見出し画像

星達の集う時間3

   ≪《【運命・睡】 ~全てはまだ眠りの中~2》≫

 マニキュアの香りが鼻につく。
「……。用件が無いなら失礼します」
「待ってよ。本当にせっかちねぇ」
「貴女の様な暇は無いですから」
 僕は静かに微笑んで答えた。
 ふぅーと爪を吹いて、マニキュアを片付け始めるリース。
「用件は簡潔よ。しばらく、高等学校の先生をしてきて」
「……また、余計な仕事を持って来てくれますね」
「ふふっ。しょうがないじゃない。困ってる人を見捨てられないんだもの。
 友達が産休でね。とりあえず、誰でもいいからって……」
 リースは、まるで悪戯を思いついた子供のように楽しげな顔をした。
「ストップ。もういいです。困った人は貴女ですよ。職権乱用して、僕をこき使うんですから」
 にこやかに微笑んだつもりだが、おそらく引きつっていただろう。
「いいでしょ?私は上司でありパトロンですもの。両親のいないあなたの面倒を見たのは、私よ」
 負けじとリースもにこやかな顔で返す。
「そうですね。判りました。では」
「あ、そうそう。推薦の話考えといてね。貴方がこんな所でくすぶってるなんて、勿体無いわ」
「……判りました」
 僕はため息を一つ吐いて、いそいそとその部屋から出て行った。

 部屋へ入ると気が抜けた。
 いつもあのテンションにはついていけないと思いつつ、逆らう事もできない。
 息苦しいボタンを外し、ディスクのキーを押してリースからの仕事の詳細を確認する。
 そして、早々に電気を消した。

 部屋の隅にある球形の機械が部屋の中に小さなプラネタリウムを作り出す。
 幾千の星の中の小さな自分。
 人は進化を求め退化を繰り返す。
 不老と不死の夢を抱き、全てを操る力を追う。
 何処まで行けば終われるのだろう。
 そんな事を考えながら、眠りに落ちていった。
 明日の事など考えられずに―

「始めまして。化学の臨時として来た、冠崎かんざきとおるです」
 それは担当する教室の一つの初めての授業。
 ざわざわとする教室の中で、たった一人の生徒に目を奪われた。
「先生、年幾つ?」  「彼女は?」
 周りが勝手な事を言ってるのにも気づかなかった。
「せんせー?授業は~?」
 窓の外を見ていたその子が、こちらを向いた。
 ……どくんっ
 体中の血が逆流した。
 似てる―――――――

「せんせーってば!!」

 誰かの大声で現実へ引き戻される。
「あ、ああ。まずは出席です」
 次々と生徒の名を呼んでいく。
「…さん、丘南頼くん。……」
 次の名前に目が釘付けになった。
「か、冠瀬かんぜ貴夜きよさん……」
「はい」
 女生徒が返事をした。
 僕が目を奪われた生徒だ。
 それが貴夜との再会だった。

 遊戯室に入ると待っていたように、氷霊が飛びつく。
「あ、わーい。透だ~」
「皆は?」
「実験中だって。ドクトル博士達が連れてった」
 ドサリと椅子に疲れた体を落とす。
「そう」
「どしたの?」
 不思議そうな顔が僕を見つめる。
「何が?」
「何か変」
 まあるい、ブルーの瞳。
「そう?」
「何かあった?」
 ため息一つ吐いて、笑顔を作る。
「ちょっとね。貴夜に逢っただけ」

 逢いたかった。逢いたくなかった。
『どうして、あの時をのだろう』

 僕は目の前の氷霊をぎゅっと抱きしめる。
「と、透??」
 驚いた声が腕の中で聞こえる。
「生きるとは何だろう。ねえ、氷霊。どう思う?」
「ふぇ?何?突然??」
「……なんでもない」
 しばらく、沈黙が続いた。
 白い壁の部屋の中。
 あるのは椅子と机と本棚と……。
 そのどれもが無彩色。
「あのさ。よく解らないけど、今、こうして体温が感じる事だと思う」
 氷霊がぽつりと言った。

 生きている事さえ奇跡だと言う。
 生き抜く事さえ出来ないと言う。
 死に逝く事さえままならないと言う。
 眠りにつく事が死に繋がる日々の中。
 確かにまだ生きている―
 生きた―






《 前へ * 次へ 》

SEVEN 目次

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?