場所があるというのか?

そんなことを考えているうちに窓から明るい光が差し込んでいた。
あっという間に朝になってしまった。
今日は休日ということもあり、朝にもかかわらずベッドに横たわる。
普段は美空に使わせているベッドだけど、今日くらいはいいだろう。
そんなことを考えながら、深い眠りにつく。

〇〇:「んんっ...。」

目が覚めると、外は暗くなりかけていた。
時計を見ると短い針が6を指している。
ざっと12時間ぐらい寝ていたことになる。
そして僕に絡みつく柔らかい感触。
毛布をどけると、僕に絡み付く美空が居た。

〇〇:「美空、美空。起きて?」
美空:「んぅ...。〇〇、おはよう。」


〇〇:「もう夕方だよ。」
美空:「嘘!?」
〇〇:「1日終わっちゃったね。」
美空:「そうだね。」
〇〇:「夜ご飯、食べる?」
美空:「うん。」

眠い目を擦り、台所に立つ。
美空が目の前から見つめてくる。
「何見てるの?」と聞くと、美空は「〇〇の料理姿。」と言う。

簡単なものだけど、料理を作る。
良く考えれば今日の1食目。
なのにお腹はあまり空いていなかった。
考え事をしていたからだろうか。

〇〇:「出来たよ。」

美空:「ありがとう、うわ、美味しそう。」

〇〇:「簡単なものだけどね。」

美空:「いいの。〇〇が作ってくれたなら。」

〇〇:「そっか。」

美空:「食べよ?」

〇〇:「うん。」

美空:「〇〇。」

〇〇:「ん?」

美空:「夜、ちょっと出かけてくるね。」

〇〇:「どこに行くの?」

美空:「...ちょっと教えられない。」

〇〇:「心配だからついて行くよ。」

美空:「...分かった。」

〇〇:「何時くらい?」

美空:「2時くらいかな。」

〇〇:「そんな遅くに?」

美空:「うん。」

〇〇:「分かった。」

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美空:「じゃあ、そろそろ行こ?」

〇〇:「うん。」

なんだか、嫌な予感がした。

美空:「ふぅ。」

〇〇:「なぁ美空。」

美空:「なに?」

〇〇:「なんか隠してる事ない?」

美空:「え?」

〇〇:「いや、なんでもない。」

美空:「〇〇はさ。」

〇〇:「ん?」

美空:「私とはじめて会った時日の事、覚えてる?」

〇〇:「うん、確か今と同じくらいの時期の夜だった気がする。」

美空:「そうだね。」

〇〇:「それが何かあるの?」

美空:「ううん。なんでもない。」

〇〇:「...」

〇〇:「どこまで行くの?」

美空:「〇〇と出会った場所、かな。」

〇〇:「出会った場所って、あの橋?」

美空:「うん。」

歩くには遠いからタクシーを使おうと言ったけど、「歩きたいからいい。」と言われた。

なぜ、急にそんな話をするんだろう思っているうちに、僕と美空が出会った、あの橋に着く。

美空:「うわぁ、月が綺麗。」

〇〇:「ほんとだ。綺麗。」

美空:「そろそろかなぁ。」

〇〇:「え?」

ガタンゴトンガタンゴトン

〇〇:「なんだ、この音。」

ガタンゴトンガタンゴトン

〇〇:「...は?」

見上げていた空に突如現れたのは、まるで「銀河鉄道の夜」に出てくる、蒸気機関車だった。


空に列車とともに線路が浮かんでいる。
先を辿ると、月が見えた。

〇〇:「銀河鉄道...?」

美空:「迎えが、来たみたい。」

〇〇:「迎え?どういうこと?」

美空:「私ね、実はさ、」

「この世界の人間じゃないんだ。」

〇〇:「...は?」

美空:「つまり、地球の人じゃないんだ。」

〇〇:「どういうこと?」

美空:「だから、」

「私、月から来たんだ。」

〇〇:「月...?」

美空:「そう。」

〇〇:「美空は地球人じゃ、ない?」

美空:「月の世界に住む人間、かな。」

〇〇:「ごめん、全然整理がつかない。」

