【小説】倶記5-5

「…そういえば。」

歩いている最中、ポツリと声を漏らしたのは菜々子。
全員の視線が彼女へと送られる。

「買い物してる時に、またあの変なローブを着た方にお会いしたんですよ。」

「え、また?」

「それはすごいな。」

「ローブの人?」

まあ、あの小さい街で、ローブという目立たないようでよく映えた見た目なら、再度遭遇することもあるんだろうか。
それにしてはスパンが短すぎるが。

でも確か、昨日会った時まだ南津はいなかったな。

「この森が現れたことを私たちに教えてくださった方なんですよ。」

「怪しい感じだったけどねー。」

俺はというと、そうなんだよ、と頷く。

「へー、そうなんだあ。」

それでそれで?
促す彼女は興味深々といったところだろう。

「で、その人によると、今度は向こう側の入り口付近に湖のようなものが現れたそうで…。」

「え。それはまたとんでもない話だな…。」

「嘘!今度は湖!?」

「オアシスみたいだねー♪」

森の出現は真実だったが…。
今回もまた突拍子のない…本当のこととは割り切れないし、それに。

「なんか怪しくないか?その人。」

何というか、俺たちの行動を読まれているような気がする。

そうじゃなきゃ、森にいるはずの自分たちでなく、偶然買い物に行っていた菜々子に会って伝えるはずないじゃないか。
まるでそれを知っていたかのような行動に見える。

何かしらの思惑があると考えるのは自然だと思う。

「うーん、でも。」

「なーんか憎めない感じだよねあの人。」

しかし、菜々子と美月はローブの人のフォローにはいる。

その感覚に近い「憎めない」を、果たして信じていいものか。

「じゃあじゃあ、森の探索が終わったら今度はその湖を見に行ってみようよ!なんか楽しそうだし。」

「まあそうだな。とりあえずはこの森を…。」

そんな時だ。

「っ、なんだこれ。」

「壁みたいですね。」

突如足が進めなくなってしまった。
1番後方にいた菜々子からは一枚の板の様に見えた、とのこと。

「行き止まりとか?」

「でも、まだこの森続いてるよ?」

自分の後ろ、菜々子より前にいた美月と南津が口々に呟く。

「そうだよなあ…。」

どう考えてもこの先があることは疑いない。それなのに何度やっても一歩がでない。

一体、どういうこと…?

「残念だけど、ここから先には行けないよ。」

透き通るような美しい声が上方から降ってきた。そう、自分たちよりも高い場所から。

「…え?」

「なんで上から声が…。」

「あれ…。」

「えっと、あなたは?」

美月の声を皮切りに、俺や南津、菜々子も声を漏らす。

いつからそこにいたのか、クスクス笑う大人な女性が木の枝に座っていた。

少し色黒で、全体的にお姉さんを窺わせる穏やかな目鼻立ち。
茶色がかった黒いショートヘアで妖気に微笑む様は、優しさと同時に恐怖に似た感情を覚えた。

「私?まあ、名前は貴方たちがここを通るに相応しい武器を持ってきた時に教えようか。」

「武器…?」

4人揃ってしかめっ面もしくは疑問顔になったのは当然のことだろう。

「ヒントは…そこの貴方かな。」

そう言って目と目が合ったのは紛れもなく自分。

「え、俺…?」

そんな武器なんて、何も心当たりないのに…。
3人からも好奇な視線を感じるし…。

女の人はそんな自分を見て、またもクスクスと笑っている。

「それじゃあこの辺で。見つかるといいね。」

「え、ちょ、まって…!」

しかしその呼び止めも虚しく、彼女は風のように、さらに森の奥、壁の向こう側へと消えて行ってしまった。

始めこそ、この森にいる可能性が高い「蝶華」だと思ったのだけれど、菜々子や美月の反応からしてそれはなさそうだ。

「…ここを通るに相応しい武器ねえ。」

それって、どんなものなんだろう。

「さっきの人、ヒントは倶だと仰っていましたが。」

「なんか知ってる?」

ちょっとした硬直状態から立ち直った菜々子と美月が続いて反応する。

「いや、何も…。」

そもそもここを通るに相応しい武器とか、そんなファンタジーすぎる展開にまだついていけていない。

「そうですよね…。」

「その武器って、どんなのなんだろうね?!」

頭を捻り出した菜々子の横で南津が食い気味になっている。

「どんな武器」、か…。
本当に俺がヒントだとしたら、もしかしてもしかすると。

「剣だったりするのかな…。」

「あ、なるほど!確かに倶は剣で戦ってますからね!」

「あたしたちもそれっぽいの持ってないしねー。」

「剣かあ、いいねいいね♪」

そこまで大声で言った訳ではなかったのだけれど、この場にいる全員が納得していた。

「そうと決まれば、とにかく今日は帰りましょうか。」

「まだ陽は暮れてないけど、宿に着いたらちょうど夕食の時間前くらいだしね!」

「街の人に剣のことも聞けるかもだし!」

「うん、そうだな。」

こうして自分たちは、途中で森を後にすることとなった。

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