【小説】倶記3-4
幸い1匹。
さほど大きくもないし、彼女にとって倒すのは容易なはず。
「美月が呼んだんだし、相手したらいいんじゃないか?」
もしかすると足が速いかもしれないが、その時はその時で援護するとしよう。
「よし!じゃあいくよ!」
意気込んで懐から取り出したのは腰ほどの高さのある杖…。
いや、きっとこれはマジックで使われるステッキだろうか。
そんなことを考えている間にも、彼女は目の前のウサギめがけて突っ込んでいく。
対する動物はステッキが当たるギリギリまでその場にとどまっていたが、突如大きく跳躍。
やはり、一筋縄ではいかないらしい。
「もー。なんでそんなギリで避けるのー?」
敵としては本能で避けただけだろうが、その逃げ方のせいで美月の集中が散漫しているような気がする。
そうしたやり取りが数度。
この後も続くかと思われたその時、奥に影が見え隠れしていたのが見えた。
「…菜々子!伏せて!」
「あ、はい!」
こちらに飛んでくる影が3つ。
既に手にかけていた柄を一気に引き、勢いに任せて一閃。
直接的な攻撃には至らなかったものの、足を地に着かせることができた。
菜々子自身戦い慣れしているとあって、
咄嗟に屈んでから僕の方に回り込んできた時には、
さすが、と思う反面意外で驚いた。
一体どうしてそんな技術を身につけてしまったんだか。
「倶!私も手伝います!」
言って例のポーチからでてきたのは麺棒。
確かうどんとか延ばす時に使ってる木の棒だよな。
「…わかった。無理はしないでな。」
彼女の実力が如何程かに関してはまだわからないが、昨日のフライパンの件もあるし。
何より菜々子と近しい存在であろう美月がああやってきちんと敵と向き合っているのだ。
少なくとも助けになってくれるはず。
「了解です!」
菜々子からは威勢のいい返事が返ってきた。
こちらの敵も同じくウサギ。
厄介なのは3匹と数が多いくらいか。
「え、そっちも!?」
鍔迫り合いがひと段落した美月がこちらを振り向く。
きっとあちらにフォローは必要ないだろう。
「こっちは僕たちに任せて。」
「美月はそいつを片付けてください!」
「オッケ!」
彼女の返事を合図に、3人揃って駆け出した。
キンッキンッ。
静かな森に響く金属と金属のかち合った音。
戦い始めてわかったことだが、このウサギの腕は金属のような硬さを持っていた。
美月も自分もなかなか決着がつかないのはそのせいだろう。
一方の菜々子。
そこまで悠長には見てられないが、どうやら本当にあの麺棒を武器にして1匹のウサギと戦っているらしい。
正直、その木の棒の強度がどこまでなのか知りたいんだが。
だって金属に対して木だぞ…?
自分は左からきたパンチを身体全体の向きを斜め左にすることでなんとか躱し、右からのストレートは手持ちの剣で受け、反動をつけて押し返す。
俺との力勝負には勝てなかったのか、ウサギは体制を立て直していた。
小ジャンプして後方に退き、今度は腕を引っ込めている最中のウサギの懐へと向かう。
「っ、よっと。」
途中降ってきたもう片腕は身体を右回転させることで逸らして踏み込み、飛びかかる。
お腹に剣を串刺せば、一気にその動きは鈍くなった。
さてとどめをさそうかというところで、もう一匹が俺に向かってパンチを繰り出す。
すんでのところまで引きつけて大きく右に跳べば、その一撃は先まで自分が対峙していたウサギにヒットしていた。
数メートル先にあった木に背中から激突した時にはもう、ウサギの身体が薄くなってきていた。
そしてさっきのウサギとかなりの至近距離で少しの間睨み合う。
少し視線を逸らせば、美月がウサギの肩口にステッキを刺していた。
先端にいくつかレパートリーがあるのか、槍のようなものが飛び出ていた。
菜々子の方も善戦してくれていることを願うばかりだ。
こちらのウサギはというと、今度はパンチではなく思いっきり突進を仕掛けてきた。
そこまで大きいわけでもないため、かなりの勢いなのは明白で。
前方に跳びながら前転してウサギの顔に登る。
思ったより毛がゴワゴワしていたために身体が若干痛んだが、上手いこと起き上がってその後ろ首に線を入れる。
続けて同じ箇所を下突きして地面に降り立った時には、こちらも呆気なく戦線離脱してくれた。
相変わらず人間臭い煙に顔を顰めていると、菜々子の姿が目に入った。が。
顔面滅多打ちにしてるところって、あんまり見られたくない場面かもしれない。
「っあ、倶!終わりましたよー。」
「うん、お疲れ。」
色素が無くなっていくのを見て倒したことを確信したらしい彼女。
すごい晴れ渡るような笑顔だったのは気のせいだろう、たぶん。
「美月は大丈夫か?」
「んー。倒したよー。」
後ろを振り返ればいつも通りの彼女。
どうやら無事片付いたらしい。
「それで、どうする?まだこの森まわるか?」
もしかすると、ここにはまだまだ幾多の敵が潜んでいるのかもしれないし。
「そうですね、でも。」
グウウウ。
菜々子が神妙な表情の中、どこからか呑気な音がした。
いや、俺ではない。
「お腹空いたあ。」
美月の腹は相当しっかり者のようだ。
左腕につけている時計は11時半頃を示している。
「そういえばそろそろお昼か。」
「まずはご飯にしましょう。」
「やったー!」
微笑ましく苦笑いするという珍妙な芸を披露している菜々子を先頭に自分、美月の順に一列で森を抜けていく。
折角歩き始めたというのに、後方に違和感を覚えて。
視界の端で何故か服の裾を引っ張られているのが見えた。
「ん、どうした?」
「ううん、何でもない。」
振り返ることなく訊けば、どういうわけか美月のほうが驚いているようで、すぐに手を放してくれた。
「2人ともなにっ。」
不意に声が止み、息を呑む彼女。
始めはその理由なんてわかるはずもなかったが、先と何かが違うと感じてふと下を見た。
足下、自分と菜々子を隔てたこの影は。
…まさか。
「避けて!」
彼女の叫びも相まって、自分自身はなんとか横っ跳びしたものの、
「え、なに…?」
訳が分からず立ち竦む美月。
「美月っ!」
「早く逃げて!」
2人で叫ぶも虚しく。
這い寄る黒は徐々に、しかし急速にその濃さを増していく。
「あっ…。」
ようやく美月が動き出した時にはもう手遅れで。
もう一度彼女を呼んだ自分の視界は白のシルエットでいっぱいになっていた。
そして。
ゴンッ
そんな鈍い音が嫌に耳に響いた。
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