美空:「無理ないよ。」

〇〇:「迎えって、どういうこと?」

美空:「そのまんまだよ。」

美空:「私は今日、」

「月へ帰るんだ。」

〇〇:「月へ帰るって、美空がいなくなるってこと?」

美空:「そういう事になるね。」

〇〇:「突然すぎるよ。」

美空:「ごめんね。」

〇〇:「なんでもっと早く伝えてくれなかった?」

〇〇:「もっともっと大切に一日一日過ごしたかった!」

美空:「でもさ、〇〇、このこと伝えたらさ、」

「信じてくれなかったでしょ?」

〇〇:「っ...。」

美空:「当たり、だよね。」

〇〇:「...」

美空:「私、行かなきゃ。」

〇〇:「帰る場所がないって、帰りたくないって言ってたじゃないか。」

美空:「うん。でも、いつかは帰らなきゃいけなかった。」

〇〇:「...」

美空:「〇〇には沢山迷惑かけた。」

〇〇:「そんなことない。」

美空:「急に現れた私を受け入れてくれた。」

〇〇:「それはそうだけど。」

美空:「凄く嬉しかった。」

〇〇:「...」

美空:「ありがとう。」

美空:「じゃあ、ね?」

待ってくれ。美空。
まだ伝えていない。君に。
伝えなきゃいけない。
君が居なくなってしまう前に。

〇〇:「美空!」

美空:「なに?」

〇〇:「ありがとう。」

美空:「うん?」

〇〇:「美空のおかげで毎日が本当に楽しかった。」

〇〇:「本当はずっと一緒にいたかった。」

〇〇:「だって、僕は、」

「君のことが好きだから。」

美空:「...え?」

〇〇:「好きだから。」

美空:「私も。」

〇〇:「え?」

美空:「私も、〇〇のこと大好き。」

〇〇:「じゃあ、」

美空:「でも、無理なの。」

〇〇:「...そっか。」

美空:「...」

美空は少し黙ったあと、列車を降りる。
そして僕の方に近づいてくる。
そして...

チュッ

〇〇:「...美空?」

美空:「最初で、最後のキス。」

〇〇:「...」

美空:「今まで本当にありがとう。」

〇〇:「こちらこそ。ありがとう。」

美空:「じゃあね。」

〇〇:「うん。」

美空は再び列車に乗り込む。
電車が光り、空中に線路が浮かぶ。
そして、ついに走り始める。

あっという間に見えなくなってしまった。
僕はまた、1人になってしまった。

僕はその場に崩れ落ちた。
今までで1番、泣いた。

僕が零した涙は、夜の空を、そして大きな月を、
とても綺麗に映していた。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
家に帰って来たはいいものの、寝る気にはなれない。
美空が使っていたはずのものが、何一つ残っていない。
彼女は幻だったのだろうか。
いや、違う。
彼女との日々は、確かにあった。
写真も撮ってある。

〇〇:「は?」

美空とのツーショットは、1枚も残っていなかった。

本当に、幻だったのかもしれない。

もう誰もいないから、久しぶりにベッドに横たわる。

枕の下に、何かが見える。
カード?写真?

そっとめくる。

そこにあったのは、僕と美空とのツーショット、そして一通の手紙だった。

確かに彼女との日々は存在した。

僕は恐る恐る手紙を開く。

そこにはたった1行。

「今までありがとう。大好きです。美空」

と書かれていた。

手紙と写真を持ったまま
僕は起き上がりベランダに出る。

満月が良く見える。

不意に、満月に影が出来た。
まるで銀河鉄道の形をしていた。
美空が乗っている、銀河鉄道だ。


あれから何度目の夏を迎えようと、この時期になるといつも、美空との日々を思い出す。

あれはまるで「かぐや姫」のような、
そんな夏だった。

fin.

